湖畔
鬱蒼とした森をひとり進む。
彼是数時間は歩いているが、一向にこの森を抜け出せる気配はない。
偶然にも11は、仲間の元へと生成に出向いている。
このような足場の悪い場所を歩かせるようなことにならず、幸いだ。
しかし、彼女が役目を終えてしまえばいつものように自分の元へと戻ってくるだろう。
出会った者の気配を辿える能力というものは、なかなか便利なようだが、何分安定性に欠けている。
少し前にも柱にぶつかり、額を痛めてきていた。
あれはあれで、こちらにとっては良い転機にこそなったが…。
辺りは生茂る木ばかりではない。
枯れ果てた大木や、足元を掬われそうな泥濘もある。
そんなところにその調子で現れたら少々危険ではないだろうか。
怪我で済めばいいが、万が一打ち所が悪かったりなどしたら…。
…考えすぎか。
何れにせよ、こんな所からは早く抜け出したいものだ。
またしばらく進んでいくと、だいぶ木々の間隔が広がり、幾らか視界が開けてきた。
漸く出口だろうか。
ここまで来れば、11が戻ってきても大丈夫だろう。
そんなことに安堵していると、前方に淡い光が浮かび上がるのが見えた。
あの光は11だ。
全く、タイミングがいい。
光の現れた方へと足早に進む。
森を抜け、開けた場所に辿り付いたら、目の前に広がるのは一面の湖。
そこに11の姿は見えない。
確かに、彼女の光が見えたはずなのだが。
辺りを見回し様子を窺ってみる。
気のせいだったのだろうか。
耳につくのは、湖の波打つ音ばかり…。
突如その音に騒々しい水音が鳴り響く。
驚きに目を向ければ、水に身を取られもがいている11が映った。
「11っ!」
どうやら泳ぐことができないらしい。
酸素を求めて必死に水面より顔を出そうとしている。
助けなければと急いで水辺へ駆け寄り足を踏み入れるが、鎧を纏っていたことを思い出し、早急に外しにかかる。
外している間にも、徐々に弱まっていく水音。
もどかしさに鎧をその場に投げ遣り、湖へと踏み込んでいく。
水圧で動き辛いが、深さはそれ程でも無い。
自分の肩が浸かる程度なのだが、11にとっては頭まで浸かってしまう。
泳げないとなればそれ位でも脅威だろう。
もがく11の腕を掴み引き寄せ、水面より顔を出せるように抱き上げる。
苦しそうに咳き込む11の背中をしばらく擦っていると、首元に腕を絡めつけてきた。
大きく肩を揺らし、ゆっくりと深呼吸をする。
「…あ…ありがとう、ございます。ウォーリアさん…」
弱々しい声音に、また少し咳き込む。
なんとか無事な様子に安心し、陸へと上がる。
水辺より離れ漸く落ち着いたのか、絡めつけていた腕を解放し顔を赤らめる11。
「あっ、あのっ、…降ろしてくださいませんか?」
柔らかな抱き心地が名残惜しいが、このままこうしている訳にもいかず、地面へそっと降ろす。
ご迷惑をお掛けしまして…と頭を下げ、遠慮がちに言葉を紡ぐ11に目を向ける。
「いや。…無事で、良かった」
「…ウォーリアさん?」
不躾に見つめられていることに気が付いたのか、不安気な眼差しを向けてきた11。
「…火を熾そう。体が冷えていては風邪をひいてしまう」
そう告げ、薪になりそうな物を探しに向う。
出てきた先が森だったお陰で薪に不足は無く、あっというまに必要な分は揃った。
早く体を温めてやりたいが、ひとまず一息つく。
頭に焼きついた、先ほどの光景。
濡れた衣服が身体に張り付き、彼女の緩やかな曲線を強調していて…なんとも形容し難い気持ちが湧いてきてしまった。
先日晴れて恋人同士に…とでも言うのだろうか。お互いの想いが通じあったばかりだというのに。
気が逸りすぎだ。
焦りは身を滅ぼす。
自分の気持ちを押し付けてばかりでは、彼女を傷つけかねない。
(あぁ…早く、温めてやらなければな……)
薪を抱え、11の待つ岩場へと足を早める。
ほどなく、火を熾すことが出来た。
それを見て、11が嬉しそうに焚火の前に腰を下ろす。
「11、服をこちらへ」
そう言い手を差し出すと、首を傾げてこちらを見上げる。
「脱いだほうが乾きも早い」
自身も上衣を脱ぎ、側にある岩へ広げる。
気温自体は低いわけではないから、こうしていればすぐに乾くだろう。
11に振り向けば、困惑気味な表情を浮かべていた。
「どうした。風邪をひくぞ」
「…あの…、男の方の前で、その…」
頬を僅かに染め、ぎこちなく目を逸らす。
…あぁ、そういうことか。
外した鎧と共に置いてあるマントを手に取り、彼女へ渡す。
「脱いだら、羽織るといい。私はあちらを向いているから」
少し離れ、背を向ける。
静寂の中、衣擦れの音ばかりが異様に耳に入り込んでくる。
その音が、妙に気持ちを昂らせ、落ち着かない。
自分らしくもない。
口を片手で覆い、密かに息を吐く。
「ウォーリアさん」
背中に軽く手が触れる。
脱ぎ終えたのだろう。
心を落ち着け、彼女の手から服を受け取り、岩へと広げる。
マントに包まり、自分の傍らに座り込む11。
「ウォーリアさんは、寒くないですか?」
マントをお借りしてすみません、と申し訳なさそうに首を傾げる。
「あぁ。私は大丈夫だ。気にするな」
11の頭を撫でてやる。
包まったマントの下には、何も身に着けていない。
そこへ入り込むことなんか、できる筈もなく。
しかし…。
「だが、申し訳ないというのなら」
膝を抱える11の腕を取り、軽く引き寄せる。
突然のことに、驚きに目を見開く彼女に微笑み掛け、そっと抱きしめる。
「礼として、これだけ頂こうか」
そう耳元で告げ、彼女の唇へと口付けを落とす。
触れるだけの、軽い口付け。
これくらいはいいだろう。
想いが通じ合っているのなら。
顔をあげ、11と視線を合わせれば、たちまち頬を染め上げる。
それだけで満たされる、11への愛しい想い。
だから、今はまだ、その先へと急ぐことはない。
そう自分に言いきかせ、再度11へと口付ける。
-end-
2009/9/14 奈緒さまリク
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