DFF | ナノ




報酬



11との鍛錬の時間は、彼女の剣の扱いに対しての指導を行うのは当然ながらに、己にとっても良き訓練の場となっている。
それはそれでとても有意義な時間を過ごしているのだが、なによりその後の ”報酬” だ。
そのために、と言っては軽率すぎるかもしれないが、率直に言えば至福の一時である。
しかしだからといって報酬なしでは鍛錬は行わないのかと問われればそうでもない。
剣の稽古くらい他の仲間同様無償で請け負うことも構わない。
だがお互いが想いを同じくしている仲であるのだし多少の戯れというのか、楽しみはあってもいいのではないだろうか。
普段厳格な11がその時ばかりはいつもと違う面立ちを覗かせる様は堪らないものであり、自分が戦いの道具ではなくひとりの生身の男なのだと思い出させてくれる。
それがひどく心地よく、つい執拗に迫ってみたりもしたかもしれないが…。

「それがいけなかったのだろうか」
「いや、そんな真顔で言われてもね」

内容までは聞いてないから何とも言えないよ、とセシルが苦笑を零した。
先日、11から言伝を頼まれたのだという彼から今その言葉を受け取ったところだ。

”報酬も、ほどほどにして欲しい”

ということらしいのだが。

「彼女がほどほどになんて言うくらいだから、いろいろと余程のことなんだろうけど」

そう苦笑いにセシルが首を傾げた。
報酬というからには、それに見合った対価であり言わば勘定のようなもの。
鍛錬の成果は戦いにおいて結果と成すものであり、物品といったように目で見て価値を判断できる現物はない。
しかしながら元々の11自身の素質もあったのだろうが剣の稽古を始めてからというもの、日々剣捌きに磨きがかかってきているのは明らかだ。
だから鍛錬の賜物といっても過言ではないはず。
それならば、それ相応の対価をいただいても構わないのではないのか。

「うん。だからそれを僕に言われてもね。伝言頼まれただけだし」

困った笑顔を浮かべて、伝えたからねとセシルは去っていった。
確かにセシルに聞いてもせん無き事だ。
11本人に真意を尋ねるのが一番だろう。
だが、彼女がわざわざセシルを通して伝えてきたのはなぜだろうか。
いつも何事に対しても真摯に言葉を向けてくると言うのに…あぁ、そういえば何かを頼むということに関しては不得手だったが……それにしてもだ。
その辺りも聞いておかなければならない。

そんなことを思っていると、年少組みの指導を終えた11が宿営地へと戻ってきた。
相も変わらず姿勢正しく歩む姿は美しいものだ。
彼女の後ろに疲弊しきった様子で佇む彼らには申し訳ないが、厳しくも叱責の声をあげる姿すら自分にとっては愛しいもの。
そんな想いを寄せる11に ”ほどほどに” と言われてしまっては、こちらも立つ瀬がなくなってしまう。

「11」

声をかけるとこちらに気がついた11が歩み寄ってきた。

「お疲れさまです、ウォーリア。何かありましたか?」
「少し話があるのだが。時間を貰えないだろうか」
「えぇ、構いませんけれど…」

そう後ろを振り返り、疲れきって地面に伏している者たちに目を向けた。

「彼らを、まずどうにかしてしまわなければならないので」

苦笑と共に呆れともとれる溜息を11が吐く。
それからでもいいかと言う11に了承の意を返し、一度テントへ戻る事にした。



テントに戻り装備を外して身を解していると、程なくして外から声がかかってきた。
11の声音だ。
何度となくいつでも入ってきてもいいのだと言っているのに、一度声をかけて確認してくる律儀さは彼女らしい。
一方、テントを同じくしているフリオニールに気を使ってのことも有るのだと思うが。
中に入るように促すと、彼女もまた装備を外した身軽な軽装でテントへと入ってきた。

「早かったのだな」

あの彼らの様子では、幾分か時間がかかるものだと思っていたのだが。
そう尋ねると、 「えぇ、まぁ…」 と珍しくも歯切れの悪い返事を返してきた。

「貴方が話があるというから…急いで来たのですけれど」

疲弊しきった彼らに食事を摂る事を怠らないようにしっかりと言い聞かせて、だが彼らだけでは不安だからとセシルに後の事を頼んできたのだという。
それでもまだ不安が残るのか、少し落ち着かない様子だ。
気になるのは彼女の性格からして頷けるもの。
だが、気になるといえばこちらも同じだ。
目の前に腰を降ろした11を真っ直ぐと見やる。

「聞きたい事がある」

そう紡ぐと11が気を引き締めたかのようにこちらを見返してきた。
身を硬くする程の話ではないのだが、どうにも日頃の剣士たる態度が抜けきらないというのか、こうしてふたりきりになってもなかなか甘い雰囲気にはなり難い。
それを紐解いて行くのもまた楽しめるものなのだが……。

「セシルから言伝を受け取った」
「セシルから、ですか?」

11の言葉に頷き返すと、少し首を傾げて頭を捻り出した。
どうやら何のことだか忘れているらしい。
日々忙しなく動き回っているのだから、行き交う情報量の多さに些細な事など隅の方へと追いやられてしまうのはよくわかる。
だから思い出せるように ”報酬” とただ一言の助け舟の言葉をかけてみた。
するとどうだろうか。
思い出したのか、表情を隠すべく口元を手で覆って顔を俯けてしまった。

「ほどほどに、とは、どういうことだろうか」

11の手を捕り、口元から放す。
俯けた顔に掛かる髪を耳に掬い上げると、恥じらいなのか頬を染めた面立ちが覗いた。

「…言葉のとおりですが」

視線を合わせないように目を逸らしたまま、11がそう紡いできた。
その言葉にしばし思考を巡らせる。
ほどほどにということは、行為が行き過ぎているということだ。
それはわかる。
しかし、そうして欲しいということは、言わばその行為が嫌だということではないだろうか。

「私と、そのような行為に及ぶのは嫌だということか?」
「あ、そうではなくて…」

言葉に反応してか慌てた様子で11がこちらに顔を向けてきた。
視線はすぐに反らされてしまったが、とりあえず手を放して欲しいという彼女の言葉を聞き入れて手を解放してやる。

「ウォーリアと、その…嫌ではないのですが…」
「はっきり言えないほど、何か不都合でもあるのだろうか」

彼女らしからぬ言葉の詰まる話し方だと思う。
それほど言い難い事態でもあるのだろうか。
だからセシルに簡潔な言伝を頼んだのか?
あとは察してくれと。
11との時間を心地よく感じていたのは自分だけだったのなら、傲慢極まりないことだ。

「すまない。どうやら私だけが」

そう言いかけた時、11がその言葉を遮ってきた。
謝るなと、そんな必要などどこにもないのだと、これは自身の気持ちの問題であるのだからと11が必至に伝えてくる。
気持ちの問題とは、またどういうことか。
不思議に思い11の言葉を待つ。
未だ僅かに頬が染まっているが、意を決したのか11が姿勢を正してこちらを真っ直ぐに見やってきた。

「貴方との時間は、私にとってもとてもかけがえのない一時と感じております」
「あぁ」

その言葉に少しばかり安堵する。
少なくとも、自分と過ごす時間に不満はないということなのだから。
引続き11の言葉に耳を向ける。

「報酬をほどほどにして欲しいというのは、先も言ったとおりに言葉のままです。ですが」

そう思うのは11自身に問題があるからなのだという。
報酬というからにはそれに見合った対価を与えるものであり、11も心地よく感じてしまっている以上果たしてそれが報酬といえるのかどうかということらしいのだが、それならば心配には及ばない。
自分にとっては充分過ぎるほどに受け取っているのだし、それが11にとっても良いと感じるものなら尚の事だ。
何も思い悩むことなどない。
そう返すと、11の視線が揺れた。
何か言いたそうな、それでも言い難そうな面立ちを覗かせる。
それからしばしの沈黙の後に11の唇が開いた。

報酬として過ごすふたりだけの時間。
髪を梳く手は優しく、受ける口付けは想いの篭った熱いもの。

「愚かな女だと思われても仕方のないことだとは、私自身充分承知しています」

その想いの篭った触れ合いが、11を戸惑わせるのだという。
溶けるように絡み合う口付けに、自分が自分でなくなるようなそんな錯覚を覚えてしまうのだと。
そしてその先を望んでしまう浅はかな想いが強まってしまう前に、どうにかしてこんな想いを打ち消してしまいたかった。
それでも自分と過ごす時間は無くしたくはないという矛盾な思考の末、ほどほどにして貰えたら、という考えに辿り着いたらしい。

「子供のような稚拙な我侭、だということもわかっていますが」
「いや。そんなことはないぞ、11」

生真面目な彼女らしい悩みだと、自然と笑みが零れる。
口付けの、その先にある行為をこの頑なな11から望まれるとはなんとも男冥利に尽きる話ではないだろうか。
それほどまでに彼女を虜に出来たというのならば、11が疲弊するほどにしつこく繰り返してきた口付けも無駄ではなかったということ。
腕を捕り引き寄せると11の凛とした姿勢が崩れた。
その彼女を胸に受け留めて柔らかに抱きしめる。

「ウォーリア…」

咄嗟の出来事に目を瞬かせてこちらを見上げてきた11の頬に手を寄せて唇へと口付ける。
軽く触れて、それから深いものへと。
いつものように、想いが彼女に伝わるようにと気持ちを篭めた熱い口付けを施すも、この行為が11を思い悩ませていたのだと思うと嬉しさの余りにいつも以上の刺激を求めてしまう。
11の熱のある吐息に、一度顔を放す。
すると放れた体温が幾分か冷静さを引き戻したのか11が抗議の声をあげてきた。

「ですから、ほどほどに、とお願いしているじゃないですか。こんなことをされたら私は」
「それは聞き入れられない願いだ、11」

頬に口付けて視線を合わす。

「君に望まれて、私が嫌悪するとでも思ったか?」

何かを勘違いしているようだが、生憎自分も戦いから離れればひとりの人間だ。
やましい思いのひとつやふたつくらいは抱えている。
それに愛しい想いを寄せる相手から望まれるのなら、応えたいと思うのは当然のこと。

「11。君から誘ってくれるなど、これ以上嬉しいことはない」
「いえ、別に誘っているわけでは…」

そうさり気なく11が体を離そうとするが、こちらの腕に抱え込まれているのだからそれは適わない。
力はさして篭っていないとはいえ、そこは男女たる差が歴然としてしまうところだ。

「私が相手では、役不足だろうか」
「そんなことは……」

言葉を遮るようにして、再び深く口付ける。
逃れようとこちらの腕に掛かっていた11の手の力が徐々に弛んでいく。
それを良しと捉え、そのまま11を組み敷いてみる。
抗う様子は微塵もない。
そして恥じらいに染まる11の頬に、己自身気分が高揚してくるのがわかった。

厳格であるがゆえに触れることの躊躇われていた彼女の素肌。
これからどんな姿を見せてくれるのだろうか。
逸る気持ちを僅かに堪え、11へと覆い被さった。

-end-

2011/2/2 ユリス様リク




[*prev] [next#]
[表紙へ]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -