「みょうじさん」
低く、落ち着いた声に呼ばれ、振り返る。
そこにいたのは、わたしにとっては少し意外な人物だった。
「…忍足くん」
「久しぶり。はは、なんや変な感じやなぁ。向こうおった時はほとんど話したことなかったもんな」
「そういえば、そうだね」
「謙也がな、みょうじさんのことよう電話で話しててん。せやから話してみたいなぁて思って」
「そ、そっか……」
そんな興味もってもらえるもんでもないですが、と内心申し訳なく思う。
忍足くんは、なんだか独特の空気をもっている。従兄弟とはいっても、謙也くんとはあんまり似てないんだなぁ。っていうか全然似てないと思う。
謙也くんは陽ってイメージだけど、忍足くんは陰て感じ。
「謙也が迷惑かけてへん?」
「や、迷惑かけてるのはわたしのほうっていうか…。仲良くしてもらって、ます」
「ふ、なんで敬語なん?」
「いやあー、なんででしょ……」
綺麗な顔で笑う人だ。
憂いを帯びているっていうのかな。
考えが読めない。こうして話している今も、どことなく居心地の悪さを感じてしまう。
……実は、氷帝にいた時から、忍足くんのことが苦手だったりするわけでして。
出来れば今も早く、会話を終わらせてしまいたいとか思ってるわたしは何て罰当たりなんだろう。
忍足くんと話したいっていう女の子は、氷帝には掃いて捨てるほどいるというのに。
「みょうじさんて、俺のこと苦手やろ」
「え。……えっ?」
ドキイ!
背中がヒヤリとする。
ピシ、と固まったなまえに、忍足は笑みを深める。
「くく、わっかりやす〜。さすがに傷つくわぁ」
「そんなこと……」
「あ〜ほんまショック。俺も謙也みたく仲良うしたかってんけどなぁ。何があかんのやろ」
「……」
目が笑ってないところとかセリフが棒読みなところです!って言えたらどんなにいいだろう。
生憎そんな勇気は持ち合わせてない。
人を試すような、そんなところがこの人には時々伺える。
「侑士!なまえちゃん!」
「あ、け、謙也くん」
「……あっからさまに安心した顔するんやなー」
こちらに走ってくる謙也くんには聞こえないくらいの声量で、でもわたしにはしっかり届く大きさで彼は言った。
声が、冷たい。
わたしは彼に何かしただろうか。
絶対嫌われてるよなぁ……これ。
「……は?!なんか言うた?」
「あ〜ぁ、せっかくみょうじさんと2人で話しとったのになぁって」
「悪かったなぁ!あ、なまえちゃん、財前が呼んでたで。ほんっまに、あいつ先輩をパシらせるとかええ度胸しとるわ」
「あ、……じゃあわたし、行くね」
謙也くんはまだ財前くんについて何か言っていたけど、わたしはそそくさとその場を後にした。
「みょうじさん、またな」
去り際、低いその声が耳に届いたけど、聞こえないふりをした。
最後まで忍足くんの目は見なかった。
見ていないけど、きっと冷たいあの目をしているんだと思う。
「……なまえちゃんに何か言うたやろ」
「んー?別に何も言うてへんよ?謙也が思っているようなことは何も」
「ハァ、嘘やな。明らかになまえちゃん落ちこんでたやんか」
「……あんくらい、何でもないやろ」
「やっぱり…!何か言うたんや!もうお前そういう小姑みたいなネチネチネチネチすんのやめぇや」
「ちょっと挨拶しただけやって。ほんまに」
嫌な笑みを浮かべる従兄弟をみて謙也はため息をついた。
電話でなまえちゃんのことを話した時に妙に食いついてきたから嫌な予感はしていたものの……。案の定である。
とはいえ、財前に侑士と話すなまえの様子が変じゃないかと言われて初めてそのことを思い出したのだが。
少なくとも、この腹黒い従兄弟が東京に帰るまでは自分が見張っておかなくては。
そう決意をする謙也だったが、残念ながらその考えは長い付き合いである侑士にはバレバレであった。
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なんか区切りが半端ですが切ります。
忍足さんがこわい。笑
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