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興趣



「おや、11。どうしたんだい?」

いつも以上に落ち着きのない11へと声をかける。
ソワソワと、時間を気にしているかのように見受けられるのだが…そんな様子よりも気になるのは、彼女が纏っているものだ。
珍しくもいつもの真っ白い装束とは違う衣服を身に着けている。
親心ながらに多少は着飾った方がいいとは思っていたし、城にいた頃でも職務に就かない日には極稀にだがこうして着飾ることもあったのだから何も不思議に思うことはないのだが、気になっているのはそこではない。
確かに彼女に似合ってはいる。
しかし問題はその衣服を未だかつて見たことがないということだ。
この街に避難してからというもの、とりあえずの身の回りのものは揃える事ができた。
その中には白装束の他の衣服も当然ながらにある。
買出しといえば大抵が自分と赴くことが常だったのだし、11自身が単独で購入してきた物でもすぐに嬉々として見せに来てくれていたのだから彼女の持ち物については把握していたのだが。
似合うかと聞いてくる11に頷き返す。
それからその衣服はどうしたのかと聞き返した。

「これ、フリオさんからのお土産なんです」

選んだのはマリアさんらしいんですけどね、と鏡の前で身を翻して衣服の確認をしている様は微笑ましくもあり、親としてはようやく年頃の少女らしさがでてきたのは喜ばしいことだ。
だがなぜフリオニールが、という疑問が頭を過る。

「先日まで偵察に行っていたじゃないですか。そこで見つけたんですって」

そう続けた11に、フリオニール一行が先日旅から帰って来ていた事を思い出した。
11の纏う衣服をよく見てみれば、あの地方独自の模様が窺える。
あの純朴そうな青年が珍しく気を利かせたことは (いろいろと聡そうな義妹に急かされた感も否めないが) 充分驚きに値するものだが、それを嬉しそうに身に纏っている11にもまた驚きを隠せない。
あれほど自分と同じ白がいいのだと、着飾る事なんて一切興味がなかったというのに。

「それで、今日食事に誘われたんです」

たまに使いに外出することがあるとはいえ、基本的にはアジトに篭っているのだし、しかしそればかりでは息が詰まってしまうだろうとのフリオニールからの提案だという。
急な誘いに報告が遅くなってしまったが、行ってきてもいいかと11が聞いてきた。
行ってはいけない、とは親の権限とも言える言葉であり、口に出すのは容易いことだ。
11も素直に言う事を聞くだろう。
だが、別段止める理由もない。
いつも以上に落ち着きがないということは11が楽しみにしている証なのだし、息抜きが必要だということも承知している。
特にここ最近は不在しがちな自分の留守を任せるために11には表に出る事のないよう過させてしまっていたのだし。

「今日の仕事はもう終わりなのだろう?ならば、構わないよ」

そう応えると11の顔が明るいものへと変わった。
久しぶりの外出に浮き足立っているのか、それともその相手へ向けてのものなのか。
何にせよ、貰ったという衣服を身に付けた11がいつもと違う愛らしさを振りまいてくるのは愛しくて堪らないものだ。

「それに息抜きだというのなら、私も同席したいと思うんだがね。どうだろうか」

そんな愛しく思っている娘を、夕刻にむざむざ男の元へとひとり向わせるほど呑気な思考は持ち合わせてはいない。
こちらの思惑など一切知る由もない11はといえば、自分のそんな申出にふたつ返事で返してくる。
まだそうとは確信を得ているわけではないが…こんな彼女を相手にするのは一筋縄ではいかないだろう。
それもこれまでの育て方の賜物じゃないだろうか。

「ミンウさまも楽しみですか、食事」
「あぁ。そうだね」

弛んでいた口元を悟られないよう11の頭を撫でやってやり過ごす。
それから約束の時間まであと少しなのだという11を仕度に向わせて、自分も出かける準備にかかった。




仕度を終えて、待ち合わせ場所としているアジトの出入口までやってきたら、すでにフリオニールが待っていた。
こちらに気がつき、案の定驚きの面立ちを覗かせてくる。

「11に聞いてね、私も同席させてもらうよ」

君はひとりなのだろうかと続いて尋ねると、少し首を傾げてきた。

「マリアとガイも一緒に来る予定だったんだが…ガイが熱を出してしまって。マリアは看病するのに残ったんだ」

皆揃わないのなら食事もまたの機会にすればいいんじゃないのかと言ったのだが、人を誘っているのだし、せめてフリオニールだけでも楽しんでくればいいとマリアに見送られたのだという。

「だからミンウが来てくれて丁度よかったよ」
11とふたりだけではなんだか気まずいし、いろいろと話したいこともあったと顔を綻ばすフリオニールの言葉にそれ以外の他意がないのは本当だろう。
隠し事や誤魔化す事を苦手としている節があるのだし、なにより率直な男であるのだから信頼に足るには違いない。
だがまぁ、それとは違う警戒をこちらが抱いているとは気が付きもしないのは如何なものだろうか。
本人も無自覚であるのは仕方がないことだろうが。

「では、行こうか」

足を促し、酒場へと向う。

こんな世の中だからこそ、人の賑わいは大切なものだと思う。
訪れた酒場は盛るには時間帯が早いにも関わらず、一見して座る席が見つからない程に繁盛しているのは、落ち着きは得られないものの安堵の感は受けられるものだ。
しかし席がないのならば他の店に場所を替えるしかないかと思っていたのだが、3人という少ない人数が幸いしてか、店子の案内により奥の少人数掛のテーブルにつく事ができた。
適当に見繕って注文し、次々と運ばれてくる品物に手を伸ばしていく。
けして豪華とは言えないが、アジトで隠れて過す食事よりは少しだけマシではある。
それに何より久しぶりの濃い味付けだということが11には良かったようだ。
あれやこれやと食事に夢中になっている。
自分とフリオニールは、旅の話やこれからのこと等、外部に漏れても当り障りのない話しを交しながら食事を進めていた。
ふと、フリオニールの視線が11へと向った。
しかし食べる事に一生懸命な11に言葉をかけるのが躊躇われたのか、すぐにこちらへと顔を戻してきた。

「そういえば、11は料理とかはしないのか?」

しているところを見た事がない、とフリオニールがそんなことを尋ねてきた。
アジトでは、義勇軍も増えたおかげで作る量もそれなりにある。
狭い厨房ながらも手の空いた者はそれとなく手伝っているし、マリアも時々調理に赴いているらしいのだが、女中の姿を見る事があっても11の姿をあの中で見かけたことがないというのだが。

「ミンウの弟子…というか家族なんだから、食事の仕度くらいはするんだろ?」
「おや、フリオニール。11の手料理が食べたいのかい?」

そう聞き返すと別にそういうわけではないんだがと、先日厨房へと捕獲した獲物を運んでいた時の出来事を話してきた。
生臭さに耐え切れないのか鼻を摘み、あまつさえ翌日には臭いが残っていないかと確認してくるほどだったのだから、そんなことで果たして料理などできるのだろうかという素朴な疑問なのだと言う。
城下町に居た時は魚肉といえば主に捌かれているモノを買っていたのだからそもそも生き物丸々といった獲物の姿には慣れていない。
それに自宅には日中まだ幼かった彼女の面倒を見てもらうための家政婦を雇っていたのだし、食事の仕度から掃除まで担ってもらっていたのだから11が調理場に立つといっても時々手伝うくらいのものだった。

「あ、でも玉子焼きはお手のものですよ。ね、ミンウさま」
「たまに殻が入っているときがあるけれどね。11は専ら食べる専門だよ」
「殻……。あ、いやでも、そんなんじゃ大変じゃないのか?11だっていつまでもミンウの元にいるわけじゃないだろうし」

うちのマリアなんか、あんな勝気な性格をしているが割とその辺りはしっかりしているとフリオニールが言う。
しっかり者のマリアと比べてもらっても困るのだが…。

「私の元にいるわけにもいかないとは、例えばどんな時だろうか」
「それは…ひとり立ちする時とか、…あぁ、それこそもしかしたら……嫁いだりする可能性も一応あるんじゃないのか」

一応、とは、11の育て親である自分への配慮なのか、11自身のひととなりを指してのものなのか、あるいは両方を示しているのか。
これといってどちらでも構わないけれど、ただひとつ言えることは今まで自分の思い描いていた11の未来にはそんなものは必要がなかったということだ。
城仕えであるのだから希望さえすれば自宅に戻らずとも衣食住の心配はいらないのだし、自宅に戻っても家政婦が雑用をこなしてくれる。
ひとり立ちについては、11がするはずがない。

「嫁ぐ、となったらお相手はそれこそ手を焼くことだろうね」

ある種の包容力は必要かもしれない、と笑みを向けると相槌を打つようにフリオニールが頷いた。
11はといえば、 「嫁ぐ気なんてサラサラないですよ〜」 となんとも素っ気なく、食事を進めている。
結婚することが全てではないし、そういった生き方もありなんだろうけど、とフリオニールの視線が11に移った。
次々と皿を空にしていく様を目に映し、少しばかりゲンナリといったところだろうか。

「それに、当たり前ですけど嫁ぐんなら大好きな人じゃなきゃムリですし。大好きっていったらミンウさまですしね」

でも家族じゃ結婚できないでしょ、とさも当然と言わんばかりに11がフリオニールへと顔を向けた。

「そりゃあ当然だろう。それに俺にしてみたらあんな挨拶だって…」

とそこまで言いかけてフリオニールが口を噤んだ。
怪訝そうな面立ちを覗かせている11に丁度空になったグラスを差し出し、何か持ってくるよう頼んで席を立たせる。

「フリオニール。君は少し誤解をしているようだ」

フリオニールの言いたいことはわかっているが、あえてそこに触れる必要はない。
以前に一度、家族の事情なのだと告げてあるのだから。

「何も11を嫁がせたくないわけではないんだよ」

然るべき時期が来たら然るべきところへ送り出す、ということは考えている。
拾い子とはいえ、今は自分の籍に入っているのだし、身分に不足はない。
とはいっても自分のこの身分も王から賜ったものだけれど、それでもそれ相応の位にある者の元へと嫁がせることは可能だ。
位のある者の元へ行くのなら、料理にしろ掃除にしろ雑用を覚える必要などない。

「甘やかし過ぎじゃないのか。だいたい11の気持ちだってあるだろ」
「やけに11を気にかけるんだね、君は」

そう紡ぐと、そんなことはないとフリオニールが俯いた。
しばしの沈黙の後、 「ただ」 と顔を上げる。

「11のためにならない、と思う。短剣の扱いにしたって、11は11なりに思いあってのものだった」

それを無碍にしてしまっては、彼女が自由に動き回る事なんて出来ない。
愛情を注ぐ事は否定しないけれど11の意思ももっと汲んでやるべきではないかと、そう言ってきた。
そんなフリオニールの言葉に、よく見ているものだと感心する。
しかし見ているといっても11が自分に依存し過ぎているのでは、といったところだろう。

元から自分と11を知る城の者ならば、当たり前の光景として捉えているから気がつくことはないだろう。
外部の人間といえども、注視していなければ気がつきはしないほんの些細なことだ。
11の行動の基点は全て自分にある。
一見自由に立ち振舞っているように見えても、11が自分以外の他人に心を預けることはないし、受け入れることもない。
自分が傍にいようがいまいが、それは変わることなく今まで過してきた。
だが、この青年たちとの出会いによって変わってきている。

「…そうだね。君の言うことも、もっともだと思う」

他人に興味を抱く事ないよう育ててきたというのに、今11の興味は明らかにフリオニールに注がれている。
王からいただいた品物にしろ、ヒルダ様より譲り受けた装飾品にしろ、フリオニールからもらったというあの身に纏っている衣服ほど喜びを露にしたことなどなかった。
この食事だって、11にとって抱いた事のない感情に戸惑い悩んだから、伝えてくるのが遅くなったのだろうことも察してはいる。

「だがね、親からしてみれば娘には何不自由なく過ごしてもらいたいし、苦労なんてかけさせたくないものなのだよ」

余所のご家庭より少しばかり顕著かもしれないけれどね、と苦笑を向ける。
興味を持つことがなければ当たり前のこととして受け留めて、それ以上も以下も望むことは何もないのだから苦労を知らずに済む。
それでも不快と感じることがあるならそれは余程のことなのだろうし、その時はまた11を迎え入れればいいだけの話しだ。

「いやしかしな、ミンウ。ミンウはそうなんだろうけど、なんと言うか……もし、万が一にも11が本当に好きな相手を見つけて、その、連れて来たとしたら、ミンウはどうするんだ?」

身分のある者ではなく、ごく一般の者に心惹かれて、そうなったら親である自分へと紹介してくるだろう。
自分の11に対する想いに気付きもしないで……あぁ。気がつかせたいわけでは決してないのだが。

「さて…、どうだろうか」
「ミンウさま、お待たせしました〜。なんだかおじさんたくさんで、やっとですよ〜」
「ありがとう、11。あぁ、フリオニール。もし11が誰かを連れてきたら、だったね」

テーブルにグラスを置き椅子に腰を降ろす11が、まだそんな話をしているのかと溜息を吐いている。
それからそんな心配はご無用だとも。
そんな彼女に苦笑を零し、注いできたグラスにひとつ口を付ける。

「その時には見極めさせていただくとするよ。11に苦労かけることなく、幸せにできる者かどうか」

でも11の扱いは難しいからそこに至るまでがまず困難なことだろうね、と笑みを向けるとフリオニールはなんとも言いがたい複雑な顔を向けてきた。
まぁ、そういうことなのだろう。
お互いが気がついてはいない、無意識に芽生え始めている想いとでもいえばいいのだろうかね。
11が自らの意思で自分の元を去って行くのなら止めはしないけれど、だからといってこの十数年培ってきたものをあっさりと投げやる気もない。
だからフリオニールがしっかりと彼女を受け入れてくれる準備ができるまでは、もう少し11との一時を楽しませてもらおうと思う。

-end-

2011/3/16 よいち様リク




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