幸村くんと付き合って約3ヶ月と少し。
わたしの彼氏、幸村精市くんは優しい。
「お、おっおはよう!幸村く、ぶ!」
「ほら、そこ邪魔だから早く退けなよ」
「あ、ごめん…わっ!すみません余所見してました!」
「……」
学校だと何かと騒がれるので、わたし達は駅で待ち合わせして二駅分くらいの距離を歩いて帰る。
部活で疲れているはずなのに文句を言わな、……いや、結構文句は言われるけど、それでも一緒に帰りたいというわたしに付き合ってくれる幸村くんはやっぱり優しい。と思う。
友達に話すと、何故かん?て顔をされたりするけど。
「ふふ!」
「1人でニヤつかないでくれる?気持ち悪いよ」
「だって幸村くんと一緒にいれて嬉しいんだもん」
「……そう」
うん、別に俺もだよ、とか返してくれなくてもいいんだ!そんなところも大好き!
風が冷たくなってきたこの季節も、幸村くんと一緒ならなんのその。
幸せいっぱいのわたしには木枯らしなんてへっちゃらなのある。
と、今日教室で柳くんに言ったら白い目で見られたけど気にしない。赤ペンに持ちかえて何やらノートに書き込みしていたけど、まったくもって気にしないのである。
「あ、そうだ。次の休み、やっぱり練習入ったから映画はまた今度でいいかな」
「……そっか。うん、わかった!練習じゃしょうがないよね!気にしないで!」
「うん、ごめんね」
「ううん!練習がんばってね!」
残念、と思いつつもこうなるのはわかってた。
また手帳にピンクのペンで書いた文字の上にバッテン印をつけなくちゃな〜。
なんだかんだ、実はまだわたしは一度も幸村くんとデートに行けていなかったりする。
そんなわたしの手帳には、中止になった予定がいっぱいで、上に重ねた黒いバッテン印が目立つ。
「は?お前それって付き合ってるって言わなくね?3ヶ月付き合ってデート1回もしてないとかありえねぇから」
「しょ、しょうがないじゃん!幸村くんは忙しいんだよ!」
「忙しいつっても……。実際俺こないだも彼女とデートしたし!」
「幸村くんは部長さんだから、赤也とは違うの!自主練とか、いろいろ、あるんだもん!」
「は〜。それでお前は不満とかないわけ?」
「ない!そりゃ、もっと会えたら嬉しいけど……困らせたくないし。それに幸村くんはちゃんと優しいもん」
「お前わかってねぇなぁ。男ってのは、なんだかんだ彼女にわがまま言われたら嬉しいんだって!頑張って彼女を優先してやりてえなーって思うもんなの。つかお前の話聞いてっと、部長の優しさ要素ゼロじゃね?」
「そんなことない!幸村くんは赤也とは違うの!ちゃんと優しいもん!赤也のバーカ!」
幸村くんの優しさはわたしだけがわかってればいいのだ。
例えデートができなくたって、お昼もほとんど別々だって、メールも電話もあんまり出来なくたって……いいんだもん!愛が、そう……愛があれば!
「なまえ?聞いてる?」
「……えっ?なに?」
「だから、次の土曜どっか出かけようかって」
「へ、あ、うん!いく!いきたい!」
ほら、幸村くんは優しいんだ。
また、きっと練習で駄目になっちゃうんだろうけどね、と頭の中でつぶやく。
それでも、誘ってくれるだけで嬉しいから。
「どっか行きたいところある?」
「うーん。あ、水族館とかいってみたい!横浜に新しくできたやつ!」
「ああ、ビルの中入ってるやつ?新しくって言っても去年じゃなかった?できたの」
「あ、そうだっけ?でもずっと気になってて。幸村くん行ったことあるの?」
「あー、うん。出来たばっかの頃にね」
「そう、なんだ!」
誰と?なんて、聞かない。
というより、聞かなくてもピンときた。
わたしと付き合う前に幸村くんが付き合ってた彼女さんとだ。
……前の彼女さんとはデートも普通にしてた、
んだろうか。
「……やっぱ、水族館じゃなくて動物園にしようかな」
「え、寒くない?この時期に動物園?」
怪訝そうな顔をした幸村くんには、きっとわたしの複雑な気持ちはわからない。
でも、別にわかって欲しいわけでもない。
まあ、どうせ今回も水族館だろうが動物園だろうが行けないんだろうし。
そう思いつつも、帰ったらすぐにわたしはピンクのペンを持って次の土曜を楽しみにしてしまうわけだけど。
「……なまえ、俺と付き合ってて楽しい?」
「へ?な、なんで?楽しいよ?!」
「ふーん、そう」
何でそんなことを聞くんだろう。
不思議に思ってチラ、と幸村くんの顔を盗見すると少しだけその横顔は不機嫌そうだった。え、なんで?
「……やっぱり次の土曜、練習入れようかな。ねえ、なまえはどうしたらいいと思う?」
「え?」
いつの間にか足を止めて、こちらを真っ直ぐに見つめてくる幸村くんの顔は、やっぱり少しだけ不機嫌そうで、わたしは訳がわからなくなる。
「なまえが決めていいよ?俺が練習するか、しないか」
「え?いや、あの……わたしは幸村くんが練習したいっていうなら別に……」
「ほんとに?本当にそう思うの?」
「え、ど、どういう意味?」
「別に。……それくらい自分で考えたら?」
だんだんと不機嫌さを増していく幸村くんは、戸惑うわたしをよそにスタスタと歩き始めてしまった。
な、なんか間違えちゃった?
というか、なんで幸村くんは突然あんなこと言いだしたんだろう。
"お前わかってねぇなぁ。男ってのは、彼女にわがまま言われたら嬉しいんだって"
昼間の赤也の言葉が蘇る。
え、まさか……幸村くん、わたしにわがまま言って欲しい……とか?いや、いやいや。
ハハ、そんなまさか。
…………え、そのまさか?
「待って!幸村くん!」
「なに?もうさっきのは別に気にしなくていいから。寒いからさっさと帰るよ」
「わたし、次の土曜幸村くんに会いたい!」
わたしにしては大きな声でそう言えば、幸村くんは目を見開いて驚いていた。
口がえっ、という形のまま止まっている。
「……わたしがどうしても、幸村くんと動物園行きたいから、だから。次の土曜は……わたしのわがまま聞いてくれる?」
後半の方は、自信が無くなって俯いてしまった。
幸村くんの顔が見れない。
やばい。つい赤也の言葉を真に受けてこんなこと言っちゃったけど、どうしよう。
まったく反応のない幸村くんに、数秒前の自分の言葉を猛烈に後悔した。
うざいとか思われたら、どうしよう。
「あ、あの、幸村くん……やっぱりさっきの、あの……!」
無し、と言おうとしたら、なぜか自分の足元を見つめていた視線の先に違う足が見えた。
え?と顔をあげると、思いの外目の前に幸村くんの顔があって驚いた。
「かっこ悪。……これじゃ、俺が無理やり言わせたようなもんだよね」
「え、えっ?」
「でも、なまえが悪いんだからね」
混乱する頭にさらに追い打ちをかけるように、目の前が深い青で覆われた。
ぎゅ、と温かい何かに包まれて一瞬息をするのも忘れてしまう。
抱きしめられていると気づいた時には頭の中は真っ白で、あわあわと幸村くんの腕の中で中途半端に持て余した腕を彷徨わせていた。
「ゆ、ゆゆゆゆ幸村くん?!!」
「……うるさい。じっとして」
言葉ではそう冷たく言う幸村くんだったけれど、わたしは……気づいてしまった。
肩越しに見える幸村くんの耳が真っ赤であることに。どうにもにやにやが止まらなくなって、ぎゅ、と控えめに幸村くんの背中に手を伸ばしてみる。
「……明日赤也に肉まんおごってあげよう」
「なんかいった?」
「んん!こっちの話!」
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リク小説大変遅くなりまして申し訳ない…!
しかも幸村くん鬼畜じゃなくね……?
あ、あれ?
というわけで先に土下座をしておく作戦!orzこざかしい
萌可さん、リクエストありがとうございました!