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遺薫



例え愛しい者といえども、公私はしっかりと弁えるべきものだろう。
いつもの自分なら、それを当然の如くと過していた。
宿営地より一歩でも外に出ればそこはすでに戦域であって、私情を挟む暇などはない。
11と共に赴いていようが別行動をとっていようがそれは変わらず、戦う者としての切り替えは上手くいっていた。
それなのに、どうしてこうも彼女が気になってしまうか。

「11」

名を呼ぶと、彼女がこちらに振り返る。
じっとりと蒸すような気候ながらも、涼しげな面立ちが崩れる事はない。
しかし面立ちは涼しそうながらも生理的な現象を自らの意思で抑える事が適うはずもなく、薄らと汗ばんでいる肌には彼女の髪が数本纏わり付いている。

「この一帯はだいぶ暑いものだな」

11の首筋に手を寄せて、張りついた髪を退ける。
それからそのまま汗を拭き取るように手を這わせていると、11の手が重なってきた。

「熱帯域のようですね。先ほどから変わった植物をよく見かけます」

辺りを一望し、あそこにも、と11の指し示した方へと目を移す。
色鮮やかな花に、それを一層映えさせるかのような厚みのある葉が幾重にも連なっている。
花といえば繊細に美しく生えるものだと思っていたのだが、目に映るものは存在自体が力強く感じるもの。
儚さなどは微塵もない。
同じ花といえども気候によってこれほどに生態が変わるものなのかと不思議さに感心をしていると、11の首に当てていた手をさりげなく外された。
少し名残惜しい気もするが、いつまでもそうしているわけにもいかないのだから仕方ないだろう。
何よりそんなことをしている場ではない。

「何か、変わったことはなかっただろうか」

今日はこの一帯を二手に分かれて散策をしていた。
そして今こうして合流を果たしたのだが、こちらが回って来た個所は別段敵の気配もなく、数点の宝箱を見つけたのみ。
あぁ、途中でフリオニールとティーダに会ったが、ティーダの蒸し暑さに茹だる顔を見てフリオニールがここは任せたと去って行った。

「私も会いましたよ、彼等に」

ティーダの茹だった面立ちがとてもすごい事になっていたと11が苦笑を漏らす。
水の中ではあんなにも元気に立ち振る舞えるというのに、湿地帯には弱いだなんて面白いものだと歩き出した。
それから紛い物に遭遇したのだが、この鬱蒼と茂る樹林の中では不利と考えひっそり相手を見送ったくらいだと告げる11の手をふと掴む。
急な行動に11がどうかしたかと不思議そうにこちらを窺ってきた。

「いや…。…君は、暑くはないのか。その、随分と涼やかな顔をしているが」
「えぇ、まぁ。暑いですけれど」

それは貴方もでしょう、と11が笑みを浮かべ首を傾げた。
揺れる髪がまた、首筋へと纏わりついていく。
その髪を事も無げに払う11の仕草が、妙に心を昂ぶらせる。
一体本当にどうしたというのだ。
11のひとつひとつの動作にひどく目を惹かれる。
普段なら、何とも思わないことだというのに。

「ウォーリア。大丈夫ですか?」

ぼんやりと11を眺めていると、そう心配そうな顔を向けてきた。
蒸し暑い気温に中てられたのかもしれないと腕を引く。

「無理はしないでください。貴方は顔には出さないのだから」

早々にこの地を去ろうと言う11の引く腕を、逆に引き寄せる。
湿気に泥濘んでいる地面は足元には易しくなく、体勢を取り繕う事もままならずに11の身はこちらへと傾れ込んできた。
鼻腔に漂う、甘い香り。
彼女はいつも良い香りを醸しているが…だが、何やらいつもと違う。
薄くではあるが、品のある慣れた香りに入り混じって馴染んだ事のない甘ったるい匂いが掠めている。

「何か、つけているのか?」
「何か、ですか?」

11が体勢を直して逆にこちらに問い掛けてきた。
彼女が香水といった類のものをつけないのは知っている。
戦場に匂いを残すのは持っての外だと剣士らしいことを言っていたものだ。
普段のあの香りは彼女自身からのものであり、そしてそれを知るのは恋仲である自分だけなのだが、そういった11が今更新たな香りを纏うことはないだろう。
では、何だ。
この、脳を刺激する重い香りは。

「いつもと違う香りがするのだが」
「香り…?」

困惑そうに11が身を離す。

「なぜ、離れる」
「いえ。…ウォーリア、やはりもう戻りましょう」

貴方らしくないと背を向ける際に覗いた11の面立ちは、僅かばかりに動揺を示したもの。
11、と彼女の腕を掴む。
すると一瞬肩が揺れた。
どうもこちらの雰囲気を感じ取っているようだが…さすがにこんなところでどうにかしようなどとは思っていない。
それは11もそう思っているらしく、逃出す気配はない。
少しばかり警戒はしているようだが。

「11」

背後より柔らかに身を抱きしめ、首筋へと顔を埋める。
馴染んだ香りが心を落ち着け、甘い香りが鼓動を高める。
そんな不思議な感覚が無性に人肌恋しさを招いてしまうのは、男の性のせいなのだろうか。
思わず首に唇を這わすと、11が名を強めに呼び阻止を図ってきた。
はたと我に返り、動きを止める。
そして腕に収めていた11を解放する。

「すまない。どうかしていた」

そう告げると、身を離したことに安堵したのか11がこちらへと振り返ってきた。
面立ちは未だ少し警戒を含んでいるようだが…恥じらいに染まった頬が本当に愛しいものだ。
手を伸ばして触れる肌の滑らかさは、今は少ししっとりとしている。
しかし、手に馴染むことには変わりはない。

「ぁ…ウォーリアっ」

焦る11へと顔を近づける。
自重せねばという思いと、彼女に触れたいという欲。
相反する思いが頭の中で鬩ぎあっている。
こんな場所で、とは判っているはずなのだが……。

「だが、誘っているのは君だろう。11」

甘い香りに蒸気した頬。
愛しい者にそんな姿を見せられたら、触れたいと思うのは当然のことではないだろうか。

額に口付け、頬に口付け、それから唇へと触れる。
何度か軽く唇を重ねるも、しかし11の口が開かれる事はない。
真一文字に引き締め、まるで侵入を拒むかの如くだ。

「11、口を……」

開けてくれないかという言葉は11の手によって遮られてしまった。

「ウォーリア。本当にどうされたのですか」

こんなところでこんなことをする人ではないだろうと訴えてくる。
それに誘ってもいない、と不服そうな視線を送ってきた。
しかし、そうは言ってもだ。
どうにも心を燻る香りが自制心を揺るがせる。
正常な判断を鈍らせているわけではないのだろうが、触れたいと思う気持ちを高まらせているのは確かだ。
そうでなければ、このような行動を起こすはずがない。
そしてその香りの源であるのは11だ。

「ですから、そんなことをおっしゃられても香りをつけているわけではないのですし」

どうしたものかと11が戸惑いの面立ちを浮かべる。
だが、こちらにとってはどうしたもこうしたもない。
この気持ちの昂ぶりを治めるには、11との触れ合いが適う事のみだ。

「どうしようもないほどに、君に触れたいと思っている」

率直に告げると11が益々顔を染め上げた。
それから真っ直ぐな物言いにも程があると息を吐く。

「私には貴方の言う ”香り” というものが、さっぱり判りません」

しかし自分の様子がいつもと違うのは明らかであるし、ましてやそんな姿を他の仲間達の下に晒すのは憚れる。
だからといってこのような所で事に及ぶわけにもいかないし、するつもりもない。
ですが、と11は言葉を続ける。

「私の香りだとそうも貴方が言うのならば」

その責任はしっかりと取らなければなりませんね、と苦笑を向けてきた。
責任、とは甚く固い表現だが生真面目な彼女らしい言い草だと思う。

「ですので、その…。口付け、くらいなら…」

そう言葉を濁す11の額へと口付ける。

「君が構わないと言うのならば、遠慮なくさせて貰う」
「その変わりに、後は堪えてくださいね」
「……。…わかった」

しばし考えた後にそう返すと、その間を訝った11が念を押すように再度同じことを告げてきた。
それにはすんなりと返答し、頬に手を添え顔を近づけていく。

先程侵入を頑なに拒んでいた唇は、柔らかく心地よい。
薄く開かれた弾力の隙間から舌を這わせていくと、中は熱く潤っている。
甘い、と感じるのはこの香りのせいなのか自身の目出度い思考のせいなのか。
どちらにしても絡まる心地の良さは、存分に気分を高め口付けをより深いものへと変貌させていく。
もっと11を感じたいと、愛しい想いを伝えるべく。

「ん、ウォーリア…」

詰まる息に一度唇を解放すると、そう漏れてきた11の声。
切なげに自身の名を紡ぐ様はいたく煽情的で益々自分の心を惹き寄せる。
恥ずかしそうに唇に指を這わせ俯いた11の顔を上に向かせ、再び唇へと近づいていくと手で阻止されてしまった。
どうやらもう終了だとの意味らしいが。

「まだだ」

そう11の手を避け、唇を寄せる。
治まる事の知らないこの鼓動はいつ冷めるのだろうか。
どんなに深く求めても、執拗に絡ませても、満たされる気がしない。
触れる熱い吐息は、その先を望むばかり。
頬に添えていた手を緩やかに体へと這わせていくと、その手を拒むように11の手が重なる。
顔を離し、これ以上は駄目だと厳しい目を向けてきた。

「本当にどうしたのです。こんなのは貴方らしくない」
「あぁ。…すまない。本当にどうしたものだろうか」

抑えが効かないのだと11を抱きしめる。
11の口からは呆れたような息が漏れ聞こえてきた。
無理もない。
己自身、自分らしからぬこととは重々承知している。
それを被っている11にとっては迷惑甚だしい事この上ないだろう。

「こんな私は、君は嫌なのだろうな」

ふと、そんなことを漏らしてしまった。
何にも恐れを生す事などなかったというのに、自然と漏れてしまったこの言葉は己の心の弱さなのだろうか。
11の口から否定の言葉を聞きたくなくて自ら告げて。
そう体を離そうとした時、こちらの背中に11の腕が回されてきた。
緩く抱きしめ、そんなことはない、と紡いできた。

「どんな貴方であろうと、貴方は貴方ですから」

それにこのような姿を晒すのは自分の前だけでしょうと11が笑みを向けてくる。

「当然だ」

他の誰でもなく、11だからこのようなことになっているのだと抱きしめ返す。

「11。君をもっと感じたい」
「えぇ、ですから…」

戻るまで堪えてくださいね、と11が苦笑を漏らした。




宿営地へと戻る道すがら、傍にいるのはこれ以上は危険だと判断して途中分かれて帰路を辿ることとなった。
名残惜しいが、仕方がない。
立ち止まっては抱擁の繰り返しでは、いつ戻れるともつかないのだから。
しかし、離れてしまえば呆気のないもので、いつも通りの気分へと落ち着いていった。
やはり、あの香りが原因だったのではないかと思う。
自身を惑わせる、あの甘ったるい香り。
11自身、身に覚えがないと言っていたが果たして一体何なのだったのだろうか。
ふと、視界に色鮮やかなモノが入り込んできた。

密集する樹木の間に忽然と咲き誇る様は、とても目立つもの。
なるほど、確かに一風変わった姿を持っている。
光沢のある葉に、花弁を巻き込む花。
漂う芳香ははるか頭上に位置するにも限らずに、濃厚な甘い香りを齎してきている。

(…これは)

濃度の差はあるが、間違いないだろう。
僅かに香っていた、11自身の香りとは違う匂い。
その正体をようやく見つけることができた。
そして11の言っていたことを思い出す。
合流する前に、紛い物と遭遇していたこと。
戦いを見送るために、ひっそりと身を隠したのだという事。
おそらくこの付近での出来事だったに違いなく、この樹木へと身を預けて忍んでいたというのなら、11自身あの香りを纏っていた事に気がつかなかったのも納得できるものだ。
とはいっても、気分を昂揚させる甘い香りには不可思議としか言いようはないが……。
花を眺めるのに頭上を仰いでいると、ヒラリと花弁が散り落ちてきた。

「……」

自分らしくもなく悪戯心が湧きあがってきてしまうのも、きっとこの濃厚な甘ったるい香りのせいなのだろう。
花弁を拾い上げ、帰路に着く。

-end-

2011/7/2 ユリス様リク




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