※現代設定で小4くらいのチビ政宗です
ぶっちゃけ誰だかわかりません
実話をもとにしています







「なまえ先生、1ヶ月間実習お疲れ様でした。最後の授業、とても良い授業でしたよ。」




この4週間は、本当にあっという間だった。
先生、と呼ばれるのが何だか照れくさかった初日。初めて授業をした日。鬼ごっこをした日。
内緒話をしてもらえた日。

厳しかった教務主任の先生からの思わぬ労いの言葉に、やり遂げたという達成感となんともいえない嬉しさがじわじわとこみ上げてきた。




「ありがとうございます。先生方のご指導のおかげです。」

「子供っておもしろいでしょう?一生懸命な人には一生懸命応えてくれるんです。みんな、本当になまえ先生のことを慕っていましたね。」





始めは、子供達と打ち解けられるか本当に不安で仕方がなくて。
どんな子がいるんだろう、自分は受け入れてもらえるんだろうか。そんなことばかり考えて、実習が始まる前日はあまり眠ることができなかった。





「これで、国語の勉強を終わります。みんな、1ヶ月間先生と一緒にお勉強してくれてありがとう。助けてくれてありがとう。優しくしてくれてありがとう。みんながわたしを、先生にしてくれました。先生はこれから、また大学へ戻って先生になるための勉強をします。みんなとお勉強するのは今日で最後ですが、先生はみんなのこと一生忘れません。本当にありがとうございました。」





最後の挨拶は、月並みなことかしか言えなかったけれど、少しだけ声が震えた。

初めて授業をした日、言葉が詰まってしまったり、漢字を間違えたり、たくさんミスをしてしまった。授業後、そんな落ち込むわたしにすぐさま駆け寄ってきてくれた子供たちに、どれだけ励まされただろう。
先生お疲れ様!緊張した?
そんな心配そうな声や不安げな視線に、自然と心がほっこり温かくなったのを覚えてる。




先生として、子供達に何ができたかなんてわからない。人としてまだまだ未熟なわたしが子供達にできたことなんて、そもそもあっただろうか。教える立場なのに、子供達から教わることのほうがずっと多かった。





子供達が下校した放課後、担任の先生に許可をもらって教室でこの数週間を振り返ることにした。このところ、ゆっくり考える時間もあまりなかったからだろう、一人一人と交わした言葉や笑顔を頭の中で思い出していると、いろんな思いが溢れ出てくるようだった。



教室って、こんな広かったっけ。




子供達がいないと、こんなにも印象変わるんだなぁ。そんなことにも気づかなかった。

掲示物がたくさん貼られた教室内をゆっくり見回していると、ひとつだけ、綺麗に並べられた机の中でこぶし1つ分他から離れている机があった。





……政宗くん、最後、会えなかったな。
今日に限って、風邪でお休みなんて。



32名いる学級の中でも、特に印象の強かった伊達政宗くん。
廊下側の1番前、朝教室へ入ると最初に目に入るその席に座っていた彼は、独特の雰囲気を持っていた。人を近寄らせまいと、必死に何かを守っているような。それでいて、無意識に人を引きつけてしまうような。…考えすぎかもしれないけれど。聞けば大企業の御曹司なんだとか。
でも、彼を特別気にかけていたのはそのせいじゃない。

彼は幼い頃左眼に重い病気を患ったらしく、左眼にはいつも眼帯がつけられていた。
眼帯の下がどうなっているのか、わたしは知らない。

けれど、小学生くらいの子ども達には、その眼帯が変に目に映るらしい。
悪気はなくても彼と話す時、彼らの視線はみな自然とその左眼に集まっていた。



「政宗くん、おはよう!」

「……。」

「どうしたの?元気、ないね」

「……別に。」

「学校、つまんない?」




わたしの問いかけに、政宗くんは答えなかった。ただ一度顔をあげて、睨むようにしてこちらを見たかと思えば、すぐに視線を逸らされた。これが、政宗くんとの初めての会話。

それからも政宗くんは、なかなか心を開いてくれなかった。休み時間に話しかけても知らんぷり。
それでもそこで諦めるわたしじゃない。
根気強く何度も話しかけているうち、無愛想ながらも時々、気まぐれに小さな声で挨拶を返してくれるようになった。

……あれは嬉しかったなぁ。

授業中は背筋をしゃんと伸ばして話を聞いてくれていたり、国語の時間に配ったプリントをみれば、誰よりもたくさんの感想を書いてくれていたり。
話せば話すほど、関われば関わっただけ、いいところがたくさん見えてくる。





「ねえ!政宗くんもこっちで一緒に給食食べよう?」

「……いい。」

「あ、そう。じゃあ、先生そのプリンもらっちゃおうかな〜?」

「……それは俺のだ。なんでそうなるんだ。」





元々人見知りなのか、彼はなかなかクラスの子達と打ち解けられないようだった。
それでいて、クラスの子達が楽しそうにしていると、すごく寂しそうな目でそれを見つめていたりする。

クラスの男の子達も、体育の時間などで見せる活躍ぶりをみてか政宗くんには一目置いているようだった。時々話したそうに彼を見ていることに、当の政宗くんは気づいているんだろうか。




「政宗くん!一緒にドッチボールやろう?」

「…やらねえ。怪我をすると叱られる。」

「誰に?」

「……母さんに。」

「ふーん。じゃあ、鬼ごっこやろう!それならいいでしょ?大丈夫、転ばなきゃいいんだもん」





わたしの半ば無茶苦茶な言い分にしかめっ面をする政宗くん。
それでもそんな表情とは裏腹に、手を引けば、すんなりとついてくる足が可愛かった。

「政宗くん!外行こう!」

「…なんだ、またなまえか」

「こら、呼び捨て禁止!」

「……はぁ」

「ほら、行くよ!」




子供は遊ぶものだ。

親だろうが何だろうが、子供から遊ぶ権利を奪っていいはずがない。
あいにく、わたしはただの教育実習生だ。
先生方のように保護者の方と学校側から圧力のようなものをかけられたりもしないし、板ばさみにもならない。
まぁ、問題になったらそれなりにまずいけど。

でも、そんなの関係ない。
怒られたらその時だ。





「政宗くん!」








この4週間、わたしは彼に何かできただろうか。学校を少しでも楽しいと思ってくれただろうか。

最後に、ちゃんとお別れしたかったなぁ。

会えなかった代わりに、政宗くんには手紙を書くことにした。この数週間で話したこと、楽しかったこと、嬉しかったことをたくさん書いた。

彼の机にそっとその手紙を入れて、教室を出る。
明日この手紙を読んだら、政宗くんどんな顔をするのかな。




あともうちょっとで仲良く慣れそうだったんだけどな。
最近じゃ、政宗くんから話しかけてもらえることもあったのに。
他の子たちは、毎日家であったこと、友達とのことなどいろんな話を聞かせてくれた。
その中で、彼は自分の話をすることが極端に少なかった。




心残りがないかと言えば、嘘になる。












それから数週間後。
わたしの元に一通の手紙が届いた。

送り主は実習の担当クラスの子供達から。
一人ひとりの言葉が文集のようにまとめられていて、表紙にはわたしの似顔絵が描いてあった。

思わず、くすりと笑みがこぼれる。








「……あ、…」



見つけた瞬間、思わず声が出てしまった。
何度も見るうちに覚えてしまった、小学生にしては綺麗に整った、それでいて少しだけ癖のある文字。
……政宗くんだ。

手紙、ちゃんと書いてくれたんだ。






『みょうじ先生。勉強教えてくれてありがとう。僕は先生のこと忘れません。』





彼らしい、シンプルで短い文章だった。

その短い文章を何度も何度も読んだ。
ふふ、"僕"なんてちょっと格好つけちゃって。おかしいの。



……あれ…?



嬉しくて、何度もその手紙を読み返しているうちにあることに気づいた。
それを確かめるために、そっと手紙を裏から透かしてみる。
よく見たら、何回も何回も文字を消したような跡がたくさんあった。



それが妙に気になって、角度を変えて、もう一度目を凝らして文章を読む。

すると、ありがとう。のあとの文章の下に、先ほどとは異なる文章が書かれていることに気づいた。





『僕のこと、忘れないで』





それは、意地っ張りで、素直になれない彼の初めての小さな本音だった。

忘れないで、ではなく自分は忘れないという言葉を選んだ彼に、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。


またあの寂しそうな目をして、忘れられてもいい、自分は覚えているからと言われたような気がした。

優しい優しい彼の気遣いに、目の奥が熱くなった。



ねえ、政宗くん、学校楽しい?
わたしは君にどんな風にうつってたんだろう。







文集の最終ページに、クラス写真が貼られていた。担任の先生が気を利かせてくれたのだろう。日付を見る限り、実習終了後に撮られたものらしい。その表情はみな、一人残さずどれも眩しいばかりの笑顔だった。


その中でもひときわ輝く男の子。
両隣の男の子と肩を組んで、少しだけ誇らしそうに真っ直ぐにこちらを見つめてくる政宗くんの姿に、そっと心の中で頑張ったね、と呟いた。





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※手紙の消し跡の下に書かれていた部分は実話です。
実際に実習後に手紙をもらいました(^^)
手紙を書いてくれるようなタイプに見えない子だったので、あれは本当に嬉しかった!



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