忘却の果て
※今は無きPCサイト一周年記念として書いたもの。
萌えの再確認として、こんな終わり方もありじゃないのかな、なお話です。
◇
ゆっくり、ゆっくりと落ちていく。
いつまでも地に着かない足。
どこまで落ちれば終着点?
このまま沈んでいくだけではつまらない。
辺りはみんな騒々しくて、楽しくて、暖かくて。
ちょっと口うるさいヤツもいたりするけれど、そんなヤツほど自分に優しい光を与えてくれる。
そんな世界が大好きだった。
だから早く、地面に到達してくれ。
そうしたら目いっぱいに蹴り上げて、こんなところなんかとはあっという間におさらばできるのだから。
ひとりぼっちなんかいやだ。
あの眩しい世界をまた、この目で見て、触れて。
それから……。
突然ふわふわと、小さな女の子が漂ってきた。
真っ暗で何も照らすものはないのに、なぜだかその子の姿がはっきりと視界に映る。
「キミも、ひとりっスか?」
そう声をかけると、辺りを見渡していた女の子は驚いた顔を覗かせてきた。
「わたしのこと、みえるの?」
首を傾げて不思議そうに女の子が尋ねてくる。
「見えてるっていうか…だからオレ、声かけてるんスけど……」
「あなたも、さがしモノ?」
探しモノ?
探しモノっていうか、ただ単にここから出たいとは思っているけれど。
まるで水の中に沈んでいくような感覚。
ゆっくりと、重く、体に纏わりついて。
「わたしは、さがしているの」
何を探しているのかはわからないけれど、と女の子が紡ぐ。
「わからないのに、探してるんスか……?」
自分には理解不能な女の子の思考。
でもわかるのは、こんなとこに女の子の探しているモノがあるわけがないということ。
だってここには何もない。
自分とキミ以外には、何もない世界。
「あなたもねがって」
願う?何を?
「ほしいモノ。ほしいセカイ。それから、あなたにとってとても大切なモノ」
大切な、モノ……。
私も願うから、と女の子がまるで祈りを捧げるように手を組んで、目を瞑った。
それに倣うように自分も目を瞑る。
すると次第に辺りが明るくなってきた感じがした。
闇の幕が徐々に剥がれ落ちていくように少しづつ、だけど確実に。
重く沈んでいた体も、浮遊感とともに軽くなっていく。
「わたしも、かえらなきゃ」
そう言う女の子の言葉に目を開ける。
でもそこにはもう女の子の姿はなく、目に映るのは揺らめく水面。
それから耳に入ってきたのは、なんだかとても懐かしく、とても大切な……。
◇
「どうしたんだい?」
人ごみ賑わう街の一角。
いつもと変わらぬ風景と同じく、当たり前のようにその路地も見慣れたものだ。
普段なら気にも留めない。
足を止めたのは、積み重ねられた木箱の隅に何か光るものを見つけたから。
お宝発見とばかりに盗賊魂のままにそこに近寄っていった。
そうしたらそこにあったものはお宝でもなんでもなく、小さく蹲っている小さな女の子。
心許無そうな顔をこちらに向けて、不思議そうに見つめてくる。
「あなたにも、見えるのね」
そんな不思議なことを呟く女の子の隣にしゃがみこむ。
「落し物?」
「うん。帰るばしょ、探してるの」
「帰る場所って……」
そわそわと、地面を探る女の子。
でも、どう考えたってそんなところに帰る場所なんてあるはずがない
少し変わった子なのかな、と思うも困っている子を放っておくことなんて自分にはできない。
それが小さくともレディとあらば、尚更のこと。
「俺も一緒に探すよ」
とりあえず、こんなところじゃ見つかりっこないぞと女の子の手を引いて立ち上がらせる。
まずは、こんな幼い子をひとりぼっちにしてしまった母親を探さないと。
「お母さんは、もう、いないの」
「え…」
悪いことを聞いてしまった。
「ひとりじゃないからって、あなたはもうさみしくないからって」
そう言って去っていったと話す女の子の面立ちは確かに寂しそうじゃない。
「それじゃあ…家まで、送るよ……って、あぁ、迷子だもんなぁ」
街中を連れ立って歩けば、誰かしらこの子を知っているかもしれないけれど、これだけの人が行き交う場所ではどれくらいの時間がかかってしまうだろうか。
不思議なことを紡ぐ女の子にどうしたものかと頭を掻く。
「あなたには、帰るばしょ、あるのね」
そう、女の子が示す方へ顔を向ける。
遠くに臨む麗しき城。
あの城は、今は女王が統治すると聞いている。
「あんなとことは無縁の世界なんだけどなぁ。つーか、俺ってそんなに王子さまに見え…」
苦笑混じりに女の子に再び視線を向けるとそこにはもう彼女の姿はなく。
でも、手には確かに握っていた小さな手の温もりが残った。
◇
ドアを開けた瞬間目を見紛う。
一度ドアを閉じて、壁に添付けられているネームプレートを確認する。
間違いない。ここは、俺の部屋だ。
あぁ、あれだ。
今日は訓練に少し精を出しすぎたから疲れているんだ。
だからあらぬ幻想を見てしまったのだと、再度ドアを開く。
……。
いた。
いつまでも部屋に入らない自分を、通り過ぎていく他の生徒がなにやら訝しげな視線を送ってきているのは気のせいか。
怪訝な視線を回避するべく急いで部屋へと入り込む。
「…アンタは、何だ?」
ここはバラムガーデン生徒寮。
ここにいるということは、ここの生徒以外の何者でもないと思うのだが…それにしては、少し幼すぎやしないだろうか。
誰かの妹か?
部屋を間違えたのだろうか。
それならば早々にここから立ち退いてもらわなければ困る。
「誰の部屋と間違っているのかは知らないが、ここはアンタの居ていいところじゃない」
さっさと出て行ってくれと促すと、少女はそれに応えるようにベッドから立ち上がった。
しかし、出て行く様子でもなく、それどころか首を傾げ、こちらをじっと見つめながら少女が近づいてきた。
そして眼前に差し出された手に、思わず肩が揺れる。
「傷。痛む?」
少女の指し示しているのは、自分の顔に施された処置の痕。
図らずも与えられてしまったもの、…痛みはとうの昔に消え去ったが、痕跡は残したままだ。
いや、そんなことはどうでもいい。
早々にここから出て行ってくれないか。
俺はアンタを知らないし、さっきも言ったようにここはアンタが居ていいところではないんだ。
そう告げると少女は 「知ってる」 と一言、ドアノブに手をかけた。
ホッと安堵の息を吐く。
すると不意に少女がこちらを見上げてきた。
「居ていい場所。探してるの」
だから貴方にも見つかるといいね。
そう少女は部屋を後にした。
その言葉にここの関係者ではないことを悟り、慌てて後を追う。
しかしドアの外には少女の影はなく。
廊下を行き交う生徒ばかりが目に入った。
◇
寂れた廃屋と化していたかつての教会。
そこに湧き出た泉の傍らに、ひとり少女が佇んでいた。
珍しい光景ではない。
あの忌々しい星痕に苦しめられている者は、まだ多く存在しているのだから。
この泉に触れて、本来の元気な姿に喜びを見出し、そして去っていく。
そんな人々を何度も見てきた。
だからこの少女もそのひとりなのだろうと気にも留めずにいたのだが、どうも動く気配が無い。
泉を眺めて、ただそこに佇んでいるだけ。
もしや何かあるのだろうかと、そっと少女の隣に歩み寄ってみる。
しかし、在るのは澄んだ泉だけ。
そしてそこに映る少女の目と目が合った。
「仲間って、いいモノ?」
唐突にそんな質問を投げかけられる。
意図が読めずに言葉を詰まらせていると、少女はそんな自分に構わずに言葉を続ける。
「私にも、仲間、できるかな」
ひとり、なのだろうか。
確かに今この教会には自分と少女しかいないが…。
「あんたは、ひとりなのか?」
そう聞き返せば頷いてきた。
「でも、私はいいの。だって貴方の心、とても嬉しそう」
だから私も嬉しい、と少女がふんわりと微笑んだ。
この少女は何を言っている。
仲間、嬉しい。
無自覚ながらも、心に培ってきた大切な思い。
それを言葉で諭されたようで、胸が疼く。
そんな疼きに少女に目を向けると、少女の姿は消えていた。
まるで最初からその少女は存在していなかったかのように、ただ、光に照らされた泉だけがそこにはあった。
◇
「みんな、ゴハンよー」
無邪気に遊びまわる子供たちに声をかけていく。
世界が崩壊してしまった今、この子たちの親は行方不明。
それなのに皆、小さな命を一生懸命に輝かせて、たくましく生きている。
自分が守らなければと、そんな決意をあらたにしているとひとりの少女がこちらに近づいてきた。
この少女も、崩壊の犠牲者なのだろう。
きょろきょろと辺りを見渡しながら、少しずつこちらに歩んでくる。
「あなたも、一緒にどう?」
行く宛てがないのなら、ここで皆と暮らさないかと声をかけてみた。
だって、ここから先には何もないのだもの。
町も、村も。
人が住めるのはこの辺りにはここしかない。
未だ復興真っ只中のこの地だけれど、無暗に進んで路頭に迷うよりはずっといいと思って。
「みんな、元気なのね」
少女が紡ぐ。
キラキラして、眩しくて、そして今を生きていると、嬉しそうに。
そんな少女の面立ちに、自分もなんだか嬉しくなってきて。
「皆、こんな世界になってしまっても希望を持ってるから」
だからあんなにも満ち溢れている。
「希望をもたらしているのは…貴女の、愛?」
「愛?」
少女の言葉に動揺する。
愛…愛って何?
あの子たちのお世話をすること?
違う。わからない。
けれど、なぜだか ”愛” という言葉に胸が暖かくなってくる。
「私も、見つけられるかな」
寂しそうにポツリと呟く少女を元気付けようと手を伸ばす。
でもその手が掴んだモノは幼い小さな子供の手。
少女の姿は、ない。
こんな時間から夢でもみていたのだろうか。
ぼんやりとする思考の中、こちらを見上げて来る幼子に気がついて微笑みを向ける。
「ごめんなさい。今、用意するからね」
そう幼子を撫でやり食事の準備に足を向ける。
◇
探しモノをしているという子を拾った。
正しくは拾った…、というよりも出会った、と言ったほうがいいのか。
相棒とふたりで気侭に旅を楽しんでいる最中だったんだ。
木陰に寄りかかって、今にも眠ってしまいそうな彼女を見つけて。
いくらこの辺りは安全だっていったって、女身ひとりじゃ危ないだろうと連れてきたと言うか。
相棒に乗っけて、キャンプできるところまで移動してきた。
今彼女は、心地よさそうに相棒に埋もれて体を休めている。
さっきまでは 「探しモノが見つからない」 って、それはそれは悲しそうな顔を覗かせていたけれど、それさえ振り払ってやれるなんてさすが俺の相棒なんて思ってみたり。
「元気出たか?」
彼女が寄りかかる反対側から声をかける。
エサをあげて相棒の羽毛を梳きながら。
「探しモノってさ。割と身近にあったりするんだぜ」
探しても探しても見つからなくて、諦めかけた時にすぐそこにあったなんてよくあることだ。
「だからさ、大事なモンかもしれないけど。そんな悲観してないで、ゆっくり気長に探すのも悪くはないんじゃないか」
そう、たとえば風の気の向くままに。
なんてカッコつけたことを言ってみれば、それに相槌を打つかのように相棒が一声クエっと鳴いた。
「ゆっくり……」
「うん。ゆっくり。だって、大事なモノなら絶対見つけたいだろ?」
それなら尚のこと、見落とすことがないように慌てないで慎重に…なんて自分が言えた義理じゃないけども。
あてどなく続く旅。
いつだってじっくり楽しんで、惜しむことが無いように胸に刻んで。
それと同じで、じっくり楽しんで探せばいいじゃないか。
そうすればいくらか気分も違ってくるものだ。
「うん。ありがとう……」
眠りに誘われたかのように消え入る彼女の声。
探し疲れて眠ってしまったのだろうとそっと相棒の影から窺い見る。
でもそこには彼女の姿はなかった。
「あれ?」
相棒と顔を見合わせる。
すると、相棒も不思議な面立ちでクエっと声を漏らした。
◇
痛むのはこの体に打ち込まれた痕なのかそれとも変革に恐れる心なのか。
引き裂かれる。
なにもかも。
のた打ち回った果てに、光は果たして自分に望むのだろうか。
忘れることのできない…いや、決して忘れてはいけないあの出来事。
それを抱えた自分に光は。
彼女の面影が過る。
辛く、それでいて優しい。
いつまでも自分を見守ってくれて、いつも傍に寄り添っていて。
それに応える資格なんて自分にはあるのだろうか。
このまま飲み込まれてはいけないのはわかっているのに、身を委ねてしまいたい。
そんな衝動の中、また彼女の顔が脳裏に浮かんできた。
あぁ。違う。彼女ではない。
彼女よりも幾分か幼い面立ちだ。
では、キミは誰だ?
「私は私」
それでは応えになっていない。
「何者だ?」
「さぁ…。自分でも、わからないんです」
曖昧に微笑む少女の声が耳に響く。
探しモノをしているのだと少女が紡ぐ。
もうどのくらい探し歩いているのかも、わからないのだと。
「見つかる宛てが、こんなところにあるとでも?」
そう尋ねれば首を振る。
そうさ、こんなところにこの少女の探しているモノなんかがあるはずがない。
だってここは。
「貴方も探しモノ?」
探しモノ?
「慌てなくていいって。大切なモノ、見失っちゃうからって」
そんな勇気をもらったんです、と少女が光に包まれていく。
だから貴方も焦らないで。
頭に木霊する少女の言葉に目を開ける。
早鐘の如く鼓動する胸を、背にあたる寝具の冷たさが落ち着かせた。
自分は、少女を包んだあの光が欲しかったのだろうか。
光を掴むべくに伸びていた腕が、虚しくも空を切る。
◇
「お待たせ!これで回復…って、あれ?」
ポーションを手に入れ戻ってきたのに、寝込んでいたはずの女の子の姿が見えない。
どこに行ったのだろうと室内を見渡すと、……居た。
「何してるの?まだ、動いたら…」
と近づいてみて気がついた。
この子は、さっきの子じゃない。
さっきの子よりも少し大人びていて、それでいてなんだか頼りないような。
って、さっきの女の子はどこに行ったのさ。
「キミ、女の子見なかった?」
そう尋ねてみれば首を傾げた。
なんだよ。やっぱり見た目どおりに頼りないなぁ。
あの子もあの子だ。
あんなに弱っていたのにフラフラ動きまわるなんて。
「優しいんですね」
「な、何だよ急に」
困っている人を放っておけるわけないじゃないか。
それが弱っているのなら尚更。
人として、……そう。
「人として当たり前のことだろ」
自分ができることならなんだってやってやるんだ。
それが多少無理なことでも。
皆で力を合わせればって、そんな困難を何度も乗り越えてここまでやってきたんだ。
「当たり前のことでも、それで誰かが救われるのだったらそれはとても素敵なことです」
そう儚く微笑む女の子の姿がだんだんと薄れていく。
「え、ちょっと、キミなんなのさっ?」
ここは難破船内。
そんな姿を見せ付けられて、図らずも慌ててしまう。
「私は、探しモノをしているの」
「探しモノ?」
恐る恐るに聞き返すと女の子が頷いた。
幽霊なのかなんなのかはわからないけれど、でも、”素敵なこと” なんて言葉は紛れもなくこの彼女からのもの。
やって当然と思っていたことだって、こうやって誰かに認めてもらえるのは素直に嬉しいものだ。
薄れていく女の子に声を投げかける。
「願えばいいと思うよ。見つかるって信じて。ボクたちも、そうやって信じてここまでやってきたんだから!」
その言葉が届いたのか、消え入り端に女の子が微笑みを見せた気がした。
◇
数々の犠牲があった。
彼もまたそのひとり。
いや。
志を持ってあの塔へと挑んだのだから、犠牲者、ではないだろう。
そこはミシディアの塔。
ただ使命を果たすべくひとりで挑んで。
そして、自分の目の前でその使命を果たした。
持ちうる魔力を解き放って。
帝国軍に立ち向かう力を求めて。
それからしばらくの後に、抗争は終焉を向えた。
平和な世界が再び戻ってきたんだ。
彼だけじゃない。
尊い、数多の命の元に今があることを決して忘れることはないだろう。
並ぶ墓標にひとつひとつ花を添えていく。
それから最後の墓前に立つ。
「大切な方、ですか?」
澄んだ声音が耳に入り込んでくる。
振り向くと、そこには少女が佇んでいた。
「なんで、そう思うんだ?」
大切といえばそうだが。
「だって」
少女がクスリと笑う。
「その方のお花だけ、立派なんですもの」
なるほど、思いの強さがこんなところに現れていたとはと自分でも無意識のことに、思わず顔が赤らんでしまう。
しかし、彼が自分にとって特別だということには変わりはない。
彼は自分…自分たちの命の恩人とも言える人物なのだから。
「君も、誰かを?」
一帯は墓標が立ち並ぶばかりだ。
今更何を当たり前のことを、と思っていると少女が首を振ってきた。
では、なんでこんなところに。
「探しモノ、してるんです」
「探しモノ……」
それなら尚更だ。こんなところはお門違いじゃないだろうか。
「でも、もういいんです。もう、探さなくても。焦らなくたって、私が信じていれば」
微笑む少女の姿が、風に舞う花びらに霞む。
「心に残る。そんな存在であれるのならって。貴方を見て、そう思いました」
「それじゃあ、やはり君の……」
大切な人は。
その言葉は再び吹きすさんだ風にかき消されてしまった。
強風に瞑った目を開けば、少女の姿はそこにはなく。
少女の想いを彩ったような花びらが一枚、手に残った。
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