「……もう大丈夫。ありがとう。家まで送ってくれて」

「それはかまへんけど。…ほんまに大丈夫か?顔色まだあんまりよくないやんか」

「気ィつかわんと、俺んちに上がっててもええんやで?」

「大丈夫だよ!ママもすぐ帰ってくるし」




あの後ファミレスに寄って夕飯を食べ、わたしの家まで送ってもらった。
千歳と見たあれは悪い夢だったのではないかと疑うほど、いつも通りの時間に気持ちはだいぶ落ち着いた。
それでもしばらくまともに口を聞けなかったわたしを心配して、3人ともわたしを家まで送るといってきかなかった。

謙也は家がすぐ近所だからまだわかるけど、方向がまったく違う白石と千歳までも。

…わたし、相当酷い顔をしていたんだろうな。




「そやけど、…」

「くどい!ね?子供じゃないんだから。」




心配しすぎ!

笑いながら、まだ心配そうな3人の背中を押して、玄関のドアに手をかける。
じゃあ、怖くなったらすぐ連絡するから、そしたらすぐ来てね?



冗談っぽくそう声をかければ、3人ともまだ不満そうにしながらも、しぶしぶ諦めたようだ。




「ほな、また明日」

「今日はゆっくり休むばい」

「電話くれたらすぐ行くから安心し」

「3人ともありがと。ばいばい」








笑顔で手を降りながらドアを閉める。
ガチャリと鍵を閉め、誰もいないリビングに電気をつけた。





…ほんというと、1人でいたくない。

でも、大会を控えたみんなにこれ以上心配をかけたくなかった。





「…ただいまー」




そう呟いてから、そういえばママ達仕事で遅くなるとかなんとか言ってたっけ、と思い出す。

しん、と静まり返ったリビングはいつもなら何とも思わないのに、今日はどことなく不気味に感じてしまう。
部屋の中に音がないのが嫌で、TVをつける。
今の時間帯は全然見ていないドラマか、夜のニュース番組ばかりがやっている。

……ママ達、遅いなぁ。




「はぁ」





しばらくTVを見つめながら、何度目かわからない溜息をついた。
片手には携帯電話が握られており、画面はメールの作成画面になっている。





"起きてる?"





短い文章を途中まで打って、手を止める。





宛先は謙也。
メールをしたら、下手したら家まで来るかもしれない。
昔から心配症なところはずっと治らないんだから。

送信するべきか迷っていると、突如ピンポーン、とインターフォンの音がなりビクッとする。

携帯電話の画面を見れば、もうすぐ12時になろうかという時間だ。





……こんな時間に…。





"誰かきた"





不安になり、ついに謙也に一言だけメールを送信して、とりあえず、相手を確認するためインターフォンの画面を覗きにソファを立つ。

ママかパパが酔っ払って、同僚の人に家まで連れてきてもらうのはよくあることだから、もしかしたらそれかもしれない。

僅かな期待と不安を胸に、受話器は取らずに画面を覗く。





「…え?誰も…いない?」






そう口にして、真っ暗な画面を見つめたまま何か違和感を感じとる。





何だろう、なにかが…おかしい気がする。





ざわざわと胸騒ぎがした。
インターフォンの画面から何故か目が離せない。




「うわっ」




突然、

手元にあった携帯が鳴り響いて、驚いて床に落としてしまった。
この間抜けなメロディは謙也だ。

さっきのメールを見て、きっと心配して連絡をくれたんだろう。
少しだけホッとして、通話ボタンを押す。




「も、もしもし」

「なまえ、叔母さん達は?まだ帰ってきてへんのか」

「うん、なんか今日遅くなるみたいで…それより、なんか、変なの」

「…変?」

「なんか…インターフォン鳴ったのに、画面見ても真っ暗で、なんも見えないの」

「真っ暗?…何やそれ」

「ママ達は鍵持ってるし…なんか、変なの」



話しているうちに不安がどんどん膨らんで、どうしていいか分からなくなる。
千歳と学校でみた、あの光景が頭の中をよぎった。





「わかった。心配やから今からお前んち行くわ。裏口から入るから、着いたらまたすぐ連絡する」

「…で、でも、!」

「…あんなぁ。お前は余計な気ぃ遣いすぎやねん。俺が好きで心配してんねんからお前はそこで待っとけ」
「謙也…」





…ありがとう。
通話を終えて、携帯電話を握りしめながらリビングの壁に座り込む。
謙也の言葉が胸にじんわりと響いた。

そういえば、わたしが大阪に戻ってくることになって、1番喜んでくれたのは謙也だったな。
いつもはつまらない喧嘩ばっかりしてるけど、いざとなったら頼もしいのは昔から少しも変わらない。




…早く会いたい。




不安で押しつぶされそうな今、早く謙也の顔をみて安心感したかった。






ピンポーン





再びその音が響いたのはそう思った直後だった。



…謙也、…じゃないよね?






謙也が来るにはいくらなんでも早すぎる。
裏口から入るっていってたし。
着信音も鳴っていない。

じゃあ、……誰?





インターフォンからそれほど離れていなかったわたしは、念のため、恐る恐る再びその画面を覗いた。…真っ暗。

……やっぱり、そこには何もうつっていない。

そう思い、謙也にまた電話をしようかと思ったところで、ハッとした。








……何も、うつってない…?





おかしい。


そこでようやく、気づいた。
先ほどまでの違和感の正体。




「ちょっと、待って…」






点と点とが、繋がる。
ゾワッと、冷水を浴びたように、画面を見たまま身体が凍りついていく。






「そん、な……嘘…」




恐怖で冷静さを失っていたわたしは気付かなかった。
インターフォンに"何も表示されない"なんてことはありえないのだ。

玄関には、街灯がいつも着いていて、誰もいないならば、インターフォンには外の景色がうつるはず。




つまり、この画面にうつっているのは……





ゆら、


その時、画面に僅かな動きがあった。




真っ暗闇の画面に何か白いものが映り込む。







「…、…っひ…!…」










身体全体を金縛りが襲う。
目を逸らしたいのに、画面から目を逸らすことができない。






「…っ、あ、あ…ぁ…」

画面は再び真っ暗になった。
だんだんと意識がとおくなっていく。







携帯が着信を知らせている。







……けん、や…








その時、
リビングにあった鏡に、何かがうつった。







「いやぁぁぁぁぁああ!!!」







ブツッ



携帯が着信を知らせている。





誰もいない部屋の中で、ただひたすら、着信音だけが鳴り響いていた。









end..?

あとがきへ続く!
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