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盛夏


燦々と輝く太陽の光が身を焦がすかのように降り注ぐこの頃。
忙しいテスト期間を終え、待ちに待った夏休みへと突入した。
とはいっても部活動に勤しむ者達にとっては夏休みなんてものはあってないようなものだ。
午前の部にしろ午後の部にしろ、日々半日は部活動の為に学校へと足を運んでいる。
運動部に至っては練習試合等の予定があれば一日の拘束は免れない。
好きで入った部活とはいえ、こうも毎日毎日同じことの繰り返しでは少しばかり気も弛んでしまうというもの。
暑さも相成り途切れがちになりつつある集中力を取り戻すために、何か冷たいものを……と足を運んできたのはグラウンドに面した水飲み場だ。
時間はもうすぐ昼時を指す。
校舎の方からは今日の部活動を終えた生徒達の姿がちらほら覗いてきた。
前半使用の部活動の生徒達だろう。
こうして午前に終えてしまえばあとは自由だ。
夏休みという解放感溢れる時間を半日とはいえ大いに楽しむことができるのだが、生憎自分の所属する部は現在午前、午後のローテーションには入っていない。
顧問の都合で、この一週間、午前・午後の合間の使用となっている。
時間は10時半から14時半までという、なんとも微妙な時間帯だ。
お陰で海に行こうという仲間達の誘いを断る羽目になってしまった。
いや、行く気になれば中途半端な時間であろうが幾らでも合流はできるのだが……移動時間を考えれば帰るために合流するだけになってしまうのだからこれまた微妙なところだ。
あぁ、今頃ティーダ達は何してるんだろうな。
これだけ暑ければ、さぞかし海は心地がいいことだろう。
自分はここでこうして頭から水をかぶるだけだというのに。
火照った頭を幾分か冷やし終え、タオルを手に取る。
熱中症だけは勘弁だなんてそんなことを思いながら顔を拭いていると。

「あれ、フリオ先輩」

そんな声をかけられ、ふと後ろへ振り返る。
お疲れさまですとこちらを見上げていたのは、ひとつ下の学年の11。
ティーダと同じバイトをしていて、その縁で知り合った子だ。
とにかく人懐っこくて、よく話しかけてくるものだから、親しくなるのに時間はかからなかった。
学年も違う何の接点もない後輩というものは何だか不思議な感じだが、こうして姿を見かけては他愛もない話をしてくるのは懐かれているようで悪い気はしない。
そういえば、彼女は海には誘われなかったのだろうか。
人懐こい性格なものだから、自分に限らずティーダの周囲の者達とは大抵友人関係にあるのだし、それこそティーダとは同じクラスなのだし、自分以上に仲はいいはずだ。

「11は……部活入ってなかったよな?」

そもそも部活動に所属していない11が何で学校にいるんだろうか。
それもキチンと制服を着こんでいるのだから、学校に用事があるのは明白なんだが……。

「お恥ずかしながら、補習なんですよ〜」
「あぁ。今週、補習期間だったか」

自分には関係のないことだったから記憶が曖昧だ。
そして、テストの結果が散々で、と照れ笑いを浮かべている11なのだが、そこは照れるところじゃなくて恥ずべきところだと思う。

「じゃあ、あれか。そのせいで海行けなかったのか?」
「あ、フリオ先輩も誘われてたんですね」
「まぁ、俺は部活があるから断ったんだけどな」
「良かった〜。私だけぼっちかと思いましたよ〜」

先輩も行けなかったんなら安心です、と変な方向に安心しているんだが、彼女の頭は大丈夫だろうか。
この暑さでやられてないか?
額に手を充てて確認してみるも、多少気温のせいで熱く感じはするが、平熱だ、心配はない。
そんな素振りをしていると、失礼ですねぇと11が笑みを覗かせてきた。
いや、本当に大丈夫だろうかこの子は。
ここは笑顔じゃなくて多少なりとも憤りを見せるところなんでは、と思ったところで11だからな……、という思いも過る。
短い付き合いながらも、彼女のマイペース振りはよく知ったところだ。
相手が誰であろうが自分のペースを崩すことはない。
いつもにこやかに対応していて、たまに拗ねたりもするけれどそれはフリだけで決して本心からではないんだ。
そして自分も11のマイペース振りに振り回されているひとりなのだが、嫌ではない。
ともすれば心地良いものだとすら思えてしまうのだから、これは11の魅力なのだということにしておこう。

「で、補習は終わりか?なら、海の方に合流できるんじゃないのか」

この時間帯なら移動を差し引いてもまだ少しくらいなら遊べる時間はあるだろう。
早く帰って夏休みを満喫した方がいいんじゃないのか、とたまには先輩面をしてみたのだが。

「あー、残念ながら補習、これからなんですよ」

二時間みっちり生物についてのお勉強だという11の面立ちは、心底嫌なのだろう、彼女にしては珍しく憂いたものだ。
とはいっても自業自得、学生という身分である以上、苦手分野においてもそこそこ結果を出さなければ次へと進めない。
頑張れというありきたりな応援の言葉を述べ、11の頭を撫でやる。
なんでか11の頭は撫でやすい。
位置の関係だろうか。
丁度いいところに頭があるもんだからついつい手を伸ばしてしまう。
そしていつもは一通り撫で終わるまで成されるがままにしている11なのだが、今日はその手を掴んできた。

「先輩はもう帰りですか?」

そう、恨めしそうな視線を投げやってくる。
だがそんな恨めしそうに見られたところで、生憎帰りではない。
今ここにこうして居たのは涼みに来ただけであって、まだまだ後半分部活動は残っている。
あと約二時間半。
暑さにめげずにやりきらなければならない。

「ん?じゃあ、同じくらいじゃないですか、帰り」
「あぁ、そうだな」
「なら、一緒に帰りましょう!」

11が満面の笑みを向けて手を握りしめてきた。
あまりに勢いをつけて言ってきたものだから、ついついその勢いに押されるかのごとくに頷いてしまう。
まぁ、別に誰かと帰る約束はしていないから構わないんだが、しかしそうしていると満足そうな顔を11が向けてきた。
そしてこれから二時間頑張ってきますと宣誓し、小走りに校舎へと向かって行ってしまった。
この暑い中元気なものだとひとつしか違わないはずなのに思わずその若さぶりが羨ましくなってしまったが、そろそろ休憩時間も終わる頃だ。
頭も冷やしたことだしと、自分も体育館へと足を向ける。



水を浴びてから約二時間半。
風通しの悪い館内では効果はさほどなかったようだ。
すぐにむせ返るような暑さに覆われ、部員の皆の集中力も無いに等しかったといってもいいだろう。
果たしてこれで練習の成果というものが得られるのだろうかという疑問は湧いたけれど、それは口に出してしまってはいけない。
そんなこと言い始めてしまったらキリがないのだから。
だからここは気合で乗り切らなければならない。
と、自分も暑さの中それなりに気合で頑張っていたのだが暑さもさることながら、集中できないのは他にも理由があった。
あったというか、出来た、というか。
先刻、11から強制的にも帰宅を一緒にするという約束をさせられた。
何て事の無い約束なのだが……あらためて考えてみると自分は女の子と帰ったことがない。
仲間内で一緒に帰ったこと等はあるだが、その、ふたりきりという意味でだ。
会話が途切れるというありがちな雰囲気には11のことだからならないだろう。
自分も決して口下手ではないから、いつものように応えることはできると思う。
ならば何の心配はないはずなのだが、どうにも落ち着かない。
だって、ふたりきりだぞ?
女の子と。
それがたとえ気心知れた仲だと言ってもだ、基本女子との接触のない自分には何やら特別なことに思えてきてしまってどうしようもない。
落ち着け落ち着け落ち着け。
念じたところで効果はない。
ソワソワとした気持ちのままシャワー室で汗を流し、それでも未だ落ち着かないこの気分は一体どうしたものか。
いっそのこと全身水でも浴びてみようかとも考えたが、流石にそれはどうかと思い直し普通に着替える。
シャツのボタンを閉めて、ネクタイをして。
毎日繰り返している動作なのに妙に覚束なく少しばかりの時間をかけてしまい、鞄を手にした時にはすでに15時間近となっていた。
11は補習は二時間だと言っていた。
となると、ほぼ一時間も待たせてしまっていることになる。
30分位ならば待つ方も苦にはならないだろうが、さすがに待たせ過ぎだろう。
急いで足を動かすのだが、ふと気付く。
どこで待っているんだ?
一緒に帰ろうと言われ頷き返して、その後はすぐに別れてしまったんだが…場所は指定してなかったよな?
果たして自分はどこに向かえばいいのだろうかと頭を捻りながらも、ひとまずは玄関へと向かう。
途中シャワーを浴びたにも関わらず汗臭くはないだろうかと思わず匂いをチェックしてみたりと自分らしからぬ行動をしてしまうのだが、すでに汗だくのまま11とは対面している。
それにそもそも普段そんなことは意識していないんだから今更だとも思うけど。

「せーんぱいっ」
「うわっ」

声と共に腕に触れてきたのは11だった。
どこからともなく現れるだなんて心臓に悪い…というかあれやこれや考え過ぎていた自分がただ11の存在に気が付かなかっただけの可能性の方が高いだろう。
……っていうか、くっつくな、腕を絡めるな!

「フリオ先輩、石鹸の香りがする」
「あ、あぁ……し、シャワー浴びてきたからな」

シャワー設備の整っている学校で良かったと、今心底そう思う。
とりあえず汗臭さはクリアできた。
いや、何に対してのクリアかは自分でもよくわからないが。
それはともかくも、くっつくな。
歩き難いうえに暑いし、その、…なんだか妙に柔らかなものが、当たっている!
と面と向かって言えたらいいんだが、そんなことを自分が言えるはずもなく、下駄箱に辿り着いて靴を履きかえる段階となってからようやく11の腕から解放された。
ホッと一息吐き、靴を履きかえる。
そうして玄関の外に出るとすでに靴を履きかえ終えていた11が待っていた。
なんだか、こんな感じに待たれるのはいいものだな。
さっきのあれは勘弁だ。
手招く11に促されるように隣に並び立つと、にこやかな笑顔を向けてきた。

「さ、行きますよ、フリオ先輩」
「ん、あぁ」

ただ帰るにしてはエライ気の入りようだなと思うも、いつの間にかさっきまでの落ち着かなさが嘘だったかのように落ち着いている。
それも11の成せる業なんだろうな。
次々に出される話題に会話を弾ませていればふたりきりで帰っているということに意識は向かない。
いつもとかわらない道を辿って、駅へと向かっていたのだが。
そう、駅へと向かうと思っていたのだが、どうやら違うようだ。
途中の交差点を駅とは真逆の方へと足を向けている。
自分はただ11について行くだけなのだが……って、ちょっと待て。
このままこっちへ進んで行くと駅裏の方へと出てしまう。
駅裏と言えば、あれだ。
いわゆる、あの、如何わしい店舗が所狭しと並び立っている歓楽街というかなんというか。

「おいっ、11っ」

慌てて11の腕を引く。
真昼間の、それも制服で、一体何を考えているんだ。
自分達はそんな関係ではないし、そもそも夏とはいえハメを外し過ぎじゃないか。
ひと夏の経験なんて誰しもが夢見るようなことかもしれないが……。

「先輩ってば、こんなトコで立ち止まらないで下さいよ〜」
「え、あ、いや……」

と横に目を向ければ <休憩二時間4,000円〜> の看板。
その下には <宿泊23時〜 10,000円〜> の文字が連なっている。

「ほらもう、さっさと抜けちゃいましょうよ、こんなトコ」

そうこっちの腕を引き、11がやや足早に歩きはじめる。
なんとも、自分の浅はかな勘違いだったらしい。
目的はここではなく、もっと先の方なのだと11が告げてくるのだが、その口調はいつもらしからぬ早口で、どうやら照れているらしいことが窺えた。
それならそれで、先に行先を言ってくれればとんだ勘違いをしなくて済んだんだが……髪から覗く耳の赤さに思わず自分も顔を赤らめてしまう。
うん。まぁ、そうだよな。
何も知らないって年齢でもないんだから、こういった通りにあるホテルが何を意味するのかは11だって知っているわけで、だからこうして羞恥に赤くなってしまっているわけで。
恥ずかしがるあたり、何だか可愛いな。
こう、からかってみたくなるというか……自分にはそんな度胸なんてないけどな。
でもいつかは誰だってそういうことを経験するのだろうし……するよな?
一生童貞とか、そんなこと、有り得ないなんてことは有り得ないとかどこかで聞いたような気も……。
このまま部活日照りに過ごしていくうちにチャンスを逃してとか…いや、止めとこうこんな考え。
なんだかすごく虚しくなってきた。

「着きましたよ、先輩!」

嬉しそうな11の声音に思考を呼び戻される。
目の前に座するのは、小洒落た小さな店舗。
11曰く、知る人ぞ知るという隠れ家的なケーキ屋らしいのだが。

「今日までだったんですよ〜、カップル割引」

なんでも、カップルでの来店で名物であるケーキバイキングが半額になるのだとか。
ただでさえ2時間食べ放題というお得感溢れるバイキングだが、更に半額ともなれば財布にも優しい。
胃も懐も満足となるこの機会を逃すものかと思いつつも行く相手も居なく、半ば諦めていたところに今日自分と会ったのだと言う。

「ホント、フリオ先輩に会えて良かった」

そう紡ぎながら足取りも軽く11が店内へと入っていく。
ここまで付き合ってきた自分も11の後を追い店内へと入るのだが、店内に充満する甘い香りが鼻孔を侵してきた。
甘いものは苦手ではない。
苦手ではないが、こう、ここまでそこかしこに甘い匂いが漂っているとなるとさすがに頭が痛くなりそうだ。
しかし11は至極楽しそうだし、何よりカップル割引をあてにしているのだから自分だけ引き返すわけにもいかない。

「ここのケーキ、おいしいですからね〜。たくさん食べなきゃ損ですよ」

いつの間にか席を確保していた11が、これまたいつの間に持ってきたのか皿に幾つかのケーキを乗せて椅子に腰かけた。
ドリンクも飲み放題というから、とりあえずアイスコーヒーでも持ってきて匂いとの相殺を図ろう。
そう思いドリンクバーから戻ってきたのだが、自分の席となるテーブルにはケーキの盛られた皿が用意されていた。

「それ、私のおススメなんです」

そう勧めてきた11の皿にも同じモノが乗っている。
ふんわりとした真っ白なクリームの添えられた、シフォンケーキ。
シンプルなだけにその味わいが試される一品だ……なんて批評家のようなことを思ってる場合じゃない。
11はケーキを食べているんだし、自分も何かひとつくらい食べなければと思っていたのだし、あれやこれやと選ぶ手間も省けたのだから助かった。
そうしてケーキを食べつつ会話に花を咲かせていたんだが、しかし女子というものは凄いんだな。
自分がひとつを食べているうちにも、次々とケーキを消化していきまた新しいものを持ってくる。

「それにしても、よく食べるな」
「食べなきゃ損なんですって。先輩ももっと食べなきゃ」
「あぁ、まぁそうだよな」

店内に入った時に感じた甘い匂いだが、食べてみれば匂い程甘さは強くなく、これくらいならまだまだ食べれそうではある。
それに安いとはいえただじゃないんだし、11の言うとおりに食べなきゃ損だ。

「他におススメってあるか?」
「あ、のってきましたね〜。これなんかも結構好きなんですけど、私」

と、11がフォークを差し出してきた。
その先には褐色のスポンジケーキが乗っている。
見た目から察するにチョコ系統の味なのだろうが、ところでなんでそんなに目が輝いているんだ11。
楽しそうに嬉しそうに差し出されたフォークは紛れもなく自分の口元を狙っている。

「先輩、はい。あーん?」
「は……」

途端に顔に熱が集中してくるのがわかった。
赤い、紛れもなく今の自分の顔は赤い。
なんだこれ、羞恥プレイか?
こういったことは恋人同士がすることであって、なんで自分がこんな目に……いやしかし、待てよ。
冷静に考えれば、今ここにいるのはカップル割引なる制度を利用してのことだ。
ということは、やはりそれらしく振舞うべきなんじゃあ……。
それによくよく見てみれば、割引最終日の成せる業なのか周囲はカップルだらけだ。
恥ずかしいことなんて何もない、多分。
うん、11の為にもそれらしく接するのも先輩の勤めだ、多分。
そう自分に言い聞かせ、フォークの先を口に含んだ。

「間接キス?」
「……っ!?」

小首を傾げ、朗らかにそんなことを呟いてきた11に思わず口に含んだものを出してしまいそうになったがなんとか堪えることに成功した。
そんな自分を意にも返さないようにペースを崩すことなく食を進めている11が少しばかり恨めしい。
何なんだ今日は一体。
11が人懐こいのは知ってるし、マイペースな性質なのも知っている。
けど、それにしてはいつもとは違う方向の積極性というか、なんというか、なんだか遊ばれているというか。
でも、自分が口にしたフォークをまたそのまま使っているんだから11だって、あれじゃないか。
あんまりそういうことを気にするタイプじゃないってのはわかるが、自分ばかりが焦っていて何だか微妙な感じだ。

「フリオ先輩」

アイスコーヒーを飲みつつも胸中複雑な思いを悶々と抱いていると、ふと11からしんみりとした声が漏れてきた。

「今日は付き合ってくれて、ありがとうございます」
「ん?あ、あぁ」

そんなにしんみり告げるほど、ここのケーキが食べたかったのだろうか。
多少の複雑な心境を抱えながらも、11が楽しめたんなら充分だ。
思いの外に美味いものも食べれたのだし。

「実は私、先輩と絶対ここに来たいなって思ってたんですよ」
「俺と?」
「ずっと誘おう誘おうって思ってたんですけどね、なかなか言い出せなくって」

そのまま迎えた割引最終日。
それも補習と重なってしまうとは、と足取り重く学校へ来たところで自分を見つけたのだという。

「ケーキ屋くらいなら、いつでも付き合うぞ?」
「ありがとうございます。でも、そうじゃなくて、なんていうか」

やっぱりこういうカンジって恋人みたいじゃないですか、と11が俯いた。
そういうのに憧れていたっていうか、そうするなら先輩とが良かっただとか、声がだんだんと小さくなっていく。
ティーダ達は海だし、夏の思い出作りはバッチリだし。
そんな状況を作ってしまったお馬鹿な自分が恨めしかったりもしたけれど、でもそのおかげで先輩と会えたし今日は本当にこの夏一番の思い出が出来た、と11が顔を上げた。
その面立ちは、なんとも真っ赤で、なんとも可愛らしく見えてしまうわけで。

「ケーキ食べ放題とか全然デートっぽくもないですけどね、でも、私の好きなものを先輩にも食べてもらいたくて」

甘いの苦手じゃなくて良かったです、とここでようやくいつもの11らしい笑みを覗かせてきたのだが。

「これで、補習も乗り越えられそうな気がします」

とまた何とも彼女らしい言葉が付いてきた。

「まだあるのか?補習」
「あと、数学と古文ですね〜。生活の役に立たないのって苦手みたいです私」
「おまえ……よくもまぁ、そんなに……」

と、思わず溜息を零してしまうが、当の11はまたしても照れ笑いを浮かべている。
やはり彼女の頭は大丈夫だろうかと懸念もしてしまうが……つまりは今日の11の行動は、そういう意味だと捉えてもいいんだよな?
回りくどい、判り難い言い回しだけれど、彼女はそういった子なのだし。
でも、そういった彼女だからこそ自分は必要以上に緊張するはめにならなく済んでいるのだし、何より自分も11に対して少なからずの好意は持っている……となると結果は自ずと決まっているようなものじゃないか。

「それじゃ、また一緒に帰れるな」
「え?」
「補習、まだあるんだろ?」
「えぇ、はい。最低あと三日は行かなきゃですけど」

数学と古文の補習を受けて、週末となる補習最終日にまとめのテストがあるらしい。
となると今週微妙な時間帯の部活動となる自分とは、今日と同じく時間は合う。

「明日もここのケーキ屋に来るか?」
「え?でも明日はもう割引やってませんよ?」
「なら、違うとこにするか?」
「えぇと……先輩?」
「夏休みの思い出、俺も欲しいんだ」

キョトンとこちらを見やっている11にそう告げ、視線をそらす。
夏休みとは言ってみたものの、こういったことはそれだけに留まらせるものじゃないし、できればその先も、とは思っているのだが……どうにも照れくさくそんな言葉は告げられない。
そっと11を窺えば瞬いていた目を丸く見開いて、顔を赤くしている。
どうやら自分の言いたいことを読み取ってくれたらしい。
そのことに安堵しつつも自分も顔が熱いのだから、きっと11に負けず劣らず赤くなっているのだろう。
まだまだ夏休みは始まったばかりだ。
11とふたりで、たくさんの思い出を作っていこうと思う。

-end-

2012/8/8 桜井さまリク




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