「らしくないやんか」
ドアの開く音にハッとして顔を上げれば、にやりとする見慣れた金髪と目が合った。
「……何しにきたのよ」
「ん?そら、珍しく白石に怒られたつばさの顔を拝みに」
不機嫌さを隠そうともしないつばさに臆することなく、いけしゃあしゃあと述べる様は、さすが長い付き合いをしているだけのことはある。
億するどころか、謙也には今のつばさの考えていることが手に取るようにわかっていた。
その上で、自分がどんな言葉をかけるべきかということも。
「つばさ〜。1つ言うてもええ?」
「……何よ改まって。言うなって言ったってどうせ言うんでしょ」
「ははっ、正解。……あ〜、ほんでな、」
謙也は顔をくしゃっとさせて笑ったかと思うと、すぐにさっきとは一転して真剣な表情へと変えた。
半分聞き流そうとしていたつばさもなにごと?と表情を変えて謙也を見る。
「あ〜。俺な、……実は、
……白石のこと好きやってん」
「……。」
「……。」
「……。」
「……ってのはまぁ冗談で〜」
「……。」
「……。」
「……。」
「焦った?」
「……違う意味でね」
「まぁ、白石は冗談やけど、俺実はなまえちゃんのことほんまに好きになってんやんか〜」
は?
今こいつさらっと何言った?
「……ってほんまに俺が言ったらどうする?」
「っはあ?!」
「……ぶっ!」
言葉を処理しきれずに一時停止していたつばさは、自分の顔を指差して笑い転げる謙也に目を白黒させた。まったくもって奴の真意が掴めない。
「……何が言いたいわけ?」
「ん〜なんやろな。つばさの反応見たさに?」
ひとしきり笑った謙也は、スマンスマンと平謝りをしながらパイプ椅子へと座った。
「あ。先に誤解のないよう言うとくけど、俺ほんまになまえちゃんには恋愛感情の好きはないから安心しいや」
ま、あくまで今はやけど〜。と、にやにやしながら付け足す余裕な態度に軽く殺意がわいた。
普段へらへらしてるくせして、こいつは意外と冷静に人を見ている節がある。
これを言ったらこういう反応が返ってくるだろうとか、ある程度わきまえた上でのこの発言である。
ただし、自分自身の恋愛は除く、というところに彼がヘタレと呼ばれる最大の理由があるわけなのだが。
「別に関係ないし。何であたしにそれを言う?」
「ん?単純につばさ焦らせたろ思て」
「は?全ッ然意味わかんないんだけど!!」
思わず声を荒げれば、急に頭が冷静になった。
これ以上とやかく言えばますます謙也の思う壷な気がして、それ以上は声に出さずに睨みつけることにした。
「つばさは、俺が好き言うたやつ、白石となまえちゃん、どっちの方が焦った?」
「は?なにそれ」
「白石がつばさにとってどんな存在かは俺かてわかってるつもりや。けど、なまえちゃんと話すつばさ見てるとまたゆりか先輩の、…」
「謙也。その話はしたくない」
それ以上話すなと棘をさすように語気を強める。
そのまま黙って席を立って途中まで記録した日誌を机の上に置き、帰る準備を始めた。
つばさの様子を見て、謙也もそれ以上無理に続けるつもりはないようだった。
「今日はもう帰るわ。……少し頭冷やさないと駄目ね」
「……なあ、白石も心配してたで」
「わかってる」
わかってる。
そういう謙也こそ、物凄く心配してくれていることは十分すぎるほどに伝わっている。
さっきまでの言動にも謙也なりの気遣いがあってのことだということも。
ーーーーきっと、謙也はあの時の事を知っているからこそ余計に
「つばさ」
出て行こうとドアに手をかけたところで、呼び止められ、振り返らずに動きだけを止める。
「……今はそれでええよ。けど、なまえちゃんには明日すぐに謝るんやで」
「……そうね。あれは確かに言いすぎたわ」
「……やけに素直やんか」
「あのねえ。あたしだって自分が悪いと思ったらちゃんと謝るわよ」
ほんとに、
悪いと思ってるんだから。
これでも一応。
半ば独り言の様に呟けば、
笑い声こそ聞こえないものの、後ろで謙也が笑ったような空気が伝わってきた。
……まったく、腹立つわね。
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