ひとりにもふたりにもなれそうでなれない



狗巻視点


名前を好きになったのはほぼ一目惚れだったと思う。今では名前を好きな理由はいくつでも思い付くが、その記憶一つ一つにしっかりと名前との思い出が刻まれている。まだ接点が少ない知り合って始めの頃は「笑顔が可愛い」と思っていたんだろう。
今でこそ名前の笑顔は見慣れてきたが、最初の頃はどうも笑顔を向けられることに慣れなくて苦戦したものだ。

名前との初対面は今でもよく覚えている。
高専に通うことになって初日、教室に行くと一人の女子生徒が椅子に座っていた。ぺこりと頭を下げると今まで一人でいたのが不安だったのか、ぱぁっと笑顔を浮かべて俺に近づいてきたのが名前だった。

「初めまして!名字名前です。よろしくね」
「しゃけ」
「しゃけ?しゃけってなまえなの?珍しいね」
「おかか」
「おかか?んー、しゃけおかかってなまえなの?」
「おかか」

自分は語彙をしぼっているから特に初対面の相手とは会話が成り立たないのは慣れている。会話が成り立たないことで変な人だと思われてその場を離れられることもよくある。自分に笑顔を向けてくれた彼女に申し訳なく感じながらも、目の前の相手はどう反応するかうかがっていた。
どうやら彼女は「しゃけ」「おかか」をなまえだと思い込んだらしい。首を傾げながら考えている彼女に口元の呪印を見せれば「あー!」と俺の言いたかったことが伝わった様子だ。

「もしかして呪言師?!」
「しゃけ」
「やっぱりそうだ!話せるのはしゃけとおかかだけ?」
「おかか。明太子、高菜、すじこ」
「語彙をおにぎりの具にしてるんだね!あってる?」
「しゃけ!」

一つ一つ楽しそうに答え合わせをしていく彼女と初対面だったが気が合いそうだなと思っていた。話が通じていくうちに嬉しそうに笑顔を浮かべる彼女に、俺のテンションも上がって最後語彙をおにぎりの具にしていると通じたときにはおもわずどちらからともなくハイタッチをしていた。

「なまえ何て言うの?呪言師は分かったんだけど、呪術界に疎くてごめんね。なまえ教えて?」
「しゃけ」
「狗巻棘くんって言うんだね。よろしくね!私の漢字はこうやって書くんだよ」
「ツナマヨ」
「ツナマヨも話せるんだ〜!」

「なまえ教えて?」と紙とボールペンを差し出してきた名前。そこになまえを書けば「いぬまきとげ」と復唱してきた。「いい名前だね!」と伝えられたあと「私のなまえはこうやって書くんだよ」と紙に名を書いてくれた彼女。
俺も彼女にいい名前だね、とお返しを伝えるために「ツナマヨ」と答えればにっこりと笑顔で「他にはなにを話せるの?」と聞いてきた名前。どうやら彼女とは仲良くなれそうだ。

「なんだ、二人でよろしくやってんじゃないか」
「わっ!女の子だ!やった!私は名字名前。あなたのなまえは?」
「禪院真希だ。みょうじでは呼ぶなよ」
「俺はパンダだ!よろしく」
「わぁ!パンダも仲間にいるなんて楽しくなりそうだね!隣にいるのは狗巻棘くん。呪言師だから語彙をしぼってるの。おにぎりの具で喋るんだよ!」
「こんぶ」

今年の一年は四人。名前と真希とパンダと俺。後に憂太が入ってくることになり、騒がしい学生生活になることになる。
名前とは任務も一緒になることが多かったし、普段何気ない会話をするのも名前が一番多い。一年のなかでも名前とは特に親しくしていたと俺は思っていた。実際真希にもパンダにも「棘と名前はいつも一緒にいるな」と言われていたほど、他人から見ても仲は良かったと思う。名前も俺に笑顔を向けることが多くて、「俺にだけ」と自惚れたこともあったほどだ。
それがどうしてこうなった。名前には俺たちとは別に特別な存在がいると知らされたときの俺の動揺を彼女にも知ってほしいと願ったほどだ。

「あのね、棘くんに紹介したい人がいるんだ」
「明太子?」
「一つ下の伏黒恵くんって言うんだけどね、昨年五条先生の紹介で知り合った子なの。私の話をいつも聞いてくれてるんだ。とっても優しい子なんだよ」
「いくら?」
「ううん。女の子みたいななまえだけれど男の子なんだよ。今度高専に来る予定だから仲良くしてあげてね。棘くんも恵くんも大切な人たちだから紹介したいんだ」

名前に特別親しくしている人がいるなんて知らなかったし、ましてや五条先生の紹介だなんてそんなこと知らない。俺の気持ちなんて気づいていない名前はその後も「恵くん」という名の男のことを嬉しそうに話している。
そして衝撃的な事実は実際にその男と会ったことで分かった。恵はいい子だ。可愛げのないところもあるが、実力もあるし優しさも兼ね備えている。しかし、彼は名前のことが好きだ。それは俺も同じ気持ちだからこそよく分かる。厄介なことになったものだ。

「狗巻先輩、いつも名前先輩がお世話になっています」
「高菜」
「先輩こう見えてわがままなので大変でしょう」
「なんてこと言うの、恵くん!」
「だって本当のことじゃないですか。狗巻先輩も大変だと思いまして」
「おかか」
「だから先輩の面倒はこれからも俺が見ますよ」

恵も俺が名前のことを好きだと分かったのだろう。初対面からやられた。俺の言いたいことは呪言にのみ込まれ、言いたいことも言えず俺は恵に「名前には手を出すな」と直接釘を刺されたのだ。
名前が意外とわがままなんてこと俺はとっくに知っている。けれど聞けば恵と名前は俺と名前が知り合うより前の仲のようだ。だからこそ俺は「名前とは俺の方が先に知り合っている」と言われたようなものだ。
それからだ。俺と恵の水面下の戦いが始まったのは。

「先輩、明日非番になりましたよね?新しい本を買いたいので付き合ってもらえませんか?」
「明日は棘くんとカフェに行くことになってるんだ。良かったら一緒に行く?棘くん、恵くんも一緒でもいい?」
「しゃけ」
「いやいいですよ。せっかくのお二人の休日を邪魔したくないので。その代わり先輩、今度の非番は予定空けといてくださいね」

お互い先に名前との約束が入っていたら邪魔はしない。だから名前との約束は早い者勝ちだ。
しかしいつ任務が入ってくるか分からない身だ。二人とも非番なんて予定が会う日はなかなかない。つまり名前と非番の日に二人で過ごせるのは運任せのところもあり、今のところ恵とは半々くらいで勝負はついていない。

「今度は狗巻くんと恵くんと一緒の任務だね!頑張ろうね!」

ごくたまに恵と名前と俺で任務になることがある。名前は一人で喜んでいるが、この三人での任務は地獄でしかない。恵も俺もお互いがお互い余計なことは言わないように、しかし良いところは見てほしくて自分のアピールは行うアピール合戦が行われるからだ。

「狗巻先輩は地下をお願いします。俺と名前先輩で上の階は見ますから」
「しゃけ」
「狗巻くん気を付けてね!」
「ツナマヨ!」

三人での任務のときはいかに名前と一緒にいる時間を確保できるかが問題となってくる。恵がそんなチャンスを見逃すはずがなく、今回は名前と恵が行動を一緒に取ることになった。
毎回のこのやり取りだってどっちが先に名前に声をかけるかで競ってるんだ。しかも自然に誘わなくてはいけないところも注意点だ。より多くの呪霊を祓い、より多く名前と接点を持たなくてはならない。三人での任務は気を遣うから、お願いだ。なるべく無くしてくれ。

「ツナマヨ〜!」
「わっ、どうしたの狗巻くん。甘えたさんなの?」

俺だって恵に先を越されているわけにはいかない。授業も終わり談話室に皆で集まっているとき、名前の隣をゲット出来たからそのまま勢いで名前の肩に頭を預けてみた。驚いた名前だが「甘えたさんなの?」とそのまま俺がくっついていることを許してくれた。

「しゃけ!」
「眠かったらこのまま寝てもいいよ」
「こんぶ」
「寝ちゃったらパンダに部屋に運んでもらうから」
「すじこ」
「えぇ、私の部屋はダメだよ。自分の部屋に帰ってね」
「棘、名前に甘えるのもいい加減にしろ」
「おかか〜!」

名前は優しい。俺が眠いのかと心配してくれるし、寝ちゃったら名前の部屋に運んでほしいとの俺のにも付き合ってくれる。真希には甘えるのもいい加減にしろと怒られたが、こんなチャンス逃してたまるものか。
ほら、恵も不機嫌そうな顔で俺たちのことを見ている。最近、恵にばかり先を越されていたからそのお返しだ。

「ふふっ、棘くんくすぐったい」
「ツナマヨ〜!」

−−俺の横で身を捩る名前が可愛い。このまま抱きついちゃいそうだ。あぁ、この幸せな時間が続けばいいのに。





「狗巻先輩、名前先輩のこと好きですよね?」

恵に話があると言われてやってきてみれば開口一番にそんなことを言われた。恵の気持ちは知っていたし、俺の気持ちもバレていたとは思う。お互い名前にアピールすることは張り合っていたが、お互いの想いに対しては口を出さない暗黙の雰囲気があったと思う。それを何故今わざわざ恵が破ってきたのか?

「名前先輩とは俺の方が先に関わってました。狗巻先輩は諦めてください。名前先輩は俺のです」

つまりは手を引けってことが言いたいのか恵は。そんなことを言われて易々と手を引くほど名前のことは遊びじゃないんだ。本気で考えてるからこそ自分の手で幸せにしたいと思うんだ。
視線を鋭くさせた俺の様子に俺からの答えは恵に伝わっただろう。そもそも恵も俺が簡単に引くとは思っていないはずだ。だからこそわざわざ俺に宣言してきたのだ。

「おかか」

恵がその気なら俺もその宣言受けて立とう。負ける気はしない。けれどそれは恵も一緒だろうな。俺に勝てると思ったからこそ今このときに口にしたと思う。
ならば尚更俺も負けるわけにはいかない。いつまでも仲良しごっこじゃいられないんだ。たとえそれが名前にどちらか選ばせる結果になったとしても。




top



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -