この問に答えてください。



きゅっ、とスキール音が耳を刺激して、手から放たれたボールは綺麗な放物線を描きながらゴールへと吸い込まれてネットを揺らした。

「ちかげ、ナイッシュー」
「ん、ありがとー!」

笑顔でチームメイトに礼を言う、琥陽愛夏。
ランパス→シュートの流れをかれこれ10分はしただろうか。

「さすがに、疲れた…」

吐き出す息は熱を帯びて弾んでいて、身体が水分を欲している。
マネージャーが用意している水のボトルを少々乱暴に取り、自分のタオルを握って体育館の外に出る。
バスケは体力をかなり削られるけど、シュートが入れば嬉しいしスチールに引っかからずにドリブル突破出来たときはわくわくが増えてく。

でも。

(――たり、ない…なんかが、足りない)

心がなにかを求めてるのは確かなのに、なにを求めているか全然分からなくてぐしゃりと心臓あたりの練習着を握りしめた。
ボトルから乱暴に水を飲み、頭に持っていって水をかぶる。頭が冷えてきて視界がスゥ、と広がる気がした。
体育館を返り見ると、奥ではバレー部がアタックの練習をして、背の高さをつい羨む。
ひらり、とずば抜けて背の高い男子が飛んだ。

「ゆうきじゃん。うっひょー!すっげぇジャンプ力!アタックつっえぇっ」
「つっえぇっ、じゃねーよばかやろう。」
「イダッ」

頭にチョップを落としてきたのは主将で、はよ戻れとあからさまに不機嫌な顔をされる。

「すっませーん!」
「つーかお前水かぶったろ、手濡れたんだけど」

顔をしかめてタオルで手を拭く。それ俺のタオルなんですけど主将。なんてとても言えないけど。

「先輩がチョップするのがわりぃッス」
「調子のんなあいか。」
「あいか呼びやめてくださいって!」
「んでだよ、いとこに呼ばれたら地味に嬉しそうなくせに」
「へ?」

きょとんと動きを止めると苦笑いした主将がタオルを頭にのせてきた。
もどんぞ、声をかけられてはい、と返事を返して体育館に戻る。
直前に校舎を見上げると、綺麗な音色が聴こえてきた。

「フルート?りんごちゃんかなぁ」

呟いた声はスキール音と掛け合いに呑まれて。
もう一度、練習着を握りしめた。


***


ぱたぱたとスリッパの音を廊下に響かせながら練習室に向かうのは吹奏楽部に所属する林檎。
担当楽器はフルート。

「りーんごー」

ひょこっと顔を見せたのは千仍で。
吹奏楽部の部室から林檎がいつも使う練習室の途中に、千仍の所属する美術部の部室はある。
開け放たれた窓からもれる油絵の具の匂いが林檎はそれなりに好きだった。

「あ、ちよちゃんっやっほ〜」
「やほー。あのさ、ちょっといい?ちかのことなんだけど…」

眉を下げる千仍に、これは深刻かも?と林檎は周りを見渡してから千仍に向き直る。

「ちょっとならいいよ!どうしたの?」
「ほら、りんちゃんがさ、ちかげくん、なんか様子が変じゃなかったって言ってたじゃん?わたし、それ、なんでかなって考えたんだけど…全然思い浮かばなくて…わたし、誰よりもちかげのこと分かってるって思ってたのに…」

ぽつぽつと話す千仍に林檎は何かを言いかけてから慌てて口を押さえる。

「そ、そんなことないと思うよっほら、ちよちゃんとちかげくんってずっと一緒だし仲良しだけど、男女って違いがあるじゃん!完璧に分かるって難しいことだから、その、とりあえずだいじょうぶっうん!」

わたわたと身ぶり手ぶりで必死に話す林檎に千仍は相談したにも関わらず笑ってしまった。

「あははっありがと、りんご!だいじょうぶって言われて安心したっ」
「ならよかった!じゃあ部活戻るねっ」
「うん、頑張ってね〜」
「ちよちゃんもがんばれー!」
「はーい!」

また廊下にスリッパの音が反響していく。
千仍はその音を林檎らしいなぁと思いながら自身も部活に戻った。


練習室に入った林檎は先ほどの会話から自分のいとこのことを考える。

(そういえば、とうごもちょっと変な感じだったなぁ…)

照れ屋な疼吾は自分だけにはちょっと強気になるところが面白くていつもからかっている。
ほかにも優しいところもあるし、そんな疼吾といるのは楽しいし、素でいられる。

「とうご、部活頑張ってるかなー…」
「あらら、どうしたのかな〜りんごちゃん!先輩に相談してみなさい!恋バナちょうだい!」
「先輩、最後本音混じってますけど…」
「気にしない!で、どうしたの、とうごってりんごちゃんのいとこでしょう?えっ好きなの!?好きなの!?」
「はっいや、なんでそうなるんですかっ!ただ、部活頑張ってるか気になっただけです!」

一息でばーっと話すと若干息がきれた。

「ムキになっちゃって〜先輩に隠し事はなしよ〜」
「だからっあぁっもうー!」

頬っぺたあたりが熱くなった気がして、慌てる。
そのとき絶好のタイミングで顧問がきて、先輩からの追求から逃れられた。
ほっとしてフルートをふく。
いつもみたいに吹けている気がしなくて首を傾げた。

(なにこれ、変なの…)

うまく出ない音の答えは見つからなかった。


***


カタカタとタイピングの音が響くパソコン室。
その一角に、柚木鈴音はいた。
ワープロ部に所属し、毎日のようにパソコンと向き合っており、明るい画面を集中して眺めているとさすがに疲れてくる。
それを癒すようにぎゅーと目を瞑った。
目を閉じたまま、思考を今日のお昼休みのことに切り替える。
様子のおかしい愛夏に最初に気付いたのはきっと鈴音だろう。

(妬かせちゃったかなぁ…?)

痺れを感じる目元を軽く揉み、目を開いた。
千仍にだいすきと言われた瞬間の愛夏の複雑そうな表情が忘れられなくて小さい笑みをこぼす。
ふと考えると、自分のいとこである凛太もあのときの愛夏と似たような目をしていた気がしてきて、次は思考を凛太に切り替えた。
いつも味方でいてくれる彼は優しく、聞き上手で基本は自分を主張しない。
けれど、なにかあって落ち込んでいるとき、いつの間にかそばにいてくれてて自然と弱音をはいていた…ということがある。

「信頼、って言うのかな…」
「りんちゃんどうしたのー?」
「あっなんでもない!」

心のなかで呟いたつもりだったのだが、声に出てしまったようで同級生のワープロ部員に不思議そうな目で見られた。
らしくない…と眉を寄せる。
そんなとき。

「ねーりんちゃん、りんたくんってソフトテニス部だよね?」
「え?うん、だよー。急にどしたの?」
「いや、ちょっと気になって!」

ぱたぱたと手をふる友人が気になってじぃっと眺める。
心なしか慌てているように見えて、もやもやとした感情が沸き上がってきた。

(…もやもや!?)

自分に沸き上がった感情に驚いて髪をくしゃりと握る。
なぜか顔に熱が集まったような気がしてさらに眉を寄せた。

(こ、この変な感じなに…!?)

珍しく挙動不審になる鈴音にワープロ部の顧問は首を傾げた。




(せんせい、答えがみつかりません、)







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