theorem

はぁ、と白い息を吐いた。季節が進んだ事を感じさせる。あんなに気温が高かった夏がどんなに暑かったか思い出せない。

「名前。」

顔を上げれば真波がいた。

「おまたせ。」
「待ったよ、この遅刻常習犯。」
「ごめんごめん。」

今まで幾度かこのやり取りもした。真波が時間通りに来たことなんてない。遅刻すると分かっていても、私は決めた時間通りに来てしまうのだが。

「お詫びに、はい。」
「ココアだ!」
「寒いだろうと思って。」
「じゃぁ遅刻しないでください〜。」
「ごめんって。」

でも遅刻しなくなったら彼じゃなくなってしまう気がする、なんて矛盾した事を熱を持った缶をにぎりしめながら思った。


真波はいつもふわふわとしていて、どこかに行ってしまいそうだ。掴めない所が良さでもあるけど、その感覚は時として私を不安にさせる。
付き合っているし、優しさだって伝わる。けれど、私の知らない所へ知らないうちに行ってしまうんじゃないかと思うのだ。

「…名前?」
「あ、ごめん!行こうか。ちゃんとプリント持ってきた?」
「もちろん。」

そう言って手を握られ歩きはじめる。少し冷たい手。
手を繋いでいる時は先程の不安が和らぐ。真波の存在を確かに感じられるからだ。もっと存在を感じたくて指を絡めると、ふふっと笑って握り返してくれた。

「名前は手を繋ぐのが好きだね。」
「そうだよ。だって繋いでる間、真波はここにいるもん。」
「繋いでなくっても今俺は名前の隣にいるよ。」
「分かってるけど…でもいなくなっちゃいそうで。」
「まるで迷子になる子供みたいな扱いだなぁ。」

真波は困ったように笑った。

「でも迷子になっても、名前は必ず待っていてくれるから、俺も必ず名前の所まで行くんだ。」
「すごい自信だね、私が待ってるとは限らないでしょ。」
「絶対待ってるよ。」
「真波もどこかへ行ったままかもしれないし。」
「必ず戻る。」
「本当かなぁ。」
「本当だよ。」

絡めた指先に力がこもる。

「名前は待っていてくれて、俺は必ず名前の所へ行く。これからも変わらないよ。」

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