ボールを打つ音や誰かに指示する声の飛び交う雰囲気の中、他と違う声色が混ざっていることに最初に気付いたのは謙也だった。







「練習中すみません。花野、……あの、つばさちゃんいますか」







まだ一般の生徒が来るにしては早い時間に、制服姿の女子がフェンス近くでボール拾いをしていた1年に話しかけている。
あれ?と、気になりよく見れば、遠目でもなまえだとすぐにわかった。
謙也はボールを打つ手を止め、すぐ近くにいた白石に呼びかける。




「白石。アレ、なまえちゃんやない?」

「あ、ホンマや。何してんのやろ」

「なんかキョロキョロして、誰か探してへん?」

「俺?……ではないやんな。つばさか」

「……何ちょっとガッカリしてん」






そんな会話がされてるとはまるで気付いていないなまえは、「呼んできますね」と部室へと向かって行った1年生らしき部員の後ろ姿を見ながら、少しだけ、いやかなり後悔していた。

勢いでここまで来たものの、せめて朝練が終わってからにすればよかった。
ていうか、ほんと朝練中に邪魔して何してんのわたし。
……余裕なさすぎ。
呼びに行ってくれた子にも、つばさちゃんにも完全に迷惑かけてしまっている。

表情には殆どでないが彼女をよく知る者がみれば、彼女が今尋常じゃなく焦っていることは明らかだった。
もっとも、それに気づくほど彼女を知る人物はこの場にはいなかったが。




「案外普通やな。なまえちゃん」

「……そうですか?」

「うわ、財前お前どっから出てきてん?!」

「財前もなまえちゃんと知り合いやったん?」

「あ〜まぁ、一応」

「ちょ、俺をシカトすんなや!」

「……謙也さん声デカイっす」

「なん、「あ。つばさ出てきよった」






3人の視線に相変わらず気付かないなまえは、内心ヒヤッヒヤでつばさを待っていた。

うわ、どうしよ。
いや、もう呼んじゃったしどうしようもないんだけど。









「……アタシ呼んだのってあんた?」







ビク!

動揺を余り出さないように、思考を中断して振り返る。
とりあえず挨拶をすれば、今、部活中、と単語だけで返される。
眉間いっぱいにシワを寄せているつばさを見て、やはり休み時間にするべきだったと後悔した。







「なんか勢いで来ちゃったんですが、……ごめん、邪魔。後で、また来ます」





ほとんど独り言のような言い方で、変な敬語まじりの言葉をいってなまえは足早にその場を去ろうとした。
会って話せばなんとかなると思ったが、甘かった。
つばさを前にして、予想以上に自分が緊張していることになまえはひどく戸惑っていた。






「待ちなさいよ」






まさか呼び止められると思っていなかったなまえは、少し驚きながらおそるおそる再びつばさと向き合う。
つばさの表情は相変わらず不機嫌そうだったが、その表情の中には焦りのようなものが伺えた。






「……この時間、いつもならアタシ、コートで記録とってんの」

「え?」







てっきり文句でも言われるのかと思いきや、予想外な言葉に思わず間抜けな声が出てしまう。






「昨日もだけど、今日もね、いつもアタシがやる仕事を1年とかがやってんの。
……情けない話よね。今までこんな事絶対なかったのに」






何を話そうとしてるのか依然として掴めなかったが、なまえは黙ってつばさの話を聞いていた。
相変わらずつばさの表情は堅いままだったが、話す言葉を一つ一つ選ぶように、真剣に何かを伝えようとしているのがわかる。






「……本当、信じらんないわ。
あんたどんだけお人好しなの?
文句の一つでも言い返しに来たのかと思ったら、文句どころか……」




……え、と。どういうこと?
文句?わたしが?

キョトンとしながら、なまえは話の流れを頭の中で必死に整理しようとしていた。
そんななまえの様子を見てか、不機嫌そうにしていたつばさの表情が、無意識だろうがふっと和らいだ。




「……昨日はごめんなさい。本当に。
完全にアタシが悪かった」






突然頭を下げて謝るつばさの姿に、衝撃を受けてなまえは固まった。

ましてここは部室の前であり、部活中とはいえ周りにはたくさん人がいる。
あの、プライドの高いつばさが頭を下げて謝るなど、普通では考えられない光景に、心なしか…いや、明らかに周囲がざわつきはじめていた。






「も、いいから!場所、アレだし。ほんと、気にしないで」

「……気にするわよ。アタシ、あんたのこと迷惑っつったのよ?他にも、」

「反応薄いとか、何考えてんのかわかんないとか?」

「……やっぱあんた根にもってんでしょ」

「いや、……うん、そうだね、少し」

「……」

「そう、自分でも、……
びっくりするくらい、ショック受けてて」




ほんとに、なんか、……うん。
仲良くしたい、って思ってたから。

単語を無理やりつなぐようにしながら本音を漏らすなまえには、戸惑いの色が浮かんでいた。
自分で自分の言いたいことを今この瞬間に考えながら話しているようにもみえた。
話しながら無意識にか、時々右手の指で爪をいじっている。




そうして一瞬訪れた沈黙を次にやぶったのはつばさだった。





「考えてみたらさ、
あんたが何考えてるのかわかるわけないのよね。
アタシあんたのことまだ全然知らないし。逆もそうだけど」

「……うん」

「アタシ、こういう性格でしょ?
言い方キツイのも、そうだし」

「え、自覚あるんだ」

「るっさいわね……!
あんたも結構、言う事言うわよね」

「うん。……そうかも」





何だかおかしくなってふっと笑えば、呆れたように大きく溜息をつかれる。
その表情は一見するとまた不機嫌そうにしているが、目だけはなんだか優しく見えた。




「 そうね、でも、そうやって言ってくれないと駄目ね」

「え?」

「……アタシと仲良くしたいなら、
今みたいに思ったこと全部言いなさいよねって言ったの!」

「え、それって……つまり、」

「……話は終わりよ!
やだ、もうこんな時間じゃない!最悪〜!」




続きを言わんとするなまえに、つばさはうざったそうな顔をして、慌ただしく練習へと戻っていった。
しかし去り際、なまえはつばさの耳が赤くなっていたのを見逃さなかった。








ーーーアタシと仲良くしたいなら、









遠くで何事もなかったかのように仕事をこなすつばさを数秒見つめ、校舎へと引き返すなまえの口元には自然と笑みが浮かんでいた。








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やっと仲直り!
長いよ君たち^∇^


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