青春の居場所



「いくぞじゅん!」
「おうっふじき!」

藤木から放たれたサッカーボールが、宙高く舞う。風に煽られることなく、そのボールは真っ直ぐに中迫のもとへ向かう。中迫は一度胸で受け止め、それからまた違うメンバーへボールを送る。
ゴールが決まり、中迫は藤木のほうを振り返り大きく頷いた。

「ナイスパス!」
「じゅんもな!」
「やっぱ俺お前いないとだめだわ、この前の地区大会もさー」
「ごめんって、携帯見つかったからさぁ」
「見つかるようなとこに置いとくなよなー!」
「悪いっ!」

にっ、と悪戯っぽく微笑む藤木のもとに、ゴールから返されたボールが飛んでくる。気づいた中迫が、あ、と言う間もなく、ボールは綺麗に藤木の頭へヒットした。勢いに負けた藤木は、思い切り地面と衝突することになる。
まるで漫画のような展開に、メンバー共々助ける前に笑い転げたのだった。

「いってぇ……」
「ふじき気ぃつけろよー!面白かったけど」
「んなこと言うなら助けろよなぁ……」
「しょうがねぇなあ!」

渋々といった出で立ちで、中迫は藤木のもとへ駆け出した。未だ地面に突っ伏したままの藤木が中迫の腕によって起こされるのは、もう少し後のこと。





その頃、体育館ではネットを立てかける貴本の姿があった。男子バレーボール部は人数が少なく、後輩だけではなかなか素早く始めることができないため、いち早く支度を済ませた貴本が度々準備を手伝う。
きゅ、とネットの端を結びつけると、満足気にふう、と息をつく。それから一つ、バレーボールを手にして、サーブ練習を始めた。バッシュの擦れる音と、ボールの弾む音に、自然と貴本の頬が緩んでいく。

(ああ、好きだな、)

「何にやけてんの、ゆうき」
「え、俺にやけてた?」
「ばっちり、」

チームメイトに諭され、貴本は表情を引き締めようと、ボールを片手にしたまま頬に触れる。無防備に緩んだ自分の表情を想像して、ぺち、と軽く頬を叩いた。
肩にかけていたタオルを顔に当て、貴本は手にしたボールを見つめる。

「練習、しよ」

ふ、と微笑み、貴本はボールからチームメイトのほうへ視線を移す。囁くように吐かれたその言葉は、体育館の中でよく響いた。

「――おう」





っひゅ、と勢いよく放たれた矢が、的の中央から少し左にずれて刺さる。矢を放った本人は、眉を寄せて少し顰め面をした。恐らく左にずれたのを気にしているのだろうが、それはほんの少しの誤差だった。
袴をぱた、と叩いて、大嶋疼吾は弓を持ち直す。

「んー、ずれるな……」
「大嶋くん凄いねっ!」

腑に落ちない疼吾の後ろから、見ていたらしい弓道部の女子生徒の声が響いた。びく、と驚きに肩を戦慄かせ、疼吾は持ち直した弓を落とす。

「あ、えと、あり、がとう、」

途切れ途切れの疼吾の返答に、思わずくす、と笑みを漏らす女子生徒だったが、弓を手に持つとその表情はいとも簡単に変わった。き、とまるで的を睨むように見つめる。
ひゅん、女子生徒の指から矢が消えて、代わりに的の中央からやや上にずれた矢が見えた。

「大嶋くんさ、」
「っはい、?」

まさかまだ話しかけられるとは思わなかった疼吾は、思う存分に慌てて返事をする。矢を持っていなくて良かった、と安堵して、女子生徒の話に耳を傾ける。

「いとこさんのこと、好きなの?」
「へぁ!?」
「いい反応だねぇ、で、どうなの?」

きらりと輝く瞳を向ける女子生徒の気迫に、退くところがないのに後退ろうとする疼吾だった。突然の尋問に硬直していた疼吾は、慌てて否定をし始める。

「や、ち、ちがいま、」
「隠さなくていいよー!」
「だから、好きとか、そういうの、じゃなくて、!」
「えー?だったら何?どう考えても恋してる瞳だよ、大嶋くんがいとこさん見る瞳は」
「――っ、ただ、傍にいたい、だけ、で、」

かあ、と赤くなる頬を隠せていない疼吾は、それを自覚しているのか右手で顔を覆うように隠す。
女子生徒はにんまりと笑いながら、もう一度矢を引いた。

「ふうん、そっかあー」

返事は素っ気なく感じられたが、その口元に形作られた三日月は、紛れもなく女子生徒の感情を表していた。
弓が、しなる。





琥陽千仍は、美術室に入るなり油絵の具の独特の香りに顔を顰めた。油絵を誰かが描いたのか、と考える間もなく、荷物を置いて窓を開けに走る。外の酸素を思い切り吸い込んで、はあ、と息をついた。慣れない油絵の具の香りは、千仍はあまり好んでいなかった。
ついでに他の窓も開けようと、かた、と鍵を開けていく。から、と奥から二番目の窓を開けたとき、昼間の鈴音と林檎の妙な雰囲気が、千仍の頭を過った。

(今日、りんちゃんとりんご、変だったな)

二人が、自分の知らない秘密を共有しているのかと考えて、千仍は肩を落とした。だが、鈴音の一言が鮮明に思い返され、その考えは雲散霧消した。

『ちかげくん、なんか様子が変じゃなかった?』

(ちか、具合でも悪かったのかな?)

う、と唸るも、思い当たる点はなく、千仍は頭を悩ませた。ぐるりと思考回路を巡らせるが、特に体調不良というわけでもなさそうだと考えると、ますます混乱した。
熱はないという愛夏の嘘を見抜き、学校に行こうとした愛夏を引き止め、看病までした千仍だからか、愛夏の体調については自分のほうがよく分かっていると自負している。
様子が変、というのは体調ではないのか。そこまで考えて、他の美術部員が続々と美術室に入ってきた。

「あ!ちよちゃんごめん、油絵の具使ったのうちだ!」
「もー、窓開けてねー?」
「ごめんごめん!」

そこで思考回路が完全に停滞した千仍は、一旦忘れようと頭を振った。

(また後で考えよう、)

よし、と区切りをつけ、部活を開始した。




(きみの違う一面が見られる放課後、)








「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -