俺だけがいない思い出



先輩を好きになったのはいつからだっただろうか、最初五条先生に連れられた彼女を見たときは「あぁ、すぐに死んでしまうだろう」と正直思った。
家の事情も聞いている、きっと呪術師として生きていくこと自体彼女には合っていない。いつだって下を向いて歩く彼女は俺のなかで薄い存在だった。

その印象が変わったのは彼女の家のことを一緒に話したときだった。彼女はけっして自分の運命に従っているわけじゃなかった。彼女なりにどう抗えるのか探している最中だったらしい。
ただ答えが見つからなくて自信がなかった、と前を向いて答える彼女に俺は呪術師としての今後を垣間見た。

その日確実に俺のなかで存在感を持った先輩は、それから着実に俺のなかに侵食していった。

「恵くん、私はなにがあっても恵くんの味方だからね」

津美紀の事件のあと、先輩が最初に俺にかけた言葉。津美紀のことを残念がるわけでもなく、ただ俺にかけられた言葉に俺は安心するとともに不安になった。
この人は俺のことをどう思っているのだろうか。津美紀なしじゃなにもできないガキか、それとも伏黒恵という一人の人として見ているのか。
答えは分からない。ただ今は先輩が俺を気にかけている、それだけは分かった。

先輩が俺を気にかけてくれている。それだけで良かったはずなのに、いつの間にか俺はそれ以上のことを望むようになった。
それなのに......タイミングが悪かったと言えば一言で済んでしまうが、時とは残酷なもので俺が今の関係以上のものを望むようになったとき先輩には好きな人ができた。

「恵くん、今とても幸せなんだけど同時に地獄にいるみたい」

相手は先輩と同期の狗巻先輩だってことも、先輩の口から直接聞いた。どんなやつなのかと思っていたら近いうちに五条先生に任務の関係で高専に連れられて、俺はその人物と対面することになった。
先輩の家庭の状況は知っているーー家から呪詛師を出したことで先輩は狗巻家の人間を好きになってはいけないと思っているし、自分は幸せになっていけないとも思っている。

地獄?どうせなら先輩と地獄に堕ちてもいいってやつを選べよ。俺は先輩と一緒なら地獄にでも堕ちるから。

「恵くん聞いて、今日狗巻くんと一緒の任務だったの。狗巻くんって強いんだよ!呪霊を一気に追い払っちゃってびっくりしちゃった」
「......それでアンタは見てただけなんですか?」
「はい......恥ずかしながら」

嬉しそうに話す先輩のテンションの高さと狗巻先輩へのイラつきでつい先輩に冷たくしてしまったが、別に悪いとは思ってない。浮かれている先輩がいけないんだ。
先輩、俺が一年で二級になれば俺のことも認めてくれますか。先輩とのないようでデカイ一歳差に俺は今日も現実を浮きつけられる。

「恵くん、今日はね」

それからの先輩は高専のこと主に狗巻先輩の話題しか口にしなくなった。「今日は一緒の任務だった」、「休日一緒に過ごした」、「今日の彼の様子はこんなだった」、正直どうでもいい。先輩の口からあの人の名前が出る度、俺の心は嫉妬と拒絶で黒く塗られていくようで、なんど話をやめてほしいかと言おうと思ったか。
けれどその度に先輩が「話を聞いてくれてありがとう」なんて言うから、俺は先輩の話を聞かざるを得なくなっていく。

俺は先輩を否定することなんてできなくて、いつの間にか先輩のなかでは俺はいつでも話を聞いてくれる後輩になっていた。
喜びはしない。けれどもこの立場を降りるつもりもない。先輩の唯一の存在になれるなら、結局俺はなんでもいいんだろう。

「恵くん......つらい」
「また狗巻先輩のことですか?」
「好きになってはいけないって分かってるのに、どんどん好きになってしまうの」

俺は先輩の気持ちが理解できない。けれど、一つだけ分かることがある。ダメだと思うほどのめり込んでしまう、先輩も俺も結局は底なし沼に自らハマりに行っているんだ。先輩は自分の家庭事情から好きになってはいけないと思っている相手を、俺は好きな人がいる先輩を、こんなのどうやっても救われないじゃないか。

「恵くんに捨てられたら私生きていけない」

狗巻先輩を好きになってからの彼女は呪術師としての技術は上がっていったが、その逆に精神的には脆くなっていった。狗巻先輩への思いが伝えられないつらさを俺に吐露するようになっていったし、同時に俺に依存していくかのように俺に見捨てられるのが怖いと言い出すようになっていた。

先輩のことを見捨てるなんてしないのに。けど先輩のなかで俺の存在が大きくなるのならそれでいい。いつの日かアンタの好きな人の存在よりも、俺が占める割合の方が高くなればいい。

「俺は先輩のこと見捨てないですよ」
「本当?約束だよ、恵くん」
「いいですよ。その代わり先輩もこの約束のこと忘れないでくださいよ」
「うん。ずっと忘れない」

どうせなら死ぬまでこの約束を忘れないでいればいい。先輩が俺のことを忘れなければ、俺も先輩のことを忘れないでいられるから。もともと先輩との約束は忘れる気などないが、お互い覚えていれば仮に死んでも引き合わせてくれるだろ。
呪術師なんていつ死ぬか分からない世界にいる。先輩が先に死んだとしても俺が死んだら迎えにいきますよ。

こうやって俺も先輩に依存していくんだろう。現に俺の生活にはもう後戻りできないほど先輩がいたるところに侵食している。

「恵くん、今日から高専だね。おめでとう」

先輩の話を聞くだけだった一年が過ぎ、やっと先輩と同じ高専に入れることになった。先輩と同じ高校に通う、先輩と同じ場所にいる、そんなことがとても嬉しくてようやく先輩と同じ世界にいられると思ったんだ。

しかし、高専に入って分かったことは一つ。狗巻先輩も名前先輩のことが好きだということだった。

「狗巻くん、恵くんだよ。いつも狗巻くんに恵くんのこと話す一方だったから、これから三人で一緒にいられて嬉しいね」
「しゃけ!」
「恵くんもこれからよろしくね」

狗巻先輩の前での名前先輩はいつも彼女に話を聞いている様子とは違い、悲観的ではなく明るく振舞っていた。狗巻先輩と一緒にいるとあれだけつらいと言っていた先輩の面影はどこにもなく、狗巻先輩といることが楽しいと訴えているかのような笑顔だった。

そんな先輩の雰囲気にも面食らったが、それよりも狗巻先輩が俺を警戒するような表情、そして狗巻先輩が名前先輩のことを「自分のものだ」と主張する様子に俺は先輩が話す「事実」がいかに現実離れしているか思い知ったのだ。

「恵くん、私このまま狗巻くんを好きなままでいいのかな」
「無理してやめようとしなくてもいいんじゃないんですか。先輩が好きなように生きればいいと思いますよ」

先輩が狗巻先輩を諦めても狗巻先輩がアンタを諦めるわけがないじゃないですか。それならばなにも進展しない今のままの方がいいですよね。

先輩には悪いですが、狗巻先輩も様子見をしている今だからこそ準備ができるんです。狗巻先輩にも時間を与えてしまうかもしれませんが、誰かが動き始めればこの関係はすぐに壊れるんでしょう?

「恵くんに嫌われたらどうしたらいいか分からない」

狗巻先輩と初めて会った日も知ってる、狗巻先輩と初めて任務になった日も知ってる、狗巻先輩を好きだって気付いた日も知ってるのに、アンタの思い出には俺だけがいない。

いっそのことアンタのことを嫌いになれば、少しは俺のこと見てくれますか。




top



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -