「風魔さん……あの、これは……?」
翌朝、朝食(ここでは朝餉というらしい)の後に通された部屋に用意されていたのは煌びやかな着物の数々。呆気にとられながらここまで連れて来てくれた風魔さんに問えば、そっと背中を押され、大きな部屋の中へと促された。
ど、どういうこと?
「え、あの」
部屋間違ってたりしません……?
相変わらず何も語ろうとしない風魔さんに戸惑っていると、部屋の奥に控えていた年配の女性がこちらに気づいて代わりに説明してくれた。
「氏政様からなまえ様に着物を仕立てるようにと仕りましたので」
「えぇ?!いえ!そんな、わたしなんかにこんな素敵なお着物……い、頂けません!」
ここにある着物が高価な品ばかりであることは、素人のわたしにさえ一目でわかった。現代で買ったら、きっと何十万、……いや何百万はくだらないだろう。
一文無しのわたしがこんな高いもの、もらえるはずがない。
「そう遠慮なさらないで下さいませ。なまえ様、年寄りの楽しみを奪われてはいけません。」
「いや、でも!」
「なまえ様は氏政様の遠縁にあたるご息女であるとお聞きしました。氏政様もなまえ様を孫のようにお思いなのでしょう。どうか、晴れ姿を一目見せてあげては下さいませんか。」
「えっ」
わたしが、氏政様の遠縁……?
思いがけない言葉に、何のことかと呆気にとられた。
そんな馬鹿な、そんなことあるはずがない。
それは私が1番わかっている。
氏政様とは昨日からお会いしていないし、思い当たることといえば、
はっとして後ろを振り返ると、先程までいたはずの彼はいつの間にか姿を消していなくなっていた。
結局、まったく引かない女中さんに根負けして、着物を仕立ててもらうことになった私は、着物や帯、はては髪飾りまで氏政様からプレゼントして頂くことになった。
そ、総額いくらになるんだろうなんて恐ろしいことはこの際考えないことにする。
更には仕立てて頂く着物が完成するまでの間、わたしが着ていた服では何かと困る(南蛮の着物は高価だとかどうとか言っていた)だろうということで代わりの着物まで頂くことになってしまった。どう見ても庶民が着るような代物ではないそれに、代用品とは言え、シワになっては大変だからと足を崩すのも憚られた。
「まあ!なまえ様、とってもよくお似合いですわ!」
「本当、なんて愛らしい!そうだわ、せっかくだから紅もつけてはいかがでしょう?」
数時間後、わたしはまるで着せ替え人形のようになっていた。
次から次へとあてがわれる布や飾りに、どうしていいかわからない私はひたすら立ち尽くし、されるがままに身を任す。
比較的年配の方が目立つ北条の女中さん達は皆とても親切にして下さって、着物の着方なんてまったくもって分からないわたしに何から何までお世話をしてくれた。
余所者のわたしにこれだけ優しくしてくれるのは、北条の人々の元来の温かさもあるが、風魔さんが氏政様にしてくれた説明のおかげなのだろう。
どこかくすぐったいような気持ちと、本当は遠縁などではないという罪悪感で胸の中は複雑だった。
「本当に何から何まで、ありがとうございます。何て御礼を言ったらいいのか……。」
「なまえ様、どうか笑って下さいませ。そのようなお顔をされては、せっかくのお綺麗な姿が勿体無うございます」
「え、いやそんな……」
「そうでございますなまえ様。ここには年寄りばかりなもので、私共もなまえ様のような可愛らしい方のお世話ができて本当に嬉しゅう思うておりますゆえ」
むず痒くなるようなこの感覚をなんて表せばいいんだろう。
もっとちゃんと感謝の気持ちを伝えたいのに、わたしは壊れたように何度もありがとうという言葉を繰り返した。
わたしのことを娘や孫のように扱ってくれる氏政様や女中さん達の優しさに、両親を亡くしたあの日から凝り固まっていた何かが、じわりじわりと溶けていく気がした。
「ありがとう、ございます……!」
言葉を絞り出すだけで胸がいっぱいになってしまって、すぐさま下げた頭は、暫くの間あげることはできなかった。
震える肩と畳に次々と落ちていく透明な粒に、泣いていることはバレバレなのに、人の前で泣くことが恥ずかしくて、必死に声を押し殺した。
背中に添えられた優しくて温かい掌に、なまえは記憶の中の母の笑顔を思い出していた。
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2012.03.07.
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