DFF | ナノ




間隙



「お邪魔しますよー」

そう声をかけてくるなりテントに入ってきたのは11。
人の許可を得るまでもなく侵入してくるのはいつものことだ。
プライバシーも何もあったものじゃないが、無言で訪れられるよりはマシだと自分に言い聞かせて11に目を向ける。

「…ひどい顔だな」
「でしょ?」

一応顔は洗ったんだけどねぇ、と苦笑する11の瞼は赤く腫れぼったい。
誰がどう見たって、泣いた後の顔だ。
この顔ではティナに心配をかけるからここに来たという11をひとまず座らせる。
それから冷やした方が腫れも引きやすいだろうと、タオルを濡らしにテントを一旦後にする。



人一倍陽気で楽観的な11が、あんな有様に陥っているなんて一体なにがあったというのか。
ティーダとケンカでもしたのか?
いや、あのふたりに限ってケンカなど考え難い。
常日頃どうでもいいことで言い合いになっているのはよく見かけるが、あれはケンカというよりもあれだ。
小動物同士がお互いにじゃれ合っているような、そんな感覚に近い。
それにふたりはよく似ている。
面立ちは言われなければ双子とはわからないが、どこにでもいる一般的な兄弟程度には似ているし、何よりあの無駄な明るさはそっくりだ。
そんなふたりが泣くほどケンカをすることなんて尚更ありえないこと。
では原因は何かと考えても、ティーダと比べれば格段に11との付き合いの浅い自分にはそこまで察することはできるはずもなく、こうして濡らしたタオルで彼女の目の腫れを鎮めることしかできない。



タオルを片手にテントに戻れば11が自分を見上げてきた。
活気なく見えてしまうのは腫れた目のせいだけではないのだろうが、いつものような意気のない11の姿が妙に痛々しく感じてしまうのは確かだ。
タオルを手渡し、”ありがと” といつもと変わりなく受け取る11の声すらも繕っているものに聞こえる。

「横になって冷やした方がいい」

その方が楽だろうと傍らの寝具に促す。

「あ、ホント?助かるー」

実は泣きすぎて少しだけ頭痛かったんだよね、と待ってましたと言わんばかりに11が横たわった。
仰向けに寝転んで、目を覆い隠すようにタオルを宛がい、冷たさが心地よいのかホッと安堵した様子の11の隣に腰を降ろす。

「何かあったのか?」
「うーん。スコールに甘えにきた」
「誤魔化すな」

そう11の頬を軽く摘むと、痛いと苦情を漏らしてきた。
痛いはずがないだろうこれくらい、大袈裟な。
だいたい甘えに来たとか言ったところで、ふたりきりになれば速攻ベタベタ纏わりついてくるくせに、テントに入ってきて飛びついて来なかったという時点でなにかあったのは明白だ。
今更誤魔化しがきくとでも思ったのか?
短い付き合いながらもお互い信頼を分かち合えてきたと思うし、11が泣くほどの何かならそれを知っておきたいと思うのも当然で、あとは11自身が話してくれるかどうか。
そんなことを思いながら11の姿を視界に映していると、唇が動いた。

「ティーダはさ、ああ見えてしっかり父さんのこと考えてたんだよね」

そう11が紡ぎはじめた。

混沌に組しているジェクトはティーダと11の肉親にあたる。
そのジェクトと戦うことの出来ない自分が不甲斐なくて情けなくて泣けてきたあげくに、泣きすぎて目が腫れてしまったのだと自嘲気味にそう告げてきた。

「でもそれはティーダだって同じで、それでもティーダは父さんのこともしっかり考えてて」

大好きな父だから剣なんて向けられないと、自分のことばかり考えていた11とは反対に、戦い、乗り越えることがジェクト自身の解放に繋がるというティーダ。
だから11もティーダを見習ってジェクトに思いをぶつけてみると、そう決心してきたのだという。

そのあたりの葛藤は、自分には到底介入できるものではない。
ただ口で慰めることなら簡単に出来るかもしれないが、でもそれは一時のものでしかなくて、やはり同じ思いを抱えた者同士でしか共有できない部分もあるのだし。
その点、11にはティーダという共有者がいたから立ち直ることができたのだろう。
自分の立場からしたら11のそんな思いを共有することが適わないのは少し悔しいが、こればかりは仕方がない。
肉親、それも父親という存在に剣を向ける苦しみは、当事者でもない限り本当の意味で理解することなんてできないのだから。

「でね、気が付いたんだけど。ティーダはティーダの考えがあって、それに向って突き進んでいるわけよ」

姉である自分を放っておいて、と11が頬を膨らます。

「だから言ってやったの。”ティーダのお守り、降ろさせてもらう”って」

泣き虫のクセに最近じゃ滅多に泣かなくなってきたし、慰めるなんて芸当まで身に付けているし、生意気じゃんかと11が言う。
あんなに ”ねーちゃん、ねーちゃん” って自分の後からくっついて来ていたのに、いつの間にか自分の前を進んでいて、ホント生意気、と紡ぐ11の声がだんだんと小さくなっていく。

タオルに覆われて見えないが、きっと泣くのを堪えているのだろう。
生まれてきた時から、常にともに過ごしてきたティーダと11。
両親がいなくなってから、どんな時もティーダとふたりで乗り越えてきたのだと以前11が話していた。
ふたりでやれば怖くない、なんだってやれるんだって、そんな勇気をお互いに分け合って。
それが今、変わろうとしている。

無意識の中でひとり前に進み始めたティーダと、それに気が付いた11。
気がついた以上いつまでもティーダを縛り付けておくわけにはいかない。
そして11自身も己の道をひとりで歩んで行かなければならない。
一緒に過ごしてきた時が長ければ長いほど、そんな当たり前のことさえ辛く感じさせる枷となる。
それに加えて双子という繋がりが、余計に彼女の内の寂しさを増してしまうのだろうことくらいは自分でも察しがついた。

「泣きたいなら、泣けばいい」
「泣かないよ。泣くのはさっきので最後って決めたんだから」
「強がりだな」
「それが私だからね」

そう深く息を吐きだす11は良くも悪くもやはり姉なのだ。
弱い所を見せないで、ティーダを影で支えながらも自身はそれを悟らせないよう振舞って。
それでもこれからはお互いの道を進んでいかなければならないのだから、その ”姉” たる立場から少しばかり遠のいてもいいんじゃないだろうか。
自分の前では弱い11を見せてくれてもいいと思うんだが、そう思うのはまだ傲慢な考えだろうか。
そんなことを思っていると、11がタオルを取り身を起こしてきた。

「腫れ、取れた?」

そう、様子を窺ってくる11の目元に目を向ける。
腫れは幾分か引いてはいるが、充血していた目にはまだ赤みが残っている。

「だいぶな。でも、もう少し冷やしてたほうがいいんじゃないのか」

そう返すと目の調子を確認するように何度か瞬かせて、11がこちらの衣服の裾を掴んできた。

「でね、弱さと甘えって違うと思うんだよね」
「…」
「だからスコールに抱きしめてもらいたいなぁ、なんて思うのは甘えたいからなんだよ」

こんな顔で申し訳ないけど甘えさせてくれないか、と見上げてきた11の手を裾から放して抱きしめてやる。
本当に強がりでいじっぱりで、あくまで弱さではないと言い張る11がいじらしくて。
こうして自分を頼ってきてくれることが嬉しい。
ティーダには見せない、自分だけに見せる姿。
きっとこの姿が11の本来の在りようなのだと思うと愛しさが余計に増していく。
姉弟の絆とは違う、自分たちだけの繋がり。
それを確かめるように強く抱きしめる。

そうしていると11が少し苦しいと苦情を漏らしてきたが無視をしておく。
11の腕もこちらの背に回されている。
しっかりと、放れるのを拒むように。
そんな様子で苦しいと言った所で説得力はない。



「…なんかさぁ」

しばらく抱きしめているうちに11がモゾモゾと顔を上げてこっちを見上げてきた。

「なんか、いろいろと我慢させてるみたいでごめんね」
「…は?」

11が腕を離してこちらの胸に指を突きつける。

「スコール、すっごい心臓どきどきしてるんだもん」

そう首を傾げて明るい笑顔を見せてきた11の様子に図らずも脱力してしまう。
自分だって男だ。
惚れた女を抱きこんで緊張しないはずがない。
それにいつものように11からあからさまに抱き付ついてくるのとはわけが違う。
人の弱みにつけこんで、そのままその雰囲気に流されて…なんて卑怯な思惑もなかったわけではないが、そんな卑劣なことは断じてしない。
だからそれくらいで茶化してくるのもどうかと思うのだが。

しかしお陰でようやくいつもの彼女らしい活力が出てきたと思う。
どきどきしたのは私もだけどねー、と笑いながら ”ほらほら” とこちらの手を取り11の胸に当てさせるあたり、いつものように考えなしに行動を起こしてしまう彼女らしさが出ていて…。
確認させるようにと強く押し当てているせいで手の平に感触がしっかりと伝わってくる。
男にとってこの弾力と柔らかさは魅惑的なものとしか言い様がない。
人それぞれ程度の差はあれ、11のそれは自分には程よく余計にいろいろと掻きたてられるものがあるが……。

「スコール、11見なかったっスか〜?」

そういきなりテントに踏み込んできたのはティーダだった。
姉弟そろって声もかけずにいきなり入り込んでくるとは一体どういう教育を受けてきたのか甚だ疑問だ。(とはいっても父親があのジェクトなのだから少しばかり頷けるものもあるが)
だが今はそんなことはどうでもいい。
ティーダの動きが止まっている。
視線は11の胸に留まるこちらの手。
何か用かと問い掛ける11の声に思考を再開させたティーダの視線が自分に移ってきた。

「えっ、あれ…?」

自分と11を交互に見やっている。

「あー、えーと、11の言ってたダーリンって、…スコール?」

そう恐る恐るといった風に尋ねるティーダに11がそうだと返している。
そしてまたその間の手に視線は注がれた。

「えっと、だめでしょっ!そんなハレンチなの!」
「破廉恥…」

ティーダの口から破廉恥などと、そんな古めかしい言葉が出てきたことが意外に感じて思わず感心してしまった。
11は11で ”ハレンチっていつの時代の人ー!” と大笑いをしているが、ひとまずこの手が原因なのだから放してくれないだろうか。

「でも私たち、まだ清い仲だもんねぇ、スコール」
「そうだな。まだそんなに深い関係はない」
「ふかっ……って!スコールの…、スコールの大バカヤロー!!」

そう捨て台詞(?)を残してティーダは脱兎の如くテントから走り去っていってしまった。
姉である11が取られるのが不満なのかなんなのか、とりあえずはっきりしていることはティーダもまだまだ弟なのだということ。

「独り立ちするにはもう少し時間がかかるんじゃないのか?あの様子だと」
「なんか、そうみたいだねぇ」

苦笑を漏らしながらも、嬉しそうな声音でそう応える彼女に、11も11でティーダ離れをするにはいま少しの時間が必要なのかもしれないと思う。
微笑ましく思えもするが、しかしそんなふたりの絆の隙間に、果たして入り込むことができるのだろうか、自分に。

「ついでだから、深い関係になっちゃう?」

愉快そうに目を細めて笑みを向けてくる11に溜息を吐く。

「…そんな腫れぼったい目じゃ、その気にもならない」

そう告げると、それもそうかもとひとり納得したようにやっと胸から手を解放してくれた。


手に残った感触が存分に気になるが、いつもの彼女らしい調子が戻ってきたことに安堵する。
ティーダの言い草ではないが、11は余裕そうに振舞っているのが丁度いい。
そうして自分をいいように振り回して、その後にまた甘えた姿を見せてくれるのならいつだって抱き留めてやろうと思う。

-end-

2010/7/3 ウェレアさまリク




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