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月輪



日が沈んで、幾時間が経った。
仮眠から身を起こして天蓋の外へと出ると各自の天蓋に灯っていた明りが、ポツリポツリと消えていく様子が視界に留まる。
見張りの交代には丁度いい時間だろうと、焚火の元へ向う。
セシルとクラウドに交代だと告げて焚火の前に腰を降ろすと、程なくしてもうひとりの当番のフリオニールがやってきた。

宿営場としている聖地では見張りなど必要のない事だったのだが、コスモスがいない今、加護の綻びた僅かな隙間から稀にだが紛い物が忍び込んでくることがある。
こうした聖地であっても油断はならない状態だ。
だから無防備になりやすい夜には交代で見張りをするようになった。
今夜は自分とフリオニール。
誰かが用意していてくれたらしい軽めの食事を持ってきた彼からそれを受け取り、今後のことを話し合いながら食事を済ます。


「そろそろ見回り行った方がいいか。月が明るいから今夜は出現しなそうだけどな」

そう立ち上がりかけたフリオニールを制して自分が立ち上がる。
当番の見回りとなると何を気を使ってのことなのか毎回フリオニールばかりが行っているのだが、たまには自分にも任せて欲しい旨を伝えれば未だ少し躊躇しているようだ。

「そんなに私は頼り無いだろうか」

そう告げると慌てたフリオニールが必死に否定をし始めた。
彼の言わんとしていることは承知している。
頼る頼らないの話ではなく、尊敬の念を抱いている自分に対してもっと力になりたいとフリオニールなりの気遣いなのだと、何時だったかセシルが教えてくれたからだ。
冗談だと言えば、頭を掻きながら苦笑いを浮かべたフリオニールに”じゃあ、今日は頼む”と見送られて見回りへと向う。
今夜は満月。
これだけ明るければ松明を携えるまでも無い。


天蓋の立つ傍らの湖畔にもその光は降り注ぎ、美しい輝きを照り返している。
揺れる水面に映る月を眺めながら歩を進めて行くと前方に人影が窺えた。
こんな夜更けに、迷い込んだ紛い物だろうかと持ってきていた剣に手を添える。
人影が何者か目視で確認できるくらいまで近づいた所で、剣より手を離す。
戦いに備えて警戒する必要がなくなったからだ。
ゆっくりと歩んでいるその姿に追いつこうと、少し歩測を早めてみると気配に気がついたのかこちらに振返ってきた。

「ウォーリア」

どうしてここに、とでも言いたそうな表情を一瞬浮かべたが、こちらが今夜の当番ということを思い出したのかひとり納得したように労いの言葉を掛けてきた。

「でも、珍しいですね。貴方が当番の時はいつもフリオニールが見回りに向っていると以前おっしゃっていたから」

確かにいつもはフリオニールの申し出に甘えさせてもらっていたのだが、今日という日はなんでだろうか。
そんな気分になったとでもいえばいいのか、行かなくてはならない、と思ったのだ。
偶然とはいえ、こうして11と会えることになったのには我ながら感が良かったものだとしか言い様が無い。
しかし、11がこんな時間にこんなところにいたという驚きは当然ながらある。
夜も更けているのだから、皆と同じく既に就寝しているものだとばかり思っていたのだが。

「君は、散歩でもしていたのか」

この湖畔へ至るには天蓋に囲まれた焚火の元を通り過ぎて行かなければならない。
自分とフリオニールが見張りを始めてからは誰も通りはしなかったし、直前のふたりからは何も言伝を聞いていない。
となると、見張りの始まる前からあの天蓋にはいなかったということはすぐに察しがつく。

「随分と長い散歩のようだが」

非難しているわけではない。
いい大人がいつどこで何をしていようが干渉する気はないし、彼女だって戦う術を持つ者だ。
例え加護の綻びから敵が侵入してこようが11なら何も心配はいらない事もわかっている。
頭の隅に引っ掛かるのは、彼女らしくない、ということ。

年少者の世話役を買って出ている11は、もともとの性分もあるのだろうが規律正しい姿勢を模範の如く見せてくれる。
それもまた頼もしい姿だ。
そんな彼女が誰にも告げず、ひっそりとひとりで散歩に赴いているとは何事だろうか。
指導をする立場とはいえ、あの個性溢れる面々を纏めるのは一筋縄でいかないのは自分もよく知っていることだ。
だからひとりになりたいと、そう思うときもあるのだろうことは理解できる。
ただ、誰にも何も告げずに出掛けて行ったことが少しばかりもの寂しいと言えばいいのだろうか。
自分の想いに11を拘束する気などさらさらないが、一言でも告げていってくれればという焦燥感が募る。

「月が明るくて、眠るのがもったいないような気がして」

そう薄く微笑む11を視界に留める。
剣を持たない、ひとりの女性としての姿。
儚い表情が月の光に照らされて彼女の姿を美しく際立たせる。
しかし、その儚げな面立ち。
なにかまた迷いでもあるのだろうか。
気品あるいつもの微笑とは違う彼女の笑みが気に掛かる。

「…私は、自分が思っていたよりも随分と意思の弱い者なのかもしれません」

視線をこちらから水面に移して、ポツリとそんな言葉を漏らしてきた。

「貴方から教わった全てを無駄にしている。そんな気がするのです」

でもそんなことはないのだと、自分の迷いを断ち切るためにこうしてひとり月の光を浴びに来ていたのだと言う。

「君の剣捌きは素晴らしいものだと思うが」
「それは貴方の御指導の賜物です」

幾度かの鍛錬によって、従来の剣の扱いを取り戻すことが出来たのは11自身の努力の結果だ。自分はそれを手助けしたに過ぎない。
もともと剣術の素質は充分にあるのだし、それを活かしきれていないことはないように見えるのだが。

「貴方のように在りたいと願うのは、私の傲慢でしょうか」
「私のように?」

魔法に頼らずとも、己の剣技のみで勇猛に挑める姿に憧れを抱いているのだとこちらに目を向けてきた。
真っ直ぐに向けられたその瞳の意思は揺るぎないものと受け取れるが…。

「私も魔法なら使うぞ」
「貴方のあれは、戦術ですから」

確かに力としては使ってはいない。
陽動目的として使っている。
それに上手く掛かってくれればこちらが優位に立てると考えてのことだから11の言うように戦術と言われればそうだろう。

11はといえば未だに敵に押される形となった時には、魔法に頼ってしまうという。
時間を作ってくれてまで剣の指導をしてくれた自分に対して、これではいけないのではないかと思い悩んでいたようだ。
真面目な彼女らしい悩みなのだと、つい口元が綻んでしまう。
それを覗いた11が首を傾げて見やってきた。

「魔法を使うな、とは言っていないのだがな」

魔導の力を主体に戦う者とは違い魔力に頼る戦法をとる必要はない。剣士なのだから。
しかしだからといって危機に瀕した時にまで、それを使うな、などとそんな非道なことを言えるはずがない。
そのような時に使える力を使わずに、取り返しのつかない事態に陥ってしまうことの方が余程重大だ。

「それで危い場を乗り越えることができるのなら、それは君の強さだ」

だからもっと誇りを持ってもいいのではないのかと告げる。

「私の、強さ…」

視線を落としてそう呟く11の手にそっと触れる。
今の彼女の戦い方は以前のように魔法に頼った戦法ではないのだし、それこそ敵の不意をつくには有益な方法とも取れる。
それに。

「君の体に傷が付いてしまったなら、私はどうすればいい?」
「え…あの、ウォーリア…?」

11の頬に手を添えて視線を合わせる。
滑らかな肌が手に馴染んで心地よい。

「こういうことも出来なくなってしまうだろう」

顔を近づけて軽く唇に触れてみれば、ほんのりと頬を染め上げる。
その後すぐに抗議するかのような面立ちを覗かせてきたが。
それにも構わず続けて口付けを深いものへと変えていくと胸元を押しやってきたが、そんなことで離されるほどこちらは柔な造りではない。

存分に彼女の柔らかさを堪能させてもらい、それから唇を離してやる。
蒸気した11の顔に気分が高揚してしまうのは夜更けのせいなのか。

「久しぶりに、ふたりきりになれた」

戦域であれば何度となくふたりで行動する状況もあったが、こう落ち着いて過ごせる時間というのはいつぶりだろうか。
あまり遅くなっては待っているフリオニールに心配をかけてしまうが、彼のことだ、持ち場を離れて探しに来るということもないだろう。

月の輝きが優しいこんな日は、紛い者が侵入してくることもまずない。
それならばもう少し、愛しい者と時間をともに過ごしてもいいのではないだろうか。

-end-

2010/4/20 カムラさまリク




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