あの人のことが好きな君は大嫌い。



任務で怪我をした。それも気を失うほどの。
幸い一緒の任務だった虎杖くんに運ばれたことまでは覚えている。
うっすらと意識が覚めていくなか、隣に誰かの気配を感じた。恵くんかな。きっと私の様子を見に来て起きてるのを待っているのなんて、恵くんしかいない。
そう思って彼の名前を呼んだのだ。

「めぐみ、くん」
「......おかか」

うそ。返ってきたのはいつもより低い狗巻くんの声だった。
あれ?恵くんじゃないの?狗巻くんがいるの?
どうしても信じられなくて、横を向いたらむすっとした表情の狗巻くんがいた。
あ、やばい。怒ってる。
伊達に一年一緒にいたわけじゃない。狗巻くんの表情は手に取るように分かるようになった、はず。
今の狗巻くんは絶対に怒っている。

「ご、ごめんね。狗巻くんだと思わなくて」
「こんぶ」
「なんで恵くんだと思ったのかって?えっと、恵くんと仲がいいからかな」

なんで私は疑問系で答えているんだ。
恵くんとは仲がいいと思っている。一番に見舞いに来てくれるのも恵くんだと思っている。
けれど心の奥底でどこか恵くんにそう思われてないかもしれないって思ってて自信がないんだ。
私はいつもこうやって自分で自分の自信を失くしていく。

「明太子」
「恵くんの方がよかった?そ、そんなわけ。あ、えっと、」
「すじこ」
「あ、謝らないで。狗巻くんがいてくれて嬉しいから。本当だよ」
「しゃけ」

狗巻くんに「恵くんの方がよかったか」なんて聞かれてなんて答えたらいいか分からなかった。
狗巻くんの方がよかった、なんて言うのも違う。でも恵くんの方がよかった、も違う。
答えに迷っている私に狗巻くんが謝るものだから、私は咄嗟に狗巻くんがいてくれて嬉しいと本音を伝えた。
あぁ、私の本音を伝えても私が苦しいだけなのに。
でも、今日初めて狗巻くんの笑った顔が見られたからよかったのかもしれない。

「ごめんね、狗巻くん。狗巻くんのこと間違えて呼んじゃって」
「しゃけ」
「狗巻くんが来てくれるなんて思わなかったの」
「明太子?」
「どうしてそう思うのかって?えっと......」

狗巻くんと私はそこまで仲良くないから......そうネガティブな答えが胸につっかかって。私は自分で自分の首を絞めているの。狗巻くんへの想いが胸につまって今にも窒息しそう。
そんなこと狗巻くんに言えるはずもなく、私は狗巻くんからの質問を濁すしかなかった。

「高菜」
「私に怪我をしてほしくないの?心配してる?ありがとう」
「しゃけ」
「ありがとう。狗巻くんみたいに強くなれるよう頑張るね」

私に怪我をしてほしくないと伝えてくれる狗巻くん。あぁ、狗巻くんと二人きりでいれるこの時間がもっと続けばいいのに。でも狗巻くんといる時間が長くなればなるほど、自分の想いを押し殺さなくてはいけないことも分かってる。それでも、狗巻くんと一緒にいれたなら幸せなんだ、今だけは。

「あの、狗巻くん。この前クッキーくれてありがとう。美味しかったよ」
「しゃけ!しゃけ!」
「うん。あれ私の好きなクッキーなんだ。知っててくれていたの?......嬉しい」

なんだか普通に狗巻くんと話せるのが恥ずかしくて咄嗟にこの前のクッキーの話を持ち出せば、狗巻くんから私がそのクッキーを好きだって知ってたと言われた。嬉しい......勘違いして自惚れちゃうくらいに。
きっと狗巻くんは友達にあげる程だったのかもしれないけれど、わざわざ狗巻くんが私の好きなクッキーを選んでくれたというのが嬉しいの。

「ありがとう......とっても嬉しい」
「しゃけ」
「迷惑じゃなくてよかったって?狗巻くんからのプレゼントはなんでも嬉しいよ、本当」
「高菜」
「私からのプレゼントも欲しいって?うん、今度渡すね」

本当にこの時間がずっと続けばいいのに。術師のしがらみなんてなくなって、私が狗巻くんを好きでいられる世界でいられたら......そんなことありえないって分かってる。分かっているけれど、どうしても願ってしまうことだけは許してくれないかな。
狗巻くんと二人で過ごしたいなんて贅沢言わない。ただ狗巻くんを好きでいられる、それだけでいいの。

「......先輩、」

狗巻くんとの穏やかな時間のなかに誰かが廊下を走ってくる音が追加された。誰だろうと思って扉のほうに視線を向ければ急いで走ってきたことが一目で分かる姿をした恵くんがいた。
あれ、今私なにを思ったの?狗巻くんとの時間がなくなってしまった?それとも恵くんが来てくれて安心した?

「恵くんどうしたの?」
「どうしたのじゃないですよ。アンタが倒れたって聞いたから急いで駆けつけたんです......その様子じゃ心配して損しましたね」
「あ、私任務で気を失ったんだよね。すっかり忘れてた。ごめんね」
「......ったく、アンタって人は」

恵くんには悪いけど狗巻くんとの会話が楽しすぎて自分が倒れたことさえも忘れていた。本当に恵くんには悪いと思う。と同時に私のなかでの狗巻くんの存在感の大きさを改めて認識してしまう。
ため息をついた恵くんは私のベッドの横......つまりは狗巻くんが座ってる椅子の横に立った。

「狗巻先輩。もう大丈夫ですよ。この人の面倒は俺が見るんで」
「おかか」
「狗巻先輩まだ明日も任務ありますよね?もう休んだほうがいいですよ」
「恵くん、三人でお話ししようよ」
「誰のせいでこうなってると思ってるんですか?」
「......ごめんなさい」

今日の恵くんはなぜか冷たい。狗巻くんと三人で話せばいいのに何故か狗巻くんを部屋に戻そうとする。いや、二人がここにいることになった原因を作った私がなにも言えることはないけれど。
それにしたって三人でお話ししたほうが楽しいではないか。でも、狗巻くんの時間を取っちゃうことになるし......けど狗巻くんともっと一緒にいたい......

「恵ー!!報告書ー!!」

この先どうしようと迷っていたら、そんなことお構いなしのように廊下から悟先生の大声が響いてきた。おもわず恵くんの方を見ると「チッ」と舌打ちした恵くんと目があった。あ、今の恵くん人一人殺せそうな勢い。

「恵......あれ?もしかして僕お邪魔だった?」
「......報告書書きますよ」
「名前大丈夫ー?恵も邪魔しちゃってごめんねー。名前が怪我したって聞いて急いで帰ってきたもんね」
「そうだったの?恵くんありがとう」
「いいですよ。心配して損しましたから」
「恵そんなこと言わない。どうせ棘に先を越されたことが嫌だったんでしょ。ほら、我が儘言わない。報告書書くよ」

半ば強引に悟先生に連れていかれた恵くんがいなくなったあと私と狗巻くんの間には沈黙が流れた。悟先生の馬鹿、タイミング悪すぎだよ。
それにしても悟先生の「棘に先を越されたことが嫌だった」って言葉の意味が分からない。もしかしてお見舞いの話?それとも私が知らないところで二人だけの関わりがあったのかな。

「しゃけ」
「なんだか狗巻くん嬉しそうだね。口元隠れてるから表情見えないけれどそう思う。嬉しいことでもあったの?」
「明太子」
「秘密?えー私にも教えて欲しいな」

あの恵くんと悟先生の一件があったというのに狗巻くんはなんだか楽しそうにしている。その理由を聞いたのに「秘密」と言われてしまい私は口を尖らす。
狗巻くんのことはなんでも知りたいの。教えてほしいけど、今は教えてくれそうにもないから今度また聞いてみようかな。



◇◇◇



あのあとお見舞いに来てくれた狗巻くんと別れて、私は恵くんの部屋の前に来ていた。せっかくお見舞いに来てくれたのにあのまま少ししか話せないでお別れしちゃったのが気になったのだ。
トントンと軽くドアをノックを叩けば、不機嫌そうな恵くんが顔を覗かせた......あー、これ絶対虫の居所悪いやつだ。

「恵くんごめんね。さっきは来てくれてありがとう」
「......良かったですね、狗巻先輩がお見舞いに来てくれて」
「恵くんが来てくれたのも嬉しかったよ」
「正直俺が五条先生に呼ばれていなくなってホッとしましたよね?先輩」
「そんなことないよ。なんでそんな棘がある言い方するの?」

恵くんはなにに怒ってるんだろう。いつから怒ってるの?なんで恵くんにこんなに冷たい言い方をされなきゃいけないのか私には分からない。
いつもはどんなときでも優しい恵くんから急に冷たくされて私は胸がきゅぅっと痛くなるのを感じた。やめてよ、そんなに冷たく接しないでよ。

「恵くんから冷たくされると私どうしたらいいか分からなくなる」
「俺はいつも優しいわけではないです」
「......私が悪いことしちゃったらごめんね。恵くんだけは私の味方でいてくれるって勘違いしてたの」
「先輩の味方ではいますよ。今日はイラついてて......アンタに当たりたくないので帰ってください」

ごめんなさい。そう伝えると目の前の恵くんの表情が険しいものになった。恵くんにその表情をさせているのが私だと思うと辛いものがある。
今日は狗巻くんとたくさんお話しできて良かった、恵くんともお話しをしたいと思うのに何故かそれが上手くいかない。本当はもっと恵くんと話したい、いつものように恵くんに悩みを聞いてもらって大丈夫だって言ってほしい。

「これだけは言わせて......今日狗巻くんがお見舞いに来てくれるなんて思わなくて、狗巻くんのこと恵くんの名前で呼んじゃったの」
「......は?」
「恵くんが一番にお見舞いに来てくれると思ったの......じゃあね、おやすみなさい」

恵くんの顔を見るのが怖くて私はそのままぺこりと頭を下げて恵くんの前から立ち去った。
明日は恵くんと今まで通りに話せるようになっていたい。ただそれだけを願って。



ーー−だからあの人のことを好きな先輩は嫌いなんですよ。







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