「お父様、なぜなまえは外に出てはいけないのですか」


幼い頃から城の中での暮らしを余儀なくされたなまえが、そんな疑問を持ったのは14歳になる頃であった。



「どうした?何か不満でもあるのか?」




山々と積み上げられた文書から顔をあげた父から、僅かではあるが動揺が伺えた。
不満なんて、あるはずがない。
一国の王である父は、わたしに何不自由ない暮らしをさせてくれた。愛情を持ってわたしを育ててくれた。母はわたしが生まれてすぐに病気で亡くなったと、乳母から聞かされたのは十歳の頃。それでも寂しい思いをさせないように、欲しいものは何でも与えられたし、もしこの生活に不満があるというのなら、わたしには間違いなくバチが当たるだろう。



「不満などありません。ここでの暮らしにはとても満足しています。」

「……ならばなぜ、外の世界などと。欲しいものがあるのなら遣いを出せばいい。お前が外に出る必要はあるまい」

「ですがお父様。なまえは外の世界のことを何も知りません。花売りの娘から、外には美しい場所がたくさんあると聞きました。海や木々の彩り、夏には街で祭りがあると。なまえはひとつも知りません。なまえは、外の世界を見てみたいのです。」




思えば、自分から父に願望を言ったのはこの時が初めてだった。
何不自由ない幸せな日々の中では、欲しいものなど本当に何もなかった。みな、欲しがる前に与えられたのだから。
けれど、わたしの願いはついに叶えられることはなかった。あの日を境に花売りの娘は城へ来ることはなくなり、わたしは城の外れの塔の中で暮らすようになった。



「お前はいいね。自由に空へ飛んでいけるもの。」



塔で暮らすようになって、わたしの生活は劇的に変わった。父はおろか、城の者とも限られた人間としか会わない日々。
会うのは食事を運ぶ召使いと、育ての親である乳母だけ。乳母も最近は顔を見せることが少なくなった。年老いた身体で塔の上まで登るのはこたえるのだろう。

話し相手は、時々窓にやってくる鳥達だけだったが、寂しくはなかった。
召使いは、彼らを不潔だと嫌がったけれど、わたしにとっては彼らは大事な友達だった。
綺麗な瞳をしたその鳥を、わたしは家族のように愛した。そして、その自由に羽ばたく羽根にわたしの小さな願いをたくすのだった。




「もし、わたしに翼があったらお前と外へ今すぐに飛んでいけるのに。ねえ、お願いよ。……いつか、わたしを攫いにきて。」






塔で暮らすようになって3年ほどたった頃。
その夜は満月で、月がいつもより紅く輝いていた。



カツン、と窓の方から何か音がして、不意に目を覚ましたわたしが目にしたのは、紅い装束に身を纏った男だった。
突然の訪問者に驚いたけれど、そのまっすぐな瞳を見たとき、なぜか、悪い人ではないと直感でそう感じた。




「突然、驚かせてしまい申し訳ない。某は、お主をここから連れ出しに参った。」

「ここから……わたしを?」

「某は……。」



そこで彼はなぜか一瞬戸惑うように、視線を彷徨わせた。



「ちょっと旦那!早くしないと城のもんにバレちゃうって!話はいいから姫さん連れてさっさとこっち来て!」




別の声に再び窓を見れば、大きな黒い翼に手をかけた不思議な装いの男がいた。
バレると気にする割には派手な見た目の男に、一瞬目を奪われる。
彼は目が合うとにっこり笑って、さあ、とこちらへ手を差し伸べた。
それをみて紅い装束の男も頷いてから一歩近づき、わたしの手をそっと掴む。




「申し訳ないのだが、時間があまりないのだ…。城の者に気づかれる前にここを出なくてはなりませぬ。姫、こちらへ。」



掴まれた手の温かさで、わたしは我に返った。




「お、お待ち下さい!あなた達は……一体なぜわたしを連れ出そうとするのです?!」




わたしは腐っても一国の姫である。
もしわたしを利用しようと攫いにきたのなら、ここで舌を噛んでも、彼らについて行くわけにはいかない。
塔での暮らしが続いても、長い時間の中で培われた姫としての小さな誇りとプライドは、わたしから失われることはなかった。

すると男は視線を合わせ、ふっと微笑んでから、ゆっくりとした口調でわたしに告げた。





「いつか、わたしを攫いにきて。」






姫が、某にそう申されたのではありませぬか。








-------------------


2012.02.28






戻る
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -