小さい頃から何度もみる夢がある。
暗闇の中、そこに存在しているのはわたしだけ。
夢の中のわたしは、いつも泣いていた。
悲しい。悲しい。苦しい。
心の中を支配するのはそんな感情ばかり。
何がそんなに悲しいのかもわからないのに。
夢の中のわたしはまだ幼くて、心も身体も闇に飲まれてしまいそうなほどに小さかった。
一生分の涙を使ってしまったんじゃないかってくらいに、次々と溢れ出す涙。
終わり方はいつも同じ。
……なまえ…!
ーーー誰かがわたしを呼んでる。
そのことにハッとして、声がした方へ意識を向ける。
誰?
と問いかけようとしたところでいつも目は覚めてしまった。
この歳になっても時々みるその夢は、不思議と起きてからも忘れる事はなかった。
自分を呼ぶ声も、はっきりと思い出すことができる。
けれどわたしの知る限り、その声に聞き覚えはない。
なんで、あんなに悲しそうなんだろう。
幼い頃からそれが不思議で気になって仕方がなかった。
夢だから、意味なんてないのかもしれないけど。
でも、その声があまりにも辛そうにわたしを呼ぶから。何か想いが込められていて、それを思い出さなきゃいけない気がした。
「……久しぶりに見たなぁ。」
そっと瞳を開ければ、まだ夢の中なのかと勘違いするほどに辺りは暗闇に包まれていた。
自分の身体や天井が辛うじて確認できるものの、慣れない暗闇の中、ここがどこなのか、ぼんやりとした頭で思い出すまでに数秒を要した。
外からのにぶい光は人工的なものではなく、おそらく月の光なのだろう。
「……風魔さん。近くに、いますか?」
微かにシュッと風を切るような音が左耳に届く。
もう一度瞬きをすれば、先ほどはなかった黒い影が部屋の隅に現れていた。
上半身だけ起き上がった姿勢で、じっとその方向を見つめる。ただでさえ暗いから、人のような形をした影にしか見えない。
「……すごい。呼んどいてあれですけど、風魔さんてほんと忍者なんですね」
「……」
素直に感心していると、言葉はないものの、空気でなんとなく呆れられたような気配がした。
「あの、少しだけわたしの話、聞いてもらってもいいですか」
さっきから一方的に話して置いて、今更な気もしたが、おそるおそる風魔さんに尋ねてみる。
少しの間反応を伺っていたが、彼は同じ体制のまま動こうとはしないので、都合よく解釈することにした。沈黙は肯定とみなす。
普段なら息苦しく思う沈黙も、風魔さんには気まずいと感じることはなかった。
会ったばかりなのに。
なぜだろう、助けてもらったことで心を許してしまったんだろうか。
ここに来る前の事、来た経緯を話す間、風魔さんはじっとしたままで、その場から少しも動く事はなかった。もしかして眠ってる?って不安になるくらいに。
それでも、時折わたしが言葉に詰まりそうになると、微かに頷く仕草をしてくれた。
……目の錯覚かもしれないけど。
「……幼い頃から不思議な夢をみるんです」
夢の話を誰かに話した事はなかったのに、なぜかその時、わたしは風魔さんに夢のことを話したくなった。
冷静に考えたら、わけのわからない話をされて、極めつけが変な夢の話。頭がおかしいって思われても仕方がないようなことばかりを言ってる。
「その声が、最後にわたしの名前を呼ぶんです。とっても、辛そうな声で。」
「……」
「ただの夢なんですけどね。なぜか、気になるんです。自分でも何でかわからないんですけどね。」
聞いてくれてありがとうございました。
静かに頭を下げると、顔をあげた時には風魔さんはいなくなっていた。
どう思ったかな。
わたしのこと、氏政様に報告しに行くのかな。
それを想定して話したのだけれど、やっぱり不安はぬぐえない。
普通に考えたら、信じてもらえるわけがない。
逆にわたしが現代で、目の前に風魔さんが突然現れて戦国時代から来た忍者ですっていわれたら、迷わず警察に連絡するだろうし。
それでも、自分の中に風魔さんだったら……というズルい考えが存在していたのも事実だ。
……もしかしたら、次起きたらどっかに捨てられてたりして。
眠たさから、意識がまた段々と薄れていく。
瞼が重たくて、身体からは自由がなくなっていった。
自分で思っているより、身体はうんと疲れているのかもしれない。
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2012.02.26.
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