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(中学生野球部の荒北夢です。変換なし。捏造ばかりの二話目。続きます)



 ああ、ホント、何でこんなことになっちまったんだろーな。

 ピッチャーが好きだった。グラウンドの真ん中。ただ一人マウンドに立ち、ガン飛ばしてビビった相手に向かって速球を思いっきり投げる。すぐにこだまするスパァンという乾いた音。これが最っ高に気持ちよかった。見当違いのところに思いっきし空振ってるヤツや全く動けねぇでいるヤツなんかを見ると、あ、コイツにはオレの球見えてねぇんだって思う。そうなると俄然負ける気なんかしねぇ。よっしゃ、次もやってやるぞってなるんだ。それが、それまでのオレの生き甲斐のようなものだった。

 人一倍練習をしていたという自負がある。中一で新人賞取ってからというもの、もっともっと速い球投げんだっつって朝から深夜に及ぶまでボールを放った。授業中にだって配球の組み立てをしたりしていたから、それはもう文字通り一日中野球のことだけを考えてがむしゃらに走ってきたんだ。それを監督は見越していて、だからオレに六十までなんつー制限を設けたのだろう。ああ、あれに大人しく従っていればよかったなんて今更考えたところでしょうがないのはわかる。明らかなオーバーワークだった。中学生なんて成長期真っただ中の時にそんなことしちまったらどうなるかなんてわかっていたはずなのに、本当の意味で理解をしていなかったのかもしれない。あるいは“オレは大丈夫だ”、“そんな間抜けなことにはならねぇ”などと変な勘違いをしていたのだろう。どちらにせよ馬鹿な話だ。本当に。

「荒北くん、野球辞めちゃうの…?」

 何故か急に、ふとそんな声が思い起こされた。同級生でただ一人のマネージャーの言葉だ。夕焼けの赤が夜の暗闇に半分ほど浸食されていた情景と一緒に、今にも泣きそうなのを必死に耐える幼い顔立ちもそれに引っ張り出されるように思い出された。いつも明るく笑って選手のメンタルや体調に気を配っていた優等生のソイツ。そんな女がくしゃりと顔を歪め震える声で静かに尋ねてきた時、オレは何と答えただろう。いや何も返さなかったかもしれない。

 その時は選手生命が断たれたことを知った直後で満身創痍というか、とりあえず誰とも話す気が起きなかった。病院で医者に言われたことが信じられなくて、でも肘はズキズキと痛んで、何で痛いんだよお前はってずっと自分の身体に怒鳴り散らしていたような気がする。そんなはずはない、まだいけるだろうがと既にボロボロの手足に鞭打ってボールを握った。部活が終わった頃を見計らって閉められていたフェンスを乗り越え、慣れたマウンドに立つ。家から持ってきた薄汚れたボールの縫い目を押しつぶすように握り込み、受け止めるヤツのいないバッターサークルに向かって思いっきり振りかぶった。直後ずきんと軋み、悲鳴を上げたのはその憎らしい肘で。唇を噛み締めて耐えた。腕を振り切った。さっきより明らかに痛みが酷くなっているけれど構うもんか。痛いなら耐えればいい。オレはここで、最高の球が投げられればそれでいい。
 ほら。見ろ、見ろよ。やっぱり投げられるじゃないか。あの医者は嘘つきだ。オレはまだ大丈夫だと、そう思ったのも一瞬だ。百四十キロ近くの速球が放れたはずのこの腕からは、だけどおそらく百キロも出せなかった。追い打ちをかけるように、ボールはあさっての方向へ。ガシャンと派手な音を立ててフェンスに当たり地面に落ちるのを現実として直視できない。その一球にどれだけ絶望したことか。ああ、本当にダメなんだ、この肘は。終わったんだ、全部。選手生命と共に、オレの夢もここで潰えた。たったそれだけのことを理解するのにすら、苦しみ喘ぐこと数時間。オレはマウンドから動けなかった。

 我に返った時にはソイツがいて。いつから居たんだと尋ねると「少し前から」と返ってきた。どうやら球を放っているところは見られていないらしい。情けないところを部員に見られなくて良かったと安堵をしたのは良く覚えている。他人のことをべらべらと喋る口の軽い女だという印象は無かったが、それでも他人にこんな姿を晒すなんてピッチャーのプライドが許さない。例えそれが「元ピッチャー」に変わってしまうとしても、だ。オレに気を遣っているのかポツリポツリとどうでもいいことを話し出すソイツに相槌も打たず自分のことばかり考えていた時、例の質問は投げかけられた。
 返事をしたかどうかは覚えていない。けれど、オレは既に決めていた。辞めるんだと。野球なんてもう一生やらねぇ。肘が動かないんじゃどうしようもないし、どんな形でもいいから野球をしたいなんて思えるほど大人でもなかった。オレにはピッチャーだけだったんだ。マウンドの上が好きで、だから野球をやっていた。投げることができないなら、マウンドを降りるしかない。降りるしか、ないんだ、
 盛られた土の上から退くと、途端に虚無感に襲われた。ああ、ここに立つ日はもう来ねーんだな。瞼の裏が溶けだすみたいに何かが溢れて、それを見られないように踵を返した。肘はまだ、じくじくと痛んでいる。



ここまでお読みいただきありがとうございました!
続きは5月中旬に更新予定です。

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