冷たいシャツの上に手を乗せると、私の体温でじんわりと温かくなった。カーテンを開けて、窓からのぞく太陽が新しい朝が来たことを告げる。




「名前は早起きできひんからなぁ。やっぱり俺がおらんと心配やわ。」

そう言って謙也はコーヒーを淹れ、パンを焼いてくれるのが日課。ねむけ眼をこすりながら椅子に腰かけると、太陽みたいな、でもそれよりも穏やかな笑顔を見せてくれる。
寝ぼけながらもそもそとパンをゆっくり食べる私とは対照的に、謙也は喉に詰まっちゃうんじゃない?って心配になるくらい食べるのが速い。テキパキと身支度をして先に家を出るのは謙也。見送って、手を振って、「いってきます。」「いってらっしゃい。」のやり取りを。少し遅れて私も家を出た。
朝のいつもの光景。


日が沈み、夕飯の買い出しに行くときがいつもの悩み時だ。毎日凝ったようなものはつくれない。でも、「美味しい」と思ってもらえる物を作ってあげたい。毎度のことながらどうしようかと迷うが、実は結構楽しい時間だったりもする。ごはんを作っているときもそうだ。

「ただいま。おっ、うまそうな匂いやん?」

できあがる少し前に帰ってきた謙也はうれしそうだった。一緒に料理ができるかららしい。変わってるなぁ、と思うけどそこは素直に私も嬉しくて笑みがこぼれた。
夕方の変わらないひと時。


日を跨ぐ前の数時間は、あたりがシンとして、今日が「終わる」事に少し寂しさを覚える。
新しい明日が「始まる」ために「終わり」がある。決して後ろ向きな事ではないのに。

「名前、おいで。」

そう呼ばれ、首に腕を回すと、応えるように謙也は背中に手を回す。夜の、真っ暗闇に覆われてしまう不安を誤魔化すように、謙也の行為に身を任せた。
謙也の、優しい行為が好きだ。傍から見れば別にただの性交渉かもしれない。けれども、私の中で彼とのセックスは獣のような猛々しいものではなく、海の中を漂っている心地の良い穏やかなもののように思えた。

「もうちょい力抜き、ッ」
「ん…謙、也」

手を重ね、唇を重ね、体を重ね、謙也と限りなく一つに近い状態になる。彼の衝動が、私の中を揺さぶる。彼の呼吸が、鼓動が速くなるにつれて、私の呼吸や鼓動もシンクロして早まるのが分かった。
「謙也」と言う存在を、体中で確かめるように私の体は反応して。乱れる息も、中で動く彼自身も、全てが愛おしい。私たちは完全なる個であって、一つになることは物理的にはあり得ない。しかし、手を、唇を、体を、そのまま私の気持ちも彼と重なって一緒になってしまえば良いと願った。このままずっと一緒に。一つに。

行為が終わるころにはすでに新しい日が「始まって」いた。「終わり」の不安はこうやって彼のことだけを考える事によって紛らわせられる。むしろ、幸福のひと時であった。謙也の腕の中で、夢へと意識がとばされそうになる寸前の心地良さ。微睡の中で彼が少し寂しそうな瞳を見せ、「おやすみ。またな。」と呟いたのが微かに聞こえた。


またな、その後の時間はいつになったら進むのだろう―――





主のいないシャツは、私が手を離して放っておくとまた冷えてしまうのだろう。いつものようにコーヒーの苦みで頭を覚醒させる。「行ってきます。」と一人呟いて家を出た。
何も変わりはしない、いつも通りの朝。
日を跨ぐ瞬間の不安は今でもぬぐえない。誤魔化すことも紛らわす事もせず、ただ目を閉じ「始まり」を待つ。瞬間、彼に優しく抱きしめられ、一つになった時を、彼の手の感触を、声を思い出す。だから不安や恐怖で押しつぶされる事もないのだろう。優しく抱いてくれた彼のぬくもりは私の体が覚えていた。


時は進む。世界は動く。新しい日は巡る。何も変わりはしないけれども、それでも僅かな願いを持って、始まりを何度でも迎えに行こう。

(君に「おかえり」と言う為に。)



Toあやさま
リクエストありがとうございます、遅くなってしまい申し訳ありません。
今回切ない裏のお話と言う事で書かせて頂きました。色々な解釈でとらえられるように曖昧なお話にしてあります。
ただ裏な表現が少なかったかもしれないです…スミマセン…!精進します!
謙也くんの優しさとか、日常の幸せとか不安を詰めたらこうなりました。幸せと不安って隣り合わせにあって、それって近くにいる人の影響で変わることもあると思うのです。物理的に近くにいる人だったり、心にいる人だったり。
謙也くんは、私のなかでいつもキラキラして希望を連想させる人で前向きな気持ちを推してるイメージです!天使。
ご意見などありましたらどうぞ、できる限り直しますので…!ありがとうございました。







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