「なぁ、聞いた?校門のところにえらい美人がおるんやって!」

「美人?女?」

「それが!男らしいねんけど、とにかくべっぴんさんなんやて!」

「えっなんそれ、見たい!」








……ゾワッ。


廊下の端々からそんな声が聞こえてきたのは金曜日の放課後。
特に用事も無いし帰ろうとしていたなまえの頭にある人物の顔が浮かぶ。
嫌な予感しかしない。


……まさか。

どうかこの嫌な予感が気のせいでありますように。









「元気そうじゃねぇか」

「……」

「おい、無視すんな。聞こえてんだろテメェ!」

「知りません人違いです離して下さい」





鞄で顔を隠しながら、校門の端を全力で駆け抜けようとしたがやはり失敗した。
はぁ、やっぱり遠回りになっても裏門から出ればよかったかな。
久しぶりに見る幼馴染の顔を見ながら、なまえは周囲からの好奇の視線やざわめきを感じて溜息をついた。





「ったく、何も言わねえで大阪行きやがって」

「……それは、ごめん」

「まぁ、いいけどな。東京と大阪なんざ、来ようと思えばいつでも来れるしな」




……アンタはね。
と、内心で突っ込みながら、相変わらずな幼馴染の金持ち発言にどこか懐かしい気持ちになる。





「宍戸やジローも心配してたぞ。たまには連絡してやれ」

「……そっか。みんな、元気?」

「相変わらずだ。数ヶ月じゃそんな変わらねぇだろ。つうか、宍戸は明日こっち来るしな」

「あ、そっか。ジローちゃんは?」

「来るのはレギュラーだけだ。ジローはまだ準レギュラーだから来ねぇ。まぁ、秋にはレギュラーになるだろうがな」

「そうなんだ。景吾はもう普通に部長やってんの?」

「誰に言ってんだ、当たり前だろうが」



ハッと鼻で笑われる。

当たり前、と景吾は言うが、層の厚い氷帝の高等部で、3年の引退前に部長になるっていうのは全然当たり前のことじゃない。
実力主義で有名な氷帝では、3年間公式戦に出られない選手も山ほどいる。
レギュラーや準レギュラーになるってだけでも凄いことなのに。



……それをこの男は。

跡部景吾という男は昔からそうだ。
普通の人間の"当たり前"がことごとく、当てはまらない。





「……相変わらずだね」

「テメェもな」






みんな、頑張ってるんだな。
思えば、大阪へきてからは毎日があっとゆう間で、ゆっくり東京でのことを思い返すことも無かった気がする。
こちらへ来る時に携帯も変えてしまったから、向こうの知り合いとは一切連絡をとっていないし。
金と権力で勝手に連絡先を調べて連絡してきたこの目の前の男を除いては。






「でもまさかお前が四天宝寺に来るとはな。部活には入ったのか?」

「んーん。やってない。この時期から入るのも微妙だし」

「……まだ気にしてんのか?」






落ち着かない校門から場所を移して、駅前の比較的静かなカフェへと入る。
景吾の問いには聞こえないふりをして、手早く二人分の飲み物を注文した。
何も聞こえません知りません話しません、というこちらの雰囲気を察して、景吾も諦めたのか、それ以上追求してくることはなかった。
呆れているような、何とも言えない表情をしていたのは、この際見なかったことにする。





「あ、そういえば。景吾に紹介したい子がいるって言ったの覚えてる?」

「あぁ。そういや何か言ってたな」

「なんかね、景吾と仲良くなりたいんだって。すごい美人さんだから。よかったね、ふふ」

「……何がおかしい。てめぇ、何企んでやがる」

「や、嘘はついてないよ。ほんと。明日会うと思うから、楽しみにしてなよ」

「テニス部の奴なのか?」

「そ。マネージャーさんなの。すっごいいい子だから」

「……どうでもいいが、そのにやけた顔見てると嫌な予感しかしねぇ」






知らないうちに顔が緩んでいたらしい。
いや、でも楽しみだ。
つばさちゃんと会ったら、景吾はどんな反応をするだろう。
とりあえず、つばさちゃんは喜ぶだろうな。景吾、顔だけはいいし。

何気に失礼なことを考えながら、カフェオレを飲む。
無駄に整った幼馴染の顔をじっと見つめていると、何もしていないのに怪訝そうな顔をされる。

宍戸くんにも会いたいし、明日は試合見に行こう。
つばさちゃんも来てって言ってたし。
そういえば忘れてたけど、白石くんも部長さんだっけ。謙也くん達もレギュラーだし。それってすごいよね。

明日のことを考えていると、またにやにやしていたらしく、気持ち悪いからその顔やめろと言われた。酷い。







それからしばらく他愛も無い話をしているうちに、気がつけば数時間が経っていた。
店を出て始めて外がもう暗いことに気づく。

家まで送ってくれるらしい景吾が迎えの車を呼んでいる間、駅前のベンチに座ってわたしも親に連絡を入れた。
相変わらず景吾大好きな母親の、予想通りの反応に呆れつつも携帯をポケットに入れる。

駅前はちょうど、部活を終えた学生や帰宅するサラリーマンなどで溢れていた。
いつもこの時間には既に家で寛いでいるなまえは、感心しながらそんな人々を観察する。


……ん?





「おい、なまえ。行くぞ」

「……あ、うん」

「どうした?」

「や、何でもない」






一瞬、誰かの視線を感じたような気がして立ち止まったが、気のせいだったようだ。
というか、見られていたとしたら、おそらくこの隣の男だろう。
そう思い直して、なまえはそれ以上特に気にすることなく車に乗り込んだ。











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跡部様!
ヒロインちゃんもかなり素です。
そういうのっていいですよね。


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