きみが傷付いてくれたら本望だ



狗巻くんとの任務も無事終わったんだけど、一つ問題が発生した。
任務が終わったあとに「お疲れ様」との意味合いでお菓子をもらったのだ。
しかも私が大好きなクッキー。
私が好きなメーカーをわざわざ選んでくれたのかなと自惚れたのは許してほしい。

「狗巻くんにお返ししたほうがいいよね」

こんなアピールできるチャンスを無駄にしたらダメだ。
分かってる。そんなアピールしても意味ないって。だけど......
私も狗巻くんが喜ぶものをお返しして少しでも話す機会を得よう。
今度の任務に使ってもらおうと喉痛用のスプレーを何個か手にしたところで、狗巻くんのところに向かった。
しかしその先に待っていたのは待ち望んで光景とは程遠いものだった。

「こんぶ」
「え、私にくれるの?どうもです」
「ツナマヨ」

目の前には大好きな狗巻くんと......なぜか野薔薇ちゃんが一緒にいる。
なかなか見ない組み合わせだななど考えていたら、狗巻くんが手にしていたなにかを野薔薇ちゃんにあげた。
よく見るとこの間私にくれたクッキーではないか。
なんで狗巻くんが野薔薇ちゃんに?、もらったのは私だけじゃなかったの?、など考えがぐるぐると駆け巡るなか私はくるりと後ろを向いて来た道を駆け出していた。

「こんぶ!」

私に気付いた狗巻くんが私を呼ぶ声が聞こえる。
だけどね狗巻くん。私馬鹿だからあなたの声が聞こえない振りをするの。
あなたの言葉が分からない振りをするの。
だってそうでもしないと今すぐにでも泣きそうなこの気持ちが耐えられないもの。
悪いことをしてしまったと狗巻くんの声が脳内を反射する度、私の心は勝手に傷付いていく。

「ごめんね......狗巻くん」
「また狗巻先輩となにかあったんですか」
「恵くん」

反射的にいつもの場所に来たら珍しく先客がいた。
まさか恵くんがいるとは思わなくて涙でぐしょぐしょになった顔を見られてしまった。
恥ずかしい。
そんな私の羞恥心なんか関係ないと言わんばかりに表情一つ変えずに恵くんが問いかける。
本当はなにかあったなんて聞かなくても分かるくせに。

「......恵くんの馬鹿」
「八つ当たりですか」
「私だけじゃなかったクッキーもらってたの」
「......あぁ、あれか」
「私だけ浮かれちゃって馬鹿みたい」

クッキーをもらった話を喜んでしていた私が馬鹿みたい。
少しして話を理解した恵くんは私からふと目線をずらした。
恵くんは狗巻くんが私以外にクッキーをあげてたこと知ってたのかな。それともめんどくさいって思われたかな。
目線をずらされたその反応が恵くんに拒否されたみたいで私は止まっていた涙を再び流す。

「名前先輩は馬鹿じゃないですよ」
「じゃあなんだっていうの......ごめん」
「少なくとも俺は喜んでいたアンタの姿が好きでした。馬鹿なのはあなたじゃありません」

恵くんの言ってることが私にはさっぱり分からなかった。
馬鹿じゃないと言われておもわずむっとしてしまった。別に怒るところじゃないのは分かってる。
でも、私の意見を否定されたみたいで悲しくなってしまったから。
そんな私に追い討ちをかけるように私の喜んでる姿が好きだったなんて訳の分からないことを言ってきた恵くん。
今日は恵くんの考えが分からないや。

「もう恵くんも分からない」
「先輩には分からないでしょうよ。あなたはなにも知らずに幸せに暮らしていればいい」
「なにそれ。私の狗巻くんへの想いを知っていてそんなこと言うの」
「わざわざ不幸へ足を踏み入れなくってもいいってことですよ。もう狗巻先輩のこと好きなのやめてもいいんじゃないんですか」

今私はどんな表情をしているんだろう。
好きなのをやめてもいい?今まで私の気持ちに対して応援も否定もしなかった恵くんから初めて言われた言葉は、私の心を惑わすどころか今までの動揺を制するものだった。
好きなのをやめる?そんなこと......

「そんなことできない」
「でも先輩が辛いだけですよ」
「分かってる。分かってるけどやめればいいなんて言わないで。私何て言ったらいいか」
「答えは今出さなくていいです。ただ少し考えてみてください」

考えてみて、そう言う恵くんの顔は真剣なものだった。
分かってる。私の狗巻くんへの想いは叶わないって。
だけど私から狗巻くんを取ったらなにが残るんだろう。空っぽの私になにができるんだろう。
泣きそうになった表情が分かったのか、恵くんがため息をついた。
あぁ、恵くんに嫌われたくない。

「先輩はどうしたいんですか」
「どうって......ただ、今はこれ以上こんな醜い感情を出したくない。私は狗巻くんも野薔薇ちゃんも好き。嫉妬なんてしたくない。こんな自分が嫌だ」

狗巻くんも野薔薇ちゃんも大好きなのに。私は今胸の中に真っ黒な感情を抱いていて、同時にそんな自分が嫌なのだ。
ふと疑問が湧いた。恵くんは私のことを置いていかないでいてくれるのかな。
私、恵くんに捨てられたらどうしたら分からない。
不安で不安で仕方がない。

「恵くんは私がどんな答えを出しても側にいてくれる?」
「当たり前ですよ。俺は先輩の味方です」

あぁ、恵くんはいつだって私の味方でいてくれるんだ。
それがとても安心する。
今だってこんな辛い狗巻くんへの想いをやめていいなんて言われて混乱もあったけど、少しだけほっとしたんだ。
もう辛い思いしなくてもいいよって、狗巻くんのことを諦めても私は一人じゃないんだよって。
ほら、依存してるのは恵くんだけじゃない。
いつも欲しい答えを出してくれる恵くんに私も十分依存している。




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