フラペチーノと謝罪と轟焦凍 轟ver.



体育祭後、お母さんと会って話をした。拒絶されるかもしれねぇ、そう思って挑んだお母さんとの面会はお母さんに俺自身を受け止められて終わった。
これから俺はなりたいヒーロー像を目指して進んでいかなきゃいけねぇ、そう思うのだがある一つのことが気がかりで俺は思考を巡らしていた。

それは体育祭のとき親父へのイラつきをぶつけてしまった名字のこと。それが気がかりで俺の思考は名字で埋め尽くされていた。
きっと名字に嫌われただろうな。正直親父への怒りで名字に言ったことを正確には覚えていない。ただ、彼女を泣かせてしまったのははっきりと覚えている。目の前でポロポロと頬に涙を流し泣いている名字が頭に思い浮かんでは俺は後悔に襲われる。

けど後悔に襲われたってこの先どうしたらいいか分からねぇ。ただ、嫌われたとか怖がられたことは確実だと思う。お母さんのときみたいに俺の存在が相手にプレッシャーを与えていると思うといたたまれなくなる。
彼女はお母さんじゃねぇ。家族でもないやつにどう接したらいいんだ。

珍しく好物の蕎麦を目の前にして考え込んでいたからだろう。そんな俺の様子を冬美姉が気付いて声をかけてきた。

「焦凍大丈夫?眉間にシワが寄ってすごい表情してるけど、もしかして悩みごとでもある?」
「......女子を泣かせちまった。どうしたらいいか分からねぇ」
「え?!焦凍それ早く謝った方がいいよ!なにしちゃったの?」
「親父への怒りを八つ当たりしちまった。多分もう話してくれないと思う」
「......そっか。でも相手の子には謝った方がいいよ。その子は最初嫌がるかもしれないけれど、焦凍の思いを正直に伝えたらきっとその子も分かってくれるよ。その子も辛い思いしてると思うから一日でも早くね」

冬美姉に名字のことを軽く話したら早く謝った方がいいと言われた。当然ながら名字の連絡先も知らねぇし学校で会った時に謝ることになるんだが、名字は俺の謝罪を受け止めてくれるだろうか。
黙って考えている俺に冬美姉が「焦凍はその子と今後どうしていきたいの?」と問いかけてきた。名字とは関わっていきてぇ、A組だからとか関係なく。そのことを伝えたら「じゃあ尚更謝らなきゃね。正直な焦凍の気持ちも伝えてね」と言われた。そうだな、まずは謝らねぇと。

「名前ちゃん、放課後教室に残って皆とおしゃべりしない?」
「......ごめんね。今日は疲れちゃったから家に帰るね」
「ゆっくり休んでね。無理しないように!」
「ありがとう三奈ちゃん。皆もまた明日ね」

次の日、雄英で名字と話せる機会をうかがっていたが名字はいろんなやつ、特に女子にいつも囲まれて近づけもしなかった。
放課後なら捕まえられると思ってたんだが浮かない顔して女子との約束を断っていて、もしかしたらその原因が俺かと思うと声もかけれねぇ。下を向いて歩く名字にそのまま声もかけれず、かといってこのまま家に帰る気にもなれず俺は名字のあとを追っていた。

名字はある店の前で立ち止まるとそのままなかに入っていき、俺はこの先どうするか悩んだ。名字は一人だ。今なら声をかけられるかもしれねぇ。けど店まで追いかけてきたなんて知られたらもっと嫌われるかもしれねぇ。
俺はどうしたらいいか分からず、とりあえず名字の顔だけ見て彼女の様子で決めようと思って店のなかに入った。

名字にバレないように彼女の様子をうかがうと、なにやらスマホを見て微笑んでいた。それが幸せそうな表情をしていて俺はなにも考えずにおもわず名字に話しかけていた。

「名字」
「え......と、轟くん?」

スマホから顔を上げた彼女はとても驚いている様子で、その瞳には恐怖が宿っていることが分かった。一瞬まずいことをしたかと引き下がりそうになったが、ここまで来たんだ。彼女に謝らねぇと。
このチャンスを逃したらこの先ずっと俺は後悔することになると思う。

「えっと、私もう飲み終わるからこれで失礼するねっ、」
「待て、名字。話がある」
「......わ、わたしはないかな?また学校でね」
「待て、」

予想はしてたが、名字は俺との会話を望まず足早にその場を立ち去ろうとする。声をかけるも話はないと言われてしまい、俺は名字の手首を掴むことで強引に彼女を引き留めてしまった。

「名字に謝りたい」
「......えっと、なにを?」
「体育祭。名字に八つ当たりしてきついこと言った」
「......そのことだったらもういいよ。全部本当のことだし。わ、わたし急いでるから、」
「悪かった」

掴んだこの手を離してしまえばこの先ずっと名字が俺の話を聞いてくれないような気がして、俺は緊張で汗ばむ手を離せなかった。
「悪かった」そう頭を下げればあんなに隙があれば逃げ出そうとしていた名字がその場で動かなくなった。お願いだ。話を聞いてくれ。

「えっと......このままじゃ目立っちゃうから、まずはその、手を離してくれないかな?」
「悪りぃ」
「このまえのことならもう大丈夫だから。気にしないで」
「それじゃダメなんだ......名字とちゃんと話がしたい」

おもえば俺らは店内で目立っていたかもしれない。感じる視線を絶ちきるように名字の手を離せば、少しだけ彼女がほっとした表情をした......悪かったな。
まだ俺から避けようとする名字にちゃんと話をしたいことを伝えれば、少し困った表情をした名字がいた。

「は、話があるんだったらとりあえず座らない?このままだと目立つというか、」
「あぁ、分かった」
「轟くんもなにか飲む?ここお店だからさ」
「......頼み方が分からねぇ」
「え?あ、ついていくね」

そうかここ店だったな。名字と話したくて彼女のあとをついてきちまったがこういう店入ったことがねぇし、そもそも頼み方が分からねぇ。
仕方ねぇから名字に正直に頼み方が分からねぇことを言えば、レジまでついてきてくれることになった。優しいな、名字。

「なににする?コーヒーとか紅茶とかいろいろあるよ」
「メニュー見ても分からねぇ」
「轟くん甘いの好き?この期間限定のいちごがおすすめだよ。どれにするか決まってなかったらこれにする?」
「あぁ」
「すみません。いちごのフラペチーノ一つください」
「名字は何もいらないのか?」
「うん。もうフラペチーノ飲んだから」
「......このいちごのケーキ一つください。名字になにかあげてぇから奢らせてくれ」

名字はいろいろとメニューを見せてくれるがいまいち分からない。そのことを伝えれば期間限定のいちごのやつをおすすめされた。名字が飲んでるなら間違えないだろ、という思いが勝手にあり俺は名字の言う通りにした。
頼んでいる最中、姉さんに「ケーキの一つでも奢ってあげなさいね」と言われたことを思いだし、ケーキを頼んでみた。ショーケースに並んでるから注文できるんだろ?

「ありがとう。えっと、話ってなにかな?」
「体育祭で名字に辛くあたったろ。それを謝りたくて。理由にならないが親父のことでイラついてた。悪かった」
「......う、うん」
「正直名字とはもう話せねぇと思った。けどそれじゃあ前に進めねぇんだ。名字には悪い。俺のこと殴っても蹴ってもいい。俺を許さなくていい。ただ......できたら俺と話をしてほしい」

名字に正直な気持ちを伝える。そのためにはまず彼女と話をしなきゃならねぇ。やっと俺の話を聞く気になってくれたらしい名字に俺はなるべく彼女に誠意が伝わるように謝った......つもりだ。
話をしたいわりには彼女からの言葉を聞くのが怖くて心臓がドクドクと脈打ってるのが分かる。

「......轟くんの言葉は正しかったと思ってる。今でも体育祭の自分を思い出すと悔しいし、情けない。でも正直轟くんと話すのは少し怖いかな」
「怖い思いさせて悪かった。あの時名字を泣かせたことも謝る。もし名字が俺と関わりたくねぇっていうならそれも受け入れる。けどこの先も俺の気持ちは変わらねぇ。名字とこれからも関わっていきてぇって思ってる。我が儘なのは分かってる......悪りぃ」
「なんで私と関わりたいと思ってくれているの?同じA組だから?」

そうだよな。普通あんなに言われた相手にこれからも関わりてぇって言われたら疑問に思われるよな。我ながら我が儘だってことは分かってる。けど、少し強引にでも自分の気持ち話さねぇと名字には伝わらねぇだろ。
名字と関わりてぇのはA組のクラスメイトだからなんて理由じゃねぇ。名字の問いかけに首を横に振れば彼女が不思議そうな表情をする。

「名字なら俺のことを理解してくれると勝手に期待した......初めて話したとき俺のことオールマイトも超える唯一無二の存在になれるって言っただろ。あの言葉が頭から離れなかった。そう言われて嬉しかったんだと思う。けどその分俺が勝手に名字に期待したところがあっていろいろ言っちまった......あとこれがほとんどの理由だが、直前まで親父と話しててちょうど名字が現れたから八つ当たりしちまった......名字のこと傷付けるつもりはなかった。本当に悪かった」

名字のことを傷付けるつもりはなかった。これは本心だ。ただ、親父のことでイラついていた俺はちょうど目の前に現れた名字にあることないこと言っちまった。
彼女の個性なら、彼女の力ならもっと上に来れると思ったから。俺にオールマイトをも超える存在になれると言ってくれた相手は俺についてこれると思ったから、そう勝手に名字に期待したから。それが間違いだと気付いたときにはもう彼女との間に距離ができてしまっていた。

「名字を混乱させていることは分かってる。ただ俺は俺のことをオールマイトを超える存在になれると言ってくれた名字とこのまま関係を終わらせるのは避けてぇ。名字が良ければだが、親父と俺のこと、今までの過去のこと聞いてくれねぇか。自分のことも話さずに相手に勝手に期待するなんて違げぇって話だ。名字のこと理解してぇからまずは俺の話をさせてくれねぇか」

緑谷に俺の家庭事情を話したのとは別の意味で、名字のことを理解したくて俺の事情を話したい。自分のことも話さずに相手を理解しようたって無理だろ。俺はちゃんと自分のことも名字に理解された上で名字を理解してぇ。
俺は随分と我が儘になったようだ。これも緑谷のお節介のおかげが。

「うん。轟くんのこと教えて」

それから親父のこと、入院しているお母さんのこと、個性婚のこと、戦闘において炎を使わなかった理由を話した。名字は時折驚いた表情を見せながらも最後まで俺の話を聞いてくれた。
話しながら名字に引かれたんじゃないかと思っていたが、相槌を打ちながら話を聞いてくれ、話を聞き終わったら「話してくれてありがとう」という言葉に俺は救われた。

「俺の話は以上だが、俺は名字の話も聞きてぇ」
「えっと、私の話?なにを話せばいいのかな?」
「あぁ、そうだな......名字が好きなもの教えてくれ」
「うん。あ、フラペチーノ溶けちゃうね!まずは先に飲もう!私もケーキいただくね」

フラペチーノとやらを飲んでみれば口のなかに甘い風味が広がってきた。これを名字はいつも飲んでるのか。今度また飲んでみるか。
「そういえばいちごの赤とクリームの白って轟くんみたいだよね」と名字に言われたのがよく分からねぇ。俺の髪色ってことか?それなら親父のこともあって複雑なんだがな。まぁ、名字が楽しそうに笑ってるならそれでいいけどよ。

「私の好きなもの......轟くんは興味ないと思う」
「俺がどうのこうのじゃなくていい。そういえば俺が来たときスマホ見ながら笑ってたよな?あれなに見てたんだ?」
「え、バレてたの?!えっとあれは私の推しを見ていて......」
「おし?なんだそれ」
「えっと......私の一番好きな人の話していい?」
「あぁ、聞かせてくれ」

それから名字におし?のたくみくんという男の話を聞いた。一番好きな人の話をしていいか聞かれたときは誰のことなのか近くのA組の中から考えてしまったが、どうやら名字が好きなのは芸能人のやつらしい。
正直この男を好きな理由も気持ちもよく分からなかったが、スマホを見せながら一生懸命話をしてくれる名字に応えるために俺も少しでも名字のことを理解しようとした。

名字を理解しようとはした。けれど俺に分かるのはそのたくみって男に対して良い印象は持たないことだった。
このたくみという男がこの先俺と名字の仲を引き裂く存在になろうとはそのときの俺には分からなかった。


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