DFF | ナノ




休息の日



幾ら日頃鍛えているとはいえ、外面とは違い内側から襲いくる疲労には適わないものなのだなとひとりぼんやりと天蓋の天井を眺める。
横たわっているにも関わらず、視界に映るそれがぐらぐらと揺れて見えるのだから自分が思っているよりも熱は高いようだ。
だるい体に違和感を覚えながらも身支度をしていたのだが、そんなこちらの様子にいち早く気がついた11の顔を見た途端に気が緩んでしまったのだと思う。
大丈夫かと窺ってきた彼女に凭れ掛かってしまった。
何を思ったのか察しはつくが、頬を染め慌てながらもこちらの体を懸命に支えて天蓋へ戻るようにと促され、どうしたらいいものかと困惑しながらもひとまずは熱を抑えるためと、額に冷たい水で絞った布が宛がわれて今に至る。

熱った体には心地よいのだが、高熱のお陰で早くもその冷たさは薄れてきた。
替えはないのかと布を手に取り身を起こすと同じくして天蓋の幕から11が身を覗かせる。

「あっ。ちゃんと横になってないと駄目ですよウォーリアさんっ」

手に抱えている桶から水が零れてしまいそうな勢いでもってこちらに詰め寄ってきた。
窘めるように肩に手を置かれ、寝具に横たわるよう押される。
熱があるとはいえ11の力くらいで押し倒されるはずもなく、しかし懸命に押してくる彼女に促されるままに再び体を横たえると安堵したような後に困ったような顔を向けてきた。

「…これを替えようと思っただけなのだが」

そう、手に掴んでいた温くなった布を差し出す。

「えぇと、…今取替えますから」

遅くなってごめんなさい、と布を受け取り組んできた水に浸した。
別に彼女が謝る必要はない。11から替えてもらうのを当然として待っていたわけではないのだから。

「貯えていた水がさっきのでなくなってしまってて。汲みに行ってたんです」

11には重いものを持つことは無理だろうと考えて、いつもは自分が水汲みをしている。
普段することのないことに、要領を得なくて時間が掛かったのだろう。
それでもとりあえずは今必要な分だけを取り急ぎ汲んで来たのだという。
回復したら先ずは水汲みをしてしまわなければと思っていると、あらたに冷たく浸された布が額に宛がわれた。

「水汲みくらい、私だってできますから」

だから今はゆっくり休んでくださいと、体をすっぽり覆うように寝具を整え始めた。

”水汲みくらい” と11は言うが、あれで結構コツがいる。
足場は悪いし、場所によってはぬかるんでいたりもするし、そのようなところで足を持っていかれてしまったら彼女では体勢を直すのは難しいだろう。
11が考えていたよりも遅くなったということがそれを示している。
おおかたやっとの思いで水を汲めたのだろうことは想像に容易い。
それに汲み上げたとして桶一杯の水というのはなかなかに重いものだし、それを天蓋の立つここまで運んで来るのにも労力は掛かる。
貯水槽に貯めるため力のない11が桶をひとつ抱えて何往復も行き来するよりも、自分がふたつ持って数回往復してやるほうが効率は良い。

しかしそう考えているのは建前で、実際は彼女にそんなことはさせたくはないという自分勝手な思いからだ。
戦う力のない11にとっては水汲みひとつにしろ、日々戦いに赴いている者に ”してもらう” という行為自体心苦しいと感じているのはわかっているのだが、そうでも言わなければ意外にも頑固な彼女を納得させることはできなかった。
いっそのこと、想いを告げてしまえば頑固な彼女も言うことを素直に聞いてくれるのだろうか。
自分は11を愛しいと感じているから、そんな愛しい者に力仕事など任せられないと。
だが彼女のことだからきっと、そんなことを言われても余計に困惑してしまうだろう。
やはりこのまま効率を言い訳にしておいた方がいい気もする。

「11」
「はい?」

名前を呼ぶと寝具を整えている手を止め、こちらに顔を向けてきた。
丁度自分の胸元に添えられている11の手に手を重ねる。
想いを告げることが今適わないなら、これくらいはいいだろう。
動揺を示すかのように僅かに11の手が動いたが逃れはしない。
水に浸したせいか、自分の体温が高まっているせいか、11の手はひんやりとしていて気持ち良い。

「水汲みはいいから、手を握っていてもらえないだろうか」

冷たさが安心する。
人肌恋しいのなら温かな方がいいのだろうが、今の自分にはこのくらいの冷たさがあっている。
愛しい想いを寄せている者が相手なら尚更だ。
自分とは大差のある小さな手に、指を絡ませる。
緩い力で握るとそれに応えるように11も少しの力でもって握り返してきてくれた。

「あの、ウォーリアさん」

手を握られていることが恥ずかしいのか照れているのか、どちらにしろ彼女らしい可愛さを醸し出しているのだが遠慮がちにこちらに視線を合わせてきた。

「その、…誰かに呼ばれているようで」
「…あぁ。生成か」

誰かに召喚されているようだ。
仕事熱心な彼女の邪魔をしてはいけない。
自分は休息していても他の仲間たちは変わらず戦っているのだし、彼女の力を必要とするのは当然のことだ。
すまなそうな顔でこちらを見やっている11に、早く彼らの元へ行くよう促す。
熱くらい眠っていれば落ち着いていくだろうし、幼子のように誰かが傍にいる必要はない。
握った手は、単なる自分の慢心だ。

「すぐに戻ってきますから」

心配そうにこちらを覗き込んでくる11の頭を、繋いでいた手を離して撫でてやる。
そうしてやれば寝込んでいる自分を置いて行く事に漸く踏ん切りがついたのか、立ち上がり天蓋を後にした。

あんなに真剣な形相で生成に向う彼女の姿を見るのは初めてだ。
大した症状でもないのにそんなに慌てて行く必要もないのだが、彼女に気に掛けてもらうのも悪くはない。
悪くはないというか…こんな状況でこう感じるのは不謹慎かもしれないが、嬉しいと思っているのは確かだ。

そんなことを思っているうちに、天蓋の外に彼女の出立を示す淡い光が浮かび上がった。
戻ってきたら、どんな顔をしてこの天蓋へと踏み入ってくるのだろうか。
心配そうな面立ちか。熱が下がった様子に安堵の表情を浮かべるのか。
彼女の帰還を待ちわびながら、目を瞑る。




どのくらいの時間が過ぎたのだろうか。
昼夜の概念がいまいちはっきりとしないこの異界ではそれも定かではない。
随分と眠っていたような気もするし、もしかしたら思っているよりもほんの少しなのかもしれないが、眠りに落ちる前よりは体の熱りも治まっているようだ。

ふと、額に置かれていた布が取り去られた。
眠っているうちに11が戻ってきていたようだ。
戻ってきた彼女がどのような表情を見せてくれるのかと心待ちにしていたのに眠っていたとは勿体無いことをしたものだが、そのお陰か大分体も楽になったのだから良しと考えよう。

布を避ける彼女の腕に手を伸ばして捕える。
楽になったのは確かだが、いま少し手を繋ぎたい。
そう思ったのだが、掴んだ感触は彼女を示す細さとは正反対の骨太な感触。

「あれ。目、覚めてたの?」

耳に入ったのは聞き慣れた11の声ではなく、男の穏やかな声音。
掴んだ腕を振り解くこともなく、苦笑を称えたセシルが視界に映った。
彼の腕から手を離して、ほんの少し息を吐く。
セシルはこちらの11に対する想いを知っているからわざわざ隠す必要もないのだが、知られているが故に自分の早とちりを含めた意味での溜息だ。
それに気がついたセシルが 「11じゃなくて、ごめんね」 とまた苦笑を零した。
あらためて水に冷やされた布が額に置かれる。

「すまない。世話を掛ける」
「どういたしまして」

最初に11を召喚したのは彼だったのだと言う。
11からこちらの様子を聞き、丁度近場にいたこともあって他の者にも呼ばれた彼女に代わって看病に来てくれたようだ。
日頃無理をし過ぎているのではないか、でも体を休めるのには丁度良かったかもしれないとセシルが微笑む。
無理をしているつもりはないのだが、自分では気がつかないだけで周りからはそう見えているものなのだろうか。実際、こうして疲労による発熱を患っているのだから、こういったことは案外自分では気付き難いものなのかもしれない。

「ところでさ、ウォーリア」
「あぁ」

積極的なのは良いことだと思うけど、独りよがりに彼女に接してみても困惑されてしまうだけだよ、と首を傾げてきた。
独りよがり、なのだろうか。確かに想いを告げることなどまだしていないのだからそう映ってしまうのも納得できるが、彼女だって決して嫌ではないはず。

「うーん。それもそうなんだけどね。11の性格考えてみてよ」

あんまり急に近づいたって恥ずかしがりやの彼女のことなんだから、そのうち逃げられちゃうかもよ、と何やら穏やかではないことを告げてきた。

思い返してみれば、11の頭を撫でてやるのは頻繁にあることだ。また新たな表情を見せてくれないだろうかと期待を込めた意味でそっと身近に近寄ることもある。
いつだったか、不意に彼女の唇に触れたくなったこともあった。あの時はそれは結局適わなかったのだが。

「想いは同じなんだろうけどさ。もっと、彼女に合わせてあげるのも必要じゃないかな」

セシルの紡ぐ言葉に妙に説得力を感じるのは何故だろうか。確かに彼の言うことは尤もなことなのだが、それだけではないような気もするのは体調が優れないせいだろうか。

「…善処しよう」

そう応えれば、柔らかに頷いた。

そんなやりとりをしていると、天蓋の外に淡い光が浮かび上がった。
今度こそ11が戻ってきたようだ。
光が収束するなり天蓋の幕が開かれる。

「お帰り11」
「ありがとうございました、セシルさん」

セシルと顔を合わせるなり11が頭を下げる。
11が戻ってきたことに、セシルが交代を示すように立ち上がり天蓋の幕に手を掛けた。

「だいぶ熱下がったみたいだし、何かあったら呼んでね」

今日はこのままここの宿営場で休むからと、天蓋を後にした。

何かあったら、とはまるでこちらが何か仕出かすかのような懸念振りだが、あいにく彼の思っているような心配事など必要はない。
楽になったとはいえまだ完全に熱が引ききってはいないのだし、流石の自分だって今セシルに言われたばかりのことを無碍にするようなことはしない。
しかしそんな何気ない言葉に含まれた意味を11が知る由もなく、ひとりでの看病に心許無い思いを抱いていたであろう彼女にとってセシルが居てくれるのは心強いものだろう。
これでは手を握ることも適わないのかと意気消沈していると、11が傍に腰を降ろしてきた。
首を傾げながらこちらに視線を送ってくる。

「どうした?」
「えっと、あの…。手、繋がないのかな…と思いまして…」

そう頬を染めながら視線を外し、安心するとおっしゃってたから、とモゴモゴと口噤んでいる11に顔が綻ぶ。
熱が下がりつつある今、傍に居てもらう義理もないのだが手に触れていたいと思っていたのは自分だけだはなかったのだ。
セシルが独りよがりは良くないと言っていたが、これは彼女から言い出したこと。
そう言い分けともいえる理由もつく。

11の手をとり、優しく指を絡め取る。
そうすれば彼女の方が安心したかのような微笑を覗かせてきた。

”君が愛しい”

今にもそう告げてしまいたいところだが、仮にも床に伏せっている身だ。そんなことをこの状態で告げるなんて浅はかなことは慎むべきだろう。
この分では想いが交わるのはまだまだ先になりそうだ。
だが、それでもこの繋がれた手から僅かにも満足感を得ることができるのだから今はこれでいいのだと、彼女の手の温もりを感じながら再び目を瞑り眠りに落ちる。

-end-

2010/4/28 瞳子さまリク




[*prev] [next#]
[表紙へ]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -