忽ち
「バッツ、居たー?」
テントに向って声を掛ける。
返事はない。
不在だろうかと、背を向けようとしたら中から物音が聞こえた。
何か慌てているような、そんな物音。
こんな時間だし、もう眠っていたのかもしれない。
起こして悪いことしちゃったかなー、と思いながらも入口の幕が開かれるのを眺めていたら顔を出したのはスコールだった。
「あれ?」
「バッツのテントはあっちだろう」
そうスコールの示す方に顔を向ける。
同じテントなうえに、暗闇ということも手伝って歩いてくる方向を間違えたらしい。
起こしてしまったスコールに一言謝りつつ、バッツの元に行こうとしたら呼び止められた。
スコール曰く、不在だという。
数分程前にジタンとふたりで出掛けてくると声をかけていったようだ。
バッツとジタンのことだから闇夜に紛れてお宝探索でも楽しんでいるのだろう。
自分に内緒で行ってしまったのは少し寂しい気もするけれど、バッツがあんまり自分が夜に出歩くのを良しと思っていないから仕方ないか。
そんな注意をしてくるなんて言われた当初は驚きもしたけど、心配してくれてるんだなぁなんて嬉しかったものだ。
それはともかくとして、バッツがいないのなら仕方がない。
今日のところは大人しく就寝しようとスコールに顔を向ける。
「それで…こんな時間にどうしたんだ?」
バッツになにか用事でもあったのかと尋ねてきた。
用事というか、頼みごとというか。
そんなたいしたことではないんだけど。
「なんというか、小腹が空いちゃってさ」
オヤツ用にと瓶に保存していたものを食べようとしたら、蓋が開かない。
それでバッツに頼みに来たんだけど、と手に持っている瓶を見せる。
するとスコールがそれを無言で手に取り、ポンっ、といとも簡単に蓋をゆるめてくれた。
「うわっ、ありがとう。てか、あっという間だね」
さすが男の子だねー、とお礼を伝える。
「… ”子” は余計だ」
スコールがぽつりとそんなことを漏らした。
少し寄ってる眉間の皺に苦笑を零す。
年の割には大人びた言動だし、落ち着いているし。
別に本気で子供扱いしているわけじゃないんだけどな。
そんな様子が面白くて、ついつい子供相手のような接し方をしてみたりするだけであって。
でもスコールはそう扱われるのが気に入らないみたいだし、今度からは少し気をつけようと思う。
「起こしちゃった上に、瓶まで開けてもらって、ホントありがと」
あらためてお礼を言う。
「いや、別に眠っていたわけじゃ…」
そう言うなりスコールから視線が反らされた。
反らされた視線に疑問を抱きながらもいつものことだしとさして気にもせず、眠っていたんじゃないのなら蓋を開けてくれたお礼にと、手に持つ瓶をスコールの目の前に掲げてみる。
瓶の中身は何種類かの果実を乾燥させたもの。
暇な時間に、簡易的に作っただけだけど我ながらなかなか美味しく出来たと思う。
一緒に食べようと誘ってみたら、瓶をちらっと見てから無言で頷いた。
とはいえ暗がりの中で食べるのもどうかと思うし、かといってわざわざ自分のテントまで足を運んでもらうのも申し訳ない。
スコールのテントにお邪魔していいか聞いてみる。
テント内ならランプもあるし、座れるし落ち着いて過ごせるし。
また無言で頷いて、テントの幕を開けてくれたと思ったら、途端に閉められた。
あまりの反応の早さにびっくりしてスコールを見上げると、待ってろとひとりでテントの中に入っていってしまった。
スコールらしくない慌てっぷりが少し面白い。
テント内の片付けでもしているのだろうか。
多少、片付いてなくても気にしないのに。自分も結構ものを置きっぱなしにしてたりするし、乱雑さならバッツとジタンのテントには敵わないだろう。
スコールのことだから、結構キレイにしてそうなイメージあるし。
待つこと数分、そんなことを思っている間にテントの幕が開かれた。
スコールに促されて中へと入る。
ランプを灯し、急いでテント内を片付ける。
荷物が散らばっているわけでもないが、夜も遅いこの時間帯。
11に不審がられるようなモノを即座にしまい終え、一息つく。
あのふたりも出掛けていないことだしと、悠長にし過ぎていたかもしれない。
まさかこんな時間に11が現れるとは思ってもみなかったのだから仕方がないとはいえ、とりあえずこれで11をテント内に入れることはできる。
幕をはぐり、11を迎え入れる。
「…スコール、キレイ好き?」
入るなり、テント内を見渡してそう聞いてきた。
おそらく比較対照はバッツとジタンのテントだろう。
あのふたりは余計なものまで拾ってくるからあんなに狭っくるしくなっているのであって、必要なものしかない状態ならこんなものではないのだろうか。
普通だと応えて、畳んである寝具に座るよう促す。
敷物があるとはいえ、硬い地べたに座るのは女子にとっては心地よいものではないだろう。
自分も11の前に腰を降ろす。
すると、さっそく瓶を手渡してきた。
それを受け取り蓋を外すと、ほのかに甘い香りがした。
たまに鼻を掠める彼女の香りは、これの移り香だったのだろうか。
そういえば姿が見当たらない時も多々あるが、そんな時にでも作っていたのだろうかとそんなことを思いながら、瓶からひとつ手に取る。
「それだけでいいの?」
もっと取るよう言ってくる。
気持ちは嬉しいが、自分は腹が空いているわけではない。
礼だという11の言葉を断ることもできないし、なにより彼女とふたりで過ごせる機会なんて滅多にないことだからこうしてテントに招き入れただけだ。
瓶を11に返して、貰ったひとつを口に入れる。
「おいしい?」
そう尋ねてくる11に頷いてみせる。
実際旨い。
香りから想像したよりも甘くなく、自分には丁度いいと思う。
「良かった。じゃあさ。ほら、手出して」
言われるままに手を出す。
そこに瓶から幾つか種類の違うものを取り出して乗っけてきた。
これは…全種食べろということか。
さすがに今は全てを食べきることは無理だ。
しかし、旨いと言われて嬉しそうな顔をしている11の好意を無碍にするのも気が引ける。
「今じゃなくていいよ。結構日持ちするし、食べたい時に食べて」
こちらの考えていることを察したのか、そう苦笑を向けてきた。
11から言ってくれて助かった。
断って残念そうな顔を向けられるのは避けたいことだったのだから。
ひとまず、これを包んでおけそうなものを探しに立ち上がる。
11は漸く食べられることが適って、嬉しそうだ。
そんな彼女の姿をふたりだけの空間で窺えるというのは自分にとって至福のひと時かもしれない。
全部食べてみて、気に入ったのがあったら教えてくれと言ってきた。
「オヤツに持ってくるからさ」
最近、作るのに嵌まってるんだと笑顔を覗かせてきた。
嬉しい申し出だと思う。
彼女の手作りのものが食べれるのなら、ありがたく受け入れたい。
わかったと、貰ったものを仕舞い終えて11へ向き直った視界の隅に映ったものに動きを止める。
11の座る寝具。
その隅に、少しだけ姿を現している紙。
自分としたことが、なんという失態。
どうしたの、と首を傾げている11に気づかれてはならない。
焦る気持ちを悟られないよう、自然に、極自然に再び11の前に腰を降ろす。
どうしたものか。
11は楽しそうに食べている。
先日見つけた宝の話や、バッツの失敗などそれはもう楽しそうに話しながら。
せっかく11とふたりだけで過ごしている貴重な時間だというのに、話をまともに聞いていることができない。
頭の中はあれを11に見つからずにどうやり過ごすかでたくさんだ。
そもそもあれは自分が持ってきたのではない。
ジタンが持ってきたものだ。
それをたまたま今日見ていただけで、普段から見ているわけではない。
お宝探しの好きな11だ。
目の端にあれを見つけようものなら即座に取り上げることだろう。
そしてそれを目にされてしまったら、自分はどんな目で見られてしまうのか。
考えるだけでもおぞましい。
回避しなければならない。そんな事態は。
しかし、未だ食べ続けている11にそこを退けろというのは忍びない。
だが退けてもらわなければあれをどうすることもできない。
手を伸ばして寝具に押し込むか?
それはさすがに不自然だろう。
瓶の中身に目を向ければ、持ってきた時の半分位まで減っている。
いつまで食べ続けるのか。
就寝前だというのにそんなに食べてしまってもいいものなのかと、余計なことにまで頭が廻ってきた。
「もっといる?」
「あ…いや…」
瓶を凝視していたばかりに、11が声を掛けてきた。
いや、待て。
これは11に近づけるチャンスだ。
貰うと言って近くに寄れさえすれば、あれを寝具に押し込むことなど造作もないこと。
身を乗り出して、受け取る手とは逆の手であれを押し込めばそれでいい。
「そうだな。もうひとつ貰おう」
意を決して、さり気なくかつ慎重に身を乗り出す。
「スコールー!」
「えっ…うわっ?!」
名前を呼ぶなりスコールの背中に飛びついてみる。
いきなり侵入したものだから、スコールには避ける間もなかったみたいだ。
突然のことに受身も取れずにそのまま傾れ込む。
あーあ、11が下敷きになっちゃってるじゃないか。
スコールの背中から退けようとした時、目の端に本が映った。
これは、確かジタンがスコールにって持ってきたヤツだ。
あんなにいらないって言い張ってたのに、ちゃっかり見てるなんてやっぱスコールも男というか。
このまま放っておいてもいいのだろうけど、11に見られでもしたら少しスコールが可哀相だから一応回収しておこう。
懐にこっそりと忍ばせて。
そんなことをしているうちに、下から11の苦しそうな声が聞こえてきた。
重い苦しい!と苦情をぶつけてくる。
「あれ、11。なにしてんの?」
今、11の存在に気がついたかのようにとぼけてみる。
ジタンは最初っからテントの中。
とっくに眠っている。
自分が出掛けていたのは本当だけど。
用事が済んで戻ってきたら、11がスコールのテントに入っていくのを目撃してしまったのだからこれは何事だと、ひっそりふたりの遣り取りを窺っていたんだ。
それでもういいよなって頃合に、勢いよく登場してみた。
「だめだなぁ、スコール。こういう時は女の子、庇うようにして倒れなきゃー」
スコールにダメだしをする。
倒れるにしたって、11がいるんだし、そのあたりもっと巧く倒れてくれなきゃ。
まぁ、11の驚いた顔が可愛かったからいいけど。
「あんないきなり飛びついてきたらスコールだって避けられないよ、バッツ」
11が窘めるように声をかけてきた。
そうは言うけど普通の登場だったら面白くないじゃないか。
慌てるスコール。驚く11。
傾れ方がイマイチだったけど、概ね自分の思った表情が見れて満足しているのは秘密だ。
そんなことを言ったら余計怒られるから。
「…で、何しに来たんだ?」
スコールが不機嫌そうな顔を隠すことなく聞いてきた。
相変わらず、判りやすいヤツ。
用事なんてあるわけないじゃないか。
「あ。…なんだっけか」
と頭を一捻りした振りの後、満面の笑顔で忘れたと告げる。
「もー。ホントごめんね。こんな時間にお騒がせしちゃって」
なぜか自分の代わりに申し訳なさそうに11がスコールに誤っている。
11に甘いスコールは、それを受けて大丈夫だなんてカッコつけてるし。
「んじゃあ、そろそろ戻るよ。おやすみ、スコール」
そう11が自分の手を引く。
スコールの視線が繋がれた自分たちの手を掠めた。
恋人同士なのだから自分たちにとっては当たり前のことなんだけど、11に好意を寄せているスコールにとっては羨ましい光景なのかもしれない。
でも、これを邪魔してこないあたりまだまだだなぁ、なんて思う。
テントを後にして、思い出した。
11を彼女のテントまで送って、スコールの元に戻る。
「スコール。ほら」
テントに踏み込み、懐に隠していたモノを投げ渡す。
それを受け取ったスコールが、驚きの表情を覗かせた。
「隠すならもっと巧く隠せよ」
同じ男だし、そーいうの見る気持ちはわかるけどさー、と付け足す。
「バッツ、これは…」
「大丈夫、11には見せてないから」
こういうのはフェアじゃないとな!と満面の笑みを向ける。
男なら仕方のないことだし、同じ土俵にすら立っていないのにそういう本如きでフェアも何もないけど。
でもスコール、そういうの気にしそうだし。
自分とは対照的に、なんだか複雑な心境とでも言いたげなスコールの顔がそれを物語っている。
とりあえずの余裕さといえばいいのか。
あんな言葉、今のトコ11を取られることはないという自信があるから言えるんだけどな。
でもこの様子じゃ、スコールが11にスコール自身の想いを告げることが出来るようになるまでは、まだまだ先になりそうだ。
-end-
2010/2/26 了さまリク
[*prev] [next#]
[表紙へ]