「なまえが世話になってるらしいな」



ふいに背後からかけられた声に振り返る。
余裕の笑みでこちらを見ている跡部は、今は珍しく1人だ。樺地くんは今回は来てないんやろか。
今日の日程表から目を離し、返事をしながらしっかりと目を合わせる。相変わらず、目力強い奴やな。



「世話になってるて……そんな大層なもんやないで?俺の方がなまえに世話になってるくらいやし」

「なまえ、ねえ…」





わざとらしく強調した"なまえ"と言う呼び方に、跡部が一瞬眉をひそめた。
そしてすぐに笑みを深める。
周囲の温度が2、3度下がったのは気のせいではないだろう。
……俺も、大概ガキやな。
本人には呼び捨てなんて絶対呼ばれへんのに。
何をムキになってんねん。……しょうもな。
そんな内心を悟られまいと、表面上は平静を装う自分がおかしくて仕方が無い。





「お前、なまえと同じクラスなんだってな」

「おん。今は席も前後やしな。なまえに聞いたん?」

「あぁ、まぁな」





こちらを見透かすような視線を避けるように、隣のコートを見る。ちょうど、なまえちゃんとつばさが何やら話し込んでいるのが見えた。
この前の一件から、何だかんだ仲良くやっているようで、昨日も嬉しそうに休み時間につばさとのことを話していたのを思い出す。





「……あいつのこと、しっかり見とけよ」

「ん?」






意識が数秒跡部から離れていたために、咄嗟に反応出来ずに聞き返す。
視線を戻せば、跡部が思いのほか真剣な表情をしていたことに少し驚いた。先ほどまではこちらを値踏みしているような顔をしていたから余計に。






「しっかり見張っとけつったんだよ」

「……見張る?」





どういう意味やねん。

真意を探ろうと、不信感を露わにしながら視線を合わせたが、今度は逆に視線を外されてしまった。
跡部はそれ以上は何も言おうとせず、「そろそろ始めるか」と勝手に引き返していってしまう。
あえてそこで呼び止めることはしなかったが、心に何か引っかかるものを感じた。








***








あらかじめ決めておいた両校のオーダーを元に、すぐに練習試合が行われた。
練習試合とは言え、全国区である両校の試合は見ているものを圧倒した。





「すご……みんな、ほんとにテニス強いんだね」

「当然でしょ?ていうかアンタ、氷帝の試合は見慣れてんじゃないの?」

「いや、実は氷帝にいた頃もほとんど試合観たことなくて」

「うっわ、信じらんない!跡部様の幼なじみのくせに!」

「うーん、誘われてはいたんだけどね」

「なによ、観に行きたくない理由でもある訳?」

「そういう訳じゃないけど……機会がなかったっていうか」





本当は、初めて試合を観に行った時に、例の俺様コールにドン引きしたからなのだが。
それを口にしたら、きっとつばさちゃんに怒られるだろうからと、理由は曖昧に濁した。

別に試合に行くのをそこまで全力で避けていた訳ではないのだけれど、今まで景吾の試合を観たのなんて、片手で足りるほどしか行っていない。

それでも、中学最後の全国大会は珍しく絶対に観に来いと強制されたんだっけ。
結果、氷帝は青学に負けてしまったけれど、あの試合は今でもよく覚えている。





「つばさちゃんて中学の時もマネージャーやってたの?」

「……あんたってほんと突然話飛ぶわね」

「あ、ごめん」

「まぁいいわ?そういえば言ってなかったわよね。……アタシ、中学の頃は一応選手だったのよ」

「え、そうなの?」

「ええ、マネになったのは高校から。一応それなりに強かったのよ?これでも」

「へぇ……」

「ま、3年になって千歳が来てからはポジション取られちゃったんだけどね?」





千歳、という名前は転校してから何度かクラスの女子達が噂しているのを耳にした。
きっとそれなりに有名な人なんだろう。
というよりも、基本的にテニス部の人達は何かと噂の中心にいる気がする。





「そっか。でもちょっと納得」

「は?何が?」

「や、なんか……この前来た時も思ったんだけど、つばさちゃんの指示ってすごい的確だなって思ってたから。テニスの事はあんまりわかんないわたしの目から見ても」





さっきも、後輩にサーブ時のフォームをアドバイスしていたのを見かけたけれど、口頭での指導だけではなく、つばさちゃんは自ら動作を見せながら指導していた。これって、テニスに詳しいってだけじゃ、なかなか出来ない事だと思う。
短い時間そんな場面を見ただけのわたしでも、つばさちゃんの指示の仕方は、迷いがなくて、それでいて具体的というか。
テニスを経験した人にしかわからないような、すごく分かりやすいものだったから。
そんな、思ったままを口にすれば、つばさちゃんは怒ったように視線をぷいと逸らして黙り込んでしまった。

……あれ。




「……つばさちゃん?」

「生意気にわかった風な事言わないでくれる?そういうのうざいんだけど」

「……」

「……なによ」

「もしかして……照れてる?」

「ハァ?!んな訳ないでしょ!!」




キーン、と耳が痛くなるほど怒鳴られた。

やっぱり、美人が目を吊り上げて睨んでくる姿は迫力がある。けれど、ハーフアップにまとめた髪から見えている耳が真っ赤に染まっていたのを見つけた瞬間、それが照れ隠しなのだと気づいて笑ってしまう。






「……ほんっとムカつく女ね!何笑ってんのよ!?」

「えっと、ごめん?」

「……アンタ謝る気ある?」






なんだか、つばさちゃんとの付き合い方が段々とわかってきたような気がする。









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ヒロインちゃんの笑顔の描写が増えてきたのにお気づきでしょうか^∇^


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