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所懐



数々の次元から成るこの世界で自分たちは、調和あるいは混沌と呼ばれているふたつの勢力に判れて存在している。
二手に判れている理由とは、お互いを戦わせるため。
そしてその目的がなんなのかまではまだわからない。
目的を知らずして戦うなど無益なものだと思いながらも、それが自分に課せられた任務ならそれに従うしかない。
そうひとり結論付けて日々を過ごしていた。
そうしているうちにどうもなにか因縁めいたものを抱えている者同士が敵対関係にあるらしいことに気がついた。
ある日この世界で目覚めた自分たちには、今までの確たる記憶というものが無い。
にも関わらず、宿敵、とでも言えばいいのだろうか、お互いが牽制しあうような相手が存在し、かつ認識できているということはなんとも不思議な話だが。

自分も例に漏れず、そのような関係にある者は存在した。
やはり他の記憶同様、相手に関しての記憶も曖昧なものだが、倒すべき者だというならそうするしかない。
それに情けをかけるような相手でないことくらいは、無い記憶ながらも明瞭とした思考として頭に刻まれている。
あいつは敵。
自分が倒さなければならない、のだと。
だが、誰もが自分のように相手を敵としてしっかりと認識できているわけではない。
中には何の因果か身内と袂を分つ者もいる。
兄であるとか、親であるとか。
自分の傍らに座る11もそうだ。
ティーダと同じく、実の父親と剣を交えなければならない。
11自身、そのことに悩み葛藤していた時期もあった。
心苦しさを取り払うための慰めの言葉など幾らでもかけようはあったが、それでは根本的な解決にはならないのは重々承知していた。
だから自分は余計な口出しをしないよう見守るに留めていたのだが、ティーダによって11がその壁を乗り越えることができたことはとても喜ばしいことだった。
それにもともとの陽気な性質のおかげか、あれ以来沈んだ様子は見せなくなった。
しかし、

(だからといって、これは有りなのか…?)

闘うことを強いられるこの世界で、彼女という存在に出会え、お互いを尊重しあえる関係になれたのは嬉しい。
こんな異世界でだが、幸せという言葉を使ったって悪くはないだろうと思うほどだ。
だが今、その幸福感は心の奥深くに沈み込んでいる。
なぜなら、目の前に彼女の父であるジェクトが鎮座しているからだ。
こちらに目を向けながら、かつ無言で11から差し出されたお茶をすすっている。
居た堪れずに目を反らそうとも、そうするとこが憚れるような威圧感。

(視線が、痛い……)

ただの仲間同士ならなんてことはなかっただろう。
だが自分と11は恋人関係にあるわけで、その父親との対面ともなると単独で遭遇する時と意味合いが違ってくるものだ。
考えていなかったわけではない。
いつかはこうして顔を会わせることもあるだろうと思ってはいた。
しかしそれは漠然としたものであり、どう対応するべきか深くまで考えてはいなかった。
つまり、何の心構えもなく、散策に出た先でこうしてジェクトに遭遇してしまったのだ。
身に突き刺さる視線が冷や汗を齎してくる。

「はい、スコール」

ここ置いておくね、と11がお茶の入ったコップを置く。
今日はイミテーション狩りを含む散策も兼ねて、たまにはふたりでのんびり過ごしたいという11の要望で出掛けてきていた。
簡易的ながらも、宿営地に保存してある材料を駆使して弁当まで作ってだ。
日頃テント内でしか寛いでいなかったから(周りの目もあるからだ)、今居る拠点より少し遠くのこの地まで来たというのに。
そもそも11も11じゃないだろうか。
あんなに父親と闘うことに葛藤していたというのに、腹を括ったとはいえここまで明るく振舞えるとは11らしいといえばそうだが。

……。

まぁ、ティーダ曰くファザコンの気質があるとは聞いていたが、少しくらいはこちらの気持ちも汲んで欲しい所だった。
遭遇するなり 「父さん!」 と喜び勇んで抱きついて行くほどだから余程の愛情を持っていることは目に見えて窺い知れたことだが。
だからといって、楽しみにしていた弁当を一緒に食べようと誘ってしまうのもどうかと思う。
だからこちらの心の準備を察して欲しいと目で訴えたところで、ジェクトしか目に映っていない11はお構いなしに食事の準備に取り掛かった。
そして今に至る。

それにしてもどのタイミングで目を反らすべきか。
いや、いつでも反らすことは可能だが、あくまで自然に、だ。
不自然になってはいけない。
そんなことを緊張の最中に考えている間に、食事の準備が完了したようだ。

「それじゃああらためて紹介するね、父さん。彼はスコールって言います」
「おー。何度か顔合わせてんよなぁ、坊主」

そう尋ねてくるジェクトに頷いて返す。
戦場で何度か顔を合わせたことはあるし当然ながら対峙したことだってある。
あの剛毅果断な戦いっぷりを身を持って知っているからこそ、余計に緊張が増してきているのも自覚している。

「相変わらず愛想もヘッタくれもねぇやつだな」

頷き返した自分に対してそう苦笑を零すジェクトだが、肝心の目は笑っていない。

「んで、わざわざこうして紹介するってことは、あれか。11の彼氏かなんかか?」
「ん。そう。イケメンでしょ?」

そう誇らしげに11がこちらの肩に手を乗せてきた。
だがちょっと待って欲しい。
父親に紹介する言葉としてそれは果たしてどうだろうか。
普通こういった時は相手の人となりとかそれなりに親に対してプラスとなるポイントをアピールするものじゃないのだろうか。
開口一番容姿に関してとは…と今更自分が思ったところで後のまつりだ。
ジェクトから感じる忌々しい気配に身を固くする。
それと同時に視界に入ったのはジェクトの遥か後方にうろついているイミテーションの姿。
見つけたのは隣に座る11も同じだったようで、即座に立ち上がった。

「ちょっと狩ってくるね」
「え、あ、おい…」

ジェクトとふたりきりにさせるな、なんて言葉は喉から出ず、目をキラキラと輝かせた11は武器を片手にあっという間に突撃して行ってしまった。
気まずい。
非常に気まずい。
ふたりきりにさせるなんて何の策略かと思うほどだ。
幸いにも11が立ち上がったおかげでジェクトから視線は外せたものの、彼からの視線はヒシヒシと相変わらず身に突き刺さっているのがわかる。
どうしたらいいんだ。

「スコール」

不意に名前を呼ばれ、肩が跳ねる。
冷静になれ。いつものように。
それに11の父親だからといって、必要以上に緊張するのは反って失礼にあたるだろう。
そう思考を巡らせ、心を落ち着けてジェクトに顔を向けると先ほどとは打って変わってなんとも砕けた様子でこちらを臨んでいた。

「まぁよ。取って食いやしねぇから、そんな硬くなりなさんなって」

目の前に広げられた弁当箱からおにぎりをひとつ掴み、なんとも人懐っこそうな顔を向けてきた。
あぁ。こうした表情はどこかティーダを思わせる。
いや、ティーダが彼に似ていると言った方が正しいのか。
うめぇなと言いながら既にひとつ目を食べ終え、卵焼きへと手を伸ばしている。

「俺はあいつが誰と付き合おうが構わねぇんだけどよ」

よりにもよってこんな暗そうなの選ぶなんて育て方間違えたか、などと苦笑を浮かべた。

自分自身バッツやティーダのように天真爛漫な方ではないことくらいは理解しているが、暗そう、とは心外だ。
無口だともよく言われるが、それは必要なことに的を絞って話しているだけなんだが、どうやらその辺りが暗そうとの印象に写ってしまうのだろうか。
それでも11と出会って以来、少しづつだが雑談に加わることも増えてきたと思うのだが。

そんな自分の思考を察したかのように、冗談だから本気にするなとジェクトが声をかけてきた。
顔に、出てただろうか。
そういえば11から自分は顔に出るから喋らなくても案外判りやすいなんて言われたことがあった。
それだけ自分のことを見ていてくれているんだと嬉しい反面複雑な思いを抱きもしたが。

「あいつ、構いたがりだろ」

唐突なジェクトの言葉にどう返答すべきか少し戸惑いもしたが率直に頷き返す。
馴れ合うことを避けてきた、近寄りがたく思われていたであろう自分にすら、他の仲間と変わらずに接してきたのは11くらいだ。
今やあんなにも馴れ馴れしいティーダでさえ、最初は気を使ったような感じだったのだし。
ひとりで行くと言っても聞かず、かといって無視し続けていても、それに構いもせずに後から着いて来たりと当初はなかなか煩わしいやつだと思っていたものだ。
お節介も甚だしいと感じながらもいつしか傍に居るのが当たり前になっていったのは、そんな彼女の人となりのおかげなのだろう。
あれで彼女が退くような性格だったのなら、今自分たちがこうした関係になっているなんてこちらの性格上ありえないことなのだし。

「ああやって構いたがりなのは俺のせいっちゃ俺のせいかもしんねぇけどな」

そう、困ったような面立ちで頭を掻くジェクトに耳を傾ける。

ジェクトにとって、ふたりの子供という存在はそれはとても大きく、そして慈しむべき大切な存在なのだという。
ふたりとも、どちらも比べられない程にだ。
ただ世間での二世への期待感に煽られたというのか、どうしてもティーダと過ごす時間が多かったのだという。
それでももちろん11もティーダと同じくかけがえのない存在と思っていながらも、そこはやはり同性である息子とは違い、娘である11とはどう接していいものか悩んだものらしい。
そうこうしているうちに自我の芽生え始めた年頃には、自分を見て貰えるよう、構ってもらえるよう、11なりに行動を起こし始めた。

「構ってもらいたいってことは、つまりは自分から行動するってことだ」

ジェクトの練習の時にはタオルを真っ先に持ってきたり、休みの日には少しでも長く一緒に居られるようにとベッドの中にまで入り込んできたという。
娘との接し方に戸惑いを抱きながらも、11がそうしたいというのならとジェクト自身もそんな彼女の行動に応えてきた。
綺麗に着飾ってくれば目一杯褒めたし、テストの結果が良ければ思い切り称えてやった。
それが彼女がジェクトに望んでいることだったからだ。

「本当はな、11からそうさせるんじゃなくて、父親である自分から当たり前のこととして与えてやるべきだったんだよな」

不器用なのは自覚していたが、これじゃあ父親失格かもしんねぇなぁ、と溜息を吐くジェクトに目を瞬かせる。
これが…あのジェクトだろうか。
自分の知っているジェクトは、自信満々な11を更にパワーアップさせたかのように豪快で豪傑と言ったところなのだが。
先ほどまでの威圧感はどこへ行ったのか。
というか、さっきまで身に降り注いでいたあの重圧感はなんだったのだろうか。
いや、それはともかく…。

「11は…、あんたのことを父親失格とは露ほどにも思ってはいないと思う」

それよりもぶっちゃけファザコン気質にあるのだが…とは流石にそこまで言うのは憚れた。
そうか?と少し照れくさそうな顔を上げてジェクトがこちらを窺ってきた。

「よくあんたの話は聞くし、ティーダもあんなだが、決して嫌っているわけじゃない、…と思う」

たぶん、親というものに対しての感情がどういったものなのかは自分にはわからないが、ティーダのあれは俗に言う憎まれ口程度のものだと把握している。
そう告げると、先の憂慮気な態度はどこへ行ったのか一転していつもの…自分の知る限りでのジェクトらしい面立ちに変わっていった。
この身の変わりようは、やはり親子らしいものだと変に感心してしまう。

「で、そこでだ」

またしても突然に話を振られ、思わず反動で頷き返す。

「イケメンかどうかはともかく。おまえさんを選んで構っているってことはおまえさんに構って欲しいってことだ」

まぁ…今までの話を聞く限りではそうなのだろう。

「構って欲しいってことは、つまりそいつに甘えたいって、あいつなりの意思表示ってわけだな」
「甘えたい……」

あぁ、そう言われてみれば直接的なスキンシップを取ってくるのはティーダと自分にしかない。(自分に対しては他の誰も居ない所だけでだが)
ティーダはともかく、弱ってるからではなくて甘えたいからだなんて、少しばかり回りくどいような素直なような、そう接してくるのは自分にだけだし、その対象であることがとても嬉しかったりする。

「なぁスコールさんよ。ちっとばかし間が空いた気もするが、あいつは紛れもなくこの俺の育て上げた大事な大事な娘だってことは承知しといてくれるか?」

育て…大事…娘……。

「まさか、出会ってそうそう時間も経っちゃいねぇこんなところで時期尚早に手を出したなんて、そんなことはねぇよなぁ?」

ジェクトの鋭い視線が突き刺さる。
顔は笑っているが目は笑っていない。
ちょっと待て。
せっかく和やか(?)に話が進んでいたというのに、これではまるで最初に逆戻りじゃないか。

「い、いや。そんなことは、ない…」
「ほーう?それにしては目を合わさんなぁ」

目を合わせたら負けだ。
そんな意味のない根拠を胸に秘め、どうしたー、後ろめたいことでもあんのかー、とこちらの顔を窺い挑んでくるジェクトから必至に目を反らす。
そして再び身に降りかかってくる殺気に背中を冷やしながらも無言の威圧に無言で応戦すること数分。

「ほらー、結構収穫あったよー!」

となんとも満足そうな声音でイミテーションから奪った戦利品を高々と掲げた11がこっちに向ってくる姿が見えた。
それと同時に殺気だった気配は消え、ジェクトの視線も11へと移っていった。
なんとなく、安堵に肩を落とす。

「おー流石だなー。でかしたぞ、11−」
「でしょ?でしょー、さっすが私!」

もっと褒めてと言わんばかりにジェクトに纏わり着く11に、放った玩具を喜んで拾って帰ってくる。そんなある様が浮かんで見えた自分は少しこの状況に疲れてきているのかもしれない。

(犬…犬だな)

和気藹々としたふたりの遣り取りを眺めながらそんなことを思っているとジェクトが 「さてと」 と腰を上げた。

「父さん、もう行くの?」

まだ話したりないと言わんばかりに11がジェクトを見上げる。
そんな11の姿にジェクトは眉根を下げ、頭を乱暴に撫でやった。

「俺ばっかじゃねーからな。身内がいるヤツはよ」

そいつら放っておいて自分ばかりいい目を見るのは気が引けるからなとジェクトが笑う。
あぁ、確かに構いたくてもそう出来なさそうな者が混沌の中にいた気がする。

「それに、これ以上情が深まったらいろいろとやり難いかもしんねーしよ」

そうポンと11の頭を軽く小突いてジェクトは足を進めた。

「次会う時は、敵、ってことか」

敵対していることは今更なのだが、自分の脇を横切るジェクトに思わずそう声をかけてしまった。
すると一瞬困ったような顔を向けてきた。
しかし、それは本当に一瞬のもので、すぐに相変わらずな人を小馬鹿にしたかのような顔を向けてきた。

「おまえさんにはそうだな。ひとりで行動する時には要注意、ってだけ言っとくか?」

そう悪戯な笑みと共に、11にしたように頭を小突かれてしまった。
牽制されたような(牽制なのは確かだろうが)、子供扱いされたかのような振る舞いに少しだけムっとしてしまう。
だが

「ま、あいつのこと、頼むわ」

素っ気なく、そしてこれから先に起こりうる事態の重さを理解しているからこその簡素な言葉に目を瞠る。
しかし、振り返り、通り過ぎたジェクトの姿を仰ぎ見るも既に彼の姿は消え去ってしまっていた。

「父さん、行っちゃったねぇ」

そう苦笑を零す11に、なんとなく大丈夫かと尋ねれば、大丈夫だ、といつもの彼女らしい言葉が返ってくる。
本当は寂しいくせに、またそうやって強がって。
だが、あえてそんな言葉は返さない。
寂しさに甘えたくなれば、彼女は自分からそうしてきてくれるのだから。

そしてそんな彼女のひととなりを形成した一因であるジェクトに対して、もしかしたら自分も少しばかり剣の揺らぎを見せる時が来るのかもしれない。
だから、 「結構食べちゃったねー」 と残った弁当の片付けに入る11を手伝いつつも、しばらくはひとりで行動するのは自粛しようと、そんな思いを頭に巡らせる。
頼むと言われた以上、そう易々とやられる訳にはいかないのだから。

-end-

2010/10/26 ウェレア様リク




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