盗みだすスターダスト



硬式テニス部である前村がいなくなったことにより、1人寂しく立つ羽目になった貴本は、渋々教室へ帰ろうと階段を上り始めた。ぼう、としながら上っていた所為か、段差にかつ、と躓きかけた。蹌踉めいた体勢を直し、貴本は階段を再び上り始めようとする。
そのとき、階段の踊り場のところで細身の男子が笑っていることに気づく。どうやら今の動作を見られていたらしい。

(今日は恥ずかしいことばっかだ、)

穴があったら入りたい、とやや本気で考え始める貴本だった。羞恥を隠すため、踊り場のところまで階段を駆け上がる。ぱたぱた、と小気味良い音が鳴り響いた。
踊り場に着き、未だ笑い続けている細身の男子――中迫に、貴本はむ、と唇を尖らせて拗ねたような表情を向ける。

「いつまで笑ってんだよ、じゅん」
「だって、ゆうきが転けるから、」

中迫はそこまで言うと、先ほどの貴本の様子を思い出したのか、今度は腹を抱えて笑い出す。その手には現代文のノートがあった。笑っている所為で震える手から、そのノートをするりと奪い去り、貴本はしれっと覗き見る。中迫の見た目とは似ても似つかず、綺麗な字がそこには並んでいた。
けらけらと笑っていた中迫が、あ、と自分のノートがないことに気づき、貴本から取り返そうと試みる。だが、身長はそこまで低くない中迫でも、貴本には及ばなかった。

「返せよゆうき!」
「やだし、人のこと笑うから悪いんだよ」
「ちょっと笑っただけじゃんー」

うう、と唸り、自身のノートに手を伸ばす中迫だったが、貴本の手には届かなかった。懸命にノートを取り返そうとする中迫を見て気分が晴れたのか、貴本は少し微笑んで中迫にノートを返す。
ちょうどそのとき、上の階から降りてきたらしい藤木が、スラックスのポケットに手を突っ込んだまま歩いてくる。藤木のポケットは二人分のスマートフォンで膨れており、一目で分かってしまうのではないかと貴本は内心焦った。そんな貴本の焦りも露知らず、藤木はぱあ、と唇を横に広げて笑う。

「ちょうどよかった!ゆうき、これ大ちゃんに渡しといて」

ぽん、と軽く投げ渡されたそれは、明らかに普段蔵宮が持ち歩いているスマートフォンだった。視界でそれを認識し、慌てて反射で手を伸ばす。

「あぶねっ、落ちたらどうすんだよ藤木」
「ゆうきなら取れるって!」

にか、と笑いながら言った藤木の言葉はあまりにも楽観的すぎて、貴本は思わず溜息を吐いた。
そのとき、ちらりと横を見た藤木が、宿題である現代文のノートを持った中迫に気づき、はっと目を見開く。

「あ!」
「なんだよふじき」
「俺それやってない!じゅん教えて!」
「はあ?俺も今やったし」
「いいから!分かるとこだけ!」
「お前宿題やってこいよー」
「じゅんも言えないじゃん」

きゃんきゃんと言い合いをしながら階段を降りていく二人を見て、貴本は眉を垂れさせて困ったように笑う。

「お互い様だろ、」

藤木と中迫に聞こえない程度の声でぽそと呟き、貴本は階段を上がっていった。





「おい亮ちゃん遅ぇよ」
「悪い悪い、くすけんが寝ててよー」
「え?なに?これ何なの?集まり?」
「くすけんまだ話読めてねえ」

昼食時間に体育館前へ集合の呼び出しを受けた硬式テニス部は、連なって目的地へと向かう。まだ寝ぼけ眼を擦っている楠野を連れて歩いてきた古井は、再度楠野の脇腹にぷすと指を刺す。
「うぎゃ、」と些か色気のない声を出した楠野に対し、蔵宮が小馬鹿にしたような笑いを向けた。

「うは、くすけーん、そろそろ起きろよ?」
「うっせ、分かってるー……」
「とかいってて寝るのがくすけんだろ、」

分かりきってる、とでも言うかのような反応を示す前村は、蔵宮の隣からぼすんと楠野の頭に触れる。
古井は、楠野の隣を歩いて右手で背中を押していた。

「どうせ大会前の打ち合わせとかだろ、さっさと終わらせに行くぞ」
「あ、なるほどね。打ち合わせね」
「まえけん、くすけんまだ寝ぼけてるから殴って起こさせてやろうぜ」
「ああ」
「起きてる!俺起きてる!」
「大ちゃん馬鹿だな、くすけん起こすには脇腹がいちばんだって」
「それもいらねえ!」

わあわあと喚きながら体育館へ進んでいくテニス部の後ろから、小柄な影がたたっと駆け寄ってくる。その小柄な人物は、集団の後ろ側を歩いていた楠野のもとへ一直線に走ると、楠野のその細い身体に飛び込むように抱き着いた。
隣を歩いていた古井が、驚きで硬直してしまうほど、それは突然な出来事だった。

「っわあ!?」
「くすけーんっ!今からどこ行くのーっ?」

がば、と後ろから首に腕を回し、小柄な人物――琥陽愛夏は、果てしなく明るい口調で楠野に話しかけた。抱き着かれた楠野のほうも、驚きで身を固めていたが、相手が分かると緊張が解けたのか、あは、と軽く笑う。

「何すんだよ琥陽ー、びっくりしただろ!」
「びっくりさせるためにやったんだもーん」
「お前な!」

にこにこと笑い合う愛夏と楠野の様子を見て、不穏な空気を持ちはじめる古井たちだったが、呼び出しを受けていたことを思い返し、古井は愛夏に向かい詫びた。

「悪い琥陽、俺たち呼ばれてるんだって」
「あ、そうなの?俺くすけんに聞きたいことあってさ、ちょっと聞いてから帰ってもいい?」
「あ、それなら――」

と、古井が了承したのも束の間、階段に寄りかかっていた蔵宮が唐突に口を割る。

「昼休み、終わってからでも聞けるよな?」

何気ない言葉にも聞こえるが、蔵宮から放たれる空気から、「いいえ」とはとても言えない状況に陥る愛夏だった。

「ひえー、蔵宮くんおっそろしーっ」

さして気にしていない様子で、「じゃあ後でねくすけん!」と去っていく愛夏に、楠野は手を振る。内心安堵した古井は、その勢いでテニス部全員の背中を押し始めた。

「よし!体育館までダッシュで行くぞ、最後の奴はジュースおごりな」
「はあ!?ふざけんな亮ちゃん」
「ちょ、まえけんまだ走るなってー!」





1人が抜けてどこか違和感を感じていた林檎が弁当箱を直し始めたころ、楠野に質問を聞きそびれた愛夏がらんらんと戻ってきた。
鈴音と凛太は、明るい太陽の光に照らされ、十分に温まった机の上に体を預けて寝入っていた。その隣で読書に耽る千仍と、鞄を抱えている林檎が、「あ、」と同時に声を漏らす。

「何してたの?ちか」
「すごい楽しそうだね、愛夏くん」
「うん、ちょっとね」

愛夏はにい、と笑い、先刻のことを思い返す。困惑して顰められた古井の眉。からりと笑う楠野の声。それから、威圧を放つ蔵宮の細められた瞳。感情の読めない前村の雰囲気。
ふふ、と堪えきれなかった笑いが愛夏の唇の端から漏れだす。

「ただ宿題の内容聞きに行っただけなのになあ、あはっ」
「え?愛夏くん何したの?」
「ちか!その話詳しく!」
「あのね、……」


――それぞれを包む空は、まだ青い。




(きらきらを盗みにきたよ、)








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