その手で終わらせてくれるのならば



恋とは残酷だと思う。少なくとも私は恋をして楽しさよりも辛さを感じている。恋愛とは娯楽であるなんて誰が言ったのだろう。
もしあの人のことを忘れられる方法があるというのなら、私は迷わずその手を取るだろう。あの人と出会う前に戻れるのならなんだってする。私の頭からあの人の記憶を消して......そんなことできないって分かっている私は今日もあの人の前で仮面を付けて生きる。私にできる精一杯は滑稽にもただそれだけ。

「狗巻くん、今度の任務の資料。日下部先生から」
「ツナ」

できるだけ余計なことは話さないように。そっけない態度と言われても構わない。私の想いが溢れ出す前に目の前から逃げなくちゃ後戻りできなくなる。
ありがとうと狗巻くんから返ってきて、私は作るのに慣れてしまった笑顔を狗巻くんに向ける。

「こんぶ」
「うん。よろしくね」

よろしくと声をかけられ、私は笑みを崩さずに頷きながら返事をする。作るのに慣れすぎてしまった笑みはあまりに自然に作れるものだから、本物の笑みともう区別がつかないのでは内心思ってしまう。
狗巻くんの言葉だってほとんど理解できるようになってしまった。こんな風になるなんて一年前は思いもしなかったよ。それもこれも大好きな狗巻くんのせい。

「狗巻くんと一緒の任務久しぶりだね。楽しみにしてる」
「しゃけ」

本当は狗巻くんと同じ任務になれてとても嬉しい。でも私の気持ちを全て伝えてしまったら狗巻くんに引かれそうで。私に言える少しの気持ちを伝えてみた。
ほら、優しい狗巻くんは私の気持ちを肯定してくれる。それに他意はないと言うことを知っているから、私はこれ以上言えない。狗巻くんにとって私は友達でしかすぎない。

「じゃあ、明日よろしくね」

これ以上いたら駄目だ。もっと狗巻くんと話したくなってしまう。私の我が儘な心に支配されないうちに離れなきゃ。狗巻くんの返事も聞かずに私はその場をあとにする。
向かう先は裏庭。花の一つも咲いていない庭と呼んでいいかさえ不明なその場所は私の気持ちを吐露できる所となっている。ここに来る人なんてそういない。それほどまでに廃れたところなのだここは。

「......好き」

時々言葉に出さないと想いが溢れかえって溺れてしまいそう。誰もいないこの場所では狗巻くんへの想いを出せるけど、直接本人に伝えることはない。正確には伝えられないのだ。
代々呪術師の家系だった私の一族。でも過去に一族から呪詛師を出したことで一族の運命は全く違うものになってしまった。他の呪術師の家系から蔑まれ、立場も弱くなった。

「そんな私が狗巻くんを好きになってはいけない」

狗巻くんは立派な呪言師の一族だ。私なんかが恋心を抱いたら狗巻くんの邪魔になってしまう。理解していても好きな気持ちを諦めきれなかった私は、狗巻くんを好きなままでいてもこの想いを封印し狗巻くんに直接伝えることをやめた。

「辛いなぁ。いけないことしてるのは私の方なのに」
「また落ち込んでるんですか?」
「恵くん......」

悪いのは私なのに、まるで私が悲劇の女王みたいに辛さを感じるなんて可笑しな話と思って乾いた笑いをしていたら後ろから声をかけられた。
こんなところに来る生徒なんて私と"彼"以外考えられない。後ろを振り向けば、無表情で佇む恵くんがいた。

「恵くん私のこと見つけるの得意だね」
「見つけたくて見つけてるわけじゃないんですけど」
「そうだよね。毎回ごめんね」

一年の伏黒恵くんとは中学生からの付き合いになる。たまたま五条さんに紹介されて知り合った私たちは、お互いの境遇もあってかすぐに打ち解けた......少なくとも私はそう思う。
恵くんは禪院家のことをなんとも思ってないみたいだけど、私の一族の立場については理解をしてくれていて、こんな私とも仲良くしてくれている。

「また狗巻先輩のことですか?」
「......うん。どうしたら忘れられるかなぁって」
「毎回言ってますけど忘れられないうちは無理に忘れようとしなくてもいいんじゃないですか。時が来たら忘れられますよ」
「その"時"っていつ?......ごめん、めんどくさい奴になった」

恵くんは優しくて、私の狗巻くんへの想いを否定しないでいてくれるし応援もしないでいてくれる。その恵くんなりの優しさに私はいつも甘えてしまって、結局いつも恵くんを困らせてしまう。そんな私に今でも付き合ってくれているんだから感謝しかない。

「はぁ......アンタはいつもそうやって言いますけど、何度同じこと繰り返してるんですか。少しは自分の気持ち受け止めて、前に進んだらどうですか」
「......ごもっともです」
「好きになることをやめられないのなら、好きなままでいいじゃないですか」

恵くんは時に厳しいことを言って私を沼の底から引き上げてくれる。恵くんから差し出されるその手がいつかなくなってしまうのではないかと恐怖さえ覚えるほどに。
私は恵くんに寄りかかって生きていて、それを恵くんも分かって私と付き合いをしてくれている。我が儘な奴だ、私は。

「ありがとう。恵くん」
「俺はただ名前さんが悲しんでいる姿を見たくないだけです」

津美紀ちゃんと私が仲良かったのもあるからだろう。津美紀ちゃんがあんな風になってしまってから一層恵くんは私の側にいることが多くなった。
私に津美紀ちゃんのことを重ねているのか分からないけれど、結局私も恵くんもお互いを大切に思うと同時に利用している。なんて歪な関係になってしまったのか、私と恵くんは。でも、私にはこの関係を終わらせる気も更々ないのだけれど。





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