お見舞いと轟焦凍



期末テストも実技試験も無事終わり、私たちは一週間の強化合宿に行くことになった。
筆記試験も実技も自信はなかったけど、女子組で勉強を教えあったり、実技は職場体験の経験が役に立ってクリアできて、赤点を取ることはなかった。本当に良かったよ......!

そんななか透ちゃん発案で明日の休日、A組の皆で買い物に行こうということになった。
爆豪くんは「かったりィ」ってことで、轟くんも「休日は見舞だ」と行かないらしい。
せっかくA組皆で出掛けられると思ったのに残念だな。

「轟くん行かないんだね。残念だな」
「......見舞来るか?」
「ん?どういう流れでその話になった?」
「お母さんも名字に会いたいって言ってるから、名字が良ければ買い物のあとにでも来てほしい」

ん?私なんかが轟くんのお母さんの見舞に行っていいのかな?それにお母さんが私に会いたがってるってどういうこと?轟くん変な感じに私のこと伝えてるんじゃないよね?行く前から不安だよ。
なんだか轟くんのお母さんのお見舞いに行く流れになり、私は正直買い物よりも見舞の方が重要任務となってしまった。人様のお母様に恥は晒せない......!

「名前ちゃん!今日はいつもよりキラキラしてるね!」
「おー、名字気合い入ってるな」

透ちゃんに切島くん、これは気合いを入れたというよりも恥を晒せないという戦闘服だよ。
私のクローゼットのなかオタク服の大定番、量産系のなかから一番品のあるワンピースを取り出してきたんだ。高すぎないヒールに小さめのバッグ。髪の毛は巻くのとだいぶ悩んだけど、初対面はストレートでいこうとアイロンとヘアオイルで艶っ艶にしてきたんだ。これが私に出来る精一杯だったのだけど、ナチュラルに百々ちゃんの方がお嬢様感でてて、やっぱり育ちの良さには敵わないなと思った。

「......今日は戦闘だからね」
「名字さん気合い入ってるね!何を買うの?」
「緑谷くん、買い物に気合いが入ってるんじゃなくて今日は重大任務の日なんだよ」
「重大任務?」
「......轟くんのお母さんのお見舞に行くの」
「「お見舞い?!?!」」

誰か一緒に行かない?とA組の誰かを誘おうとした私の声はなぜか興奮した(特に女子の)声に書き消されてしまった。
なぜお見舞いに行くことになったのか根掘り葉掘り聞かれたけど、当事者の私にもその流れがよく分からなくて「私もよく分かってない」と言ったら皆の期待する答えじゃなかったらしい。理不尽。

「名前ちゃん、ついに轟くんの親に紹介されることになったんやね!」
「いやいや紹介ってなに?私なんの紹介されちゃうの?」
「でも轟ちゃんのことだから、とっくに紹介していると思ったわ。まだされてなかったのね」
「だから私なんのために紹介されに行くの?え?」
「名前ちゃんだって、いつもより気合い入れてきちゃって準備満タンだねー!」
「三奈ちゃん、気合いいれてきたんじゃないんだってば」

もうやだ。皆変な風に勘違いしてるんだってば。私はきっと轟くんに気に入られてるとかじゃなくて、轟くんが私のことお母さんに面白おかしく言ってるんじゃないの?
いつもフラペチーノ飲んでるやつ、とかフラペチーノ勧められて困ってるとか。あ、本当に勧められて困ってたらどうしよう。轟くん嫌な顔一つしないから私も気をよくしてフラペチーノおすすめしすぎた。

ぐるぐると悪い方向にばっかり思考が行きすぎて正直買い物どころじゃなかったのは許してほしい。合宿の買い物に来たのにこの後のお見舞いのことしか頭になくて、轟くんのお母さんに渡すお土産を買っていた私に緑谷くんが死柄木弔に襲われたと情報が入ってきた。
その後ショッピングモールは閉鎖となり、私たちはその場から離れることを指示されたためそのことを轟くんに伝えれば、皆と解散したところまで轟くんが迎えに来てくれた。

「名字!大丈夫か?」
「うん。迎えに来てくれてありがとう」
「お母さんも心配してた。帰りも送ってく。とりあえずこのまま病院行って平気か?」
「うん。お願いします」

病院までの途中、ショッピングモールでの出来事を聞かれたがまさか轟くんのお母さんへのお土産を買っていたとは言えず、別行動をしていたからよく分からないとしか轟くんには言えなかった。
轟くんがなにかを話していたけど、正直私の頭の中はお母さんどんな人かな、とか粗相をしないかな、とか私の格好変じゃないかな、とかいろんなことが頭を巡っていて轟くんの話にはそっけなく対応しちゃったかも。ごめんなさい。

「お母さん、名字連れてきた」
「こんにちは。名前ちゃん。焦凍からお話は聞いているわよ」
「はじめまして。名字名前です。轟くんにはお世話になっています」
「いつも焦凍とお話ししてくれてありがとうね」

案内された病室に入ってみると優しい表情を浮かべた轟くんのお母さんがいた。ガッチガチで緊張しているのが伝わったのか「そんなに緊張しなくて大丈夫よ」と声をかけてもらい、私は安堵してホッと胸を撫で下ろしたのだ。

「よく焦凍とお店でフラペチーノを飲むんですって?焦凍に楽しい放課後を過ごさせてくれてありがとう」
「いえ、私いつも轟くんに甘いもの勧めちゃって。それでも轟くんは嫌な顔せずに飲んでくれるので助かってます」
「名前ちゃんから聞くお話も新鮮なものが多くて楽しいって聞いてるわ。芸能人が好きなんだってね」
「あ、はは......恥ずかしい」

轟くん!なんてことをお母さんに話してくれてるんだ!確かに私は推しのたくみくんが大好きだけど、そんな話お母さんにすることないじゃん!とっても恥ずかしい!
ちらっと轟くんの方を見ると珍しく軽く笑みを浮かべてほんわか楽しそうにしてたから、文句の一つも言えなかったけど。

「焦凍、今度名前ちゃんのご両親に挨拶してきなさいね。お世話になってるし、これからもお世話になる予定だからちきんとしていたほうがいいわ」
「あぁ。近いうちに行く」
「あ、いえ。そんな両親に挨拶だなんて。私がお世話になってるばかりなんで気を使っていただかなくて大丈夫ですよ」
「焦凍も名前ちゃんと仲良くなりたいのよ。それにお世話になってるんだから挨拶くらいさせてちょうだいね」

私の両親に挨拶だなんて......私のお母さん、ついに私に彼氏が出来たのかって勘違いして喜びそう。そりゃアイドルばかり追いかけてる娘がいきなりイケメン連れてきたら喜ぶよ。でもねお母さん、私と轟くんはお友達なの。もし私が轟くんを連れてきても勘違いしないでほしいな。

「焦凍、名前ちゃんとお話ししたいから二人きりにさせてくれる?」
「分かった」
「名前ちゃん、緊張しなくて大丈夫よ。女同士のお話ししましょう」

轟くんのお母さんが二人きりにさせてなんて急に言うものだから、おもわず身構えてしまった。え、私何言われるの?もしかしてお母さんに怒られちゃう?
二人きりになった病室で、轟くんのお母さんが手招きして私の方に近づいてくる。轟くんに内緒のお話しかな?、と思って轟くんのお母さんの方に私も近づけばこそっと耳打ちをされた。

「ねぇ名前ちゃん、焦凍に困らされてない?」
「......へ?いや、そんなことないですよ」
「焦凍の事情は直接聞いたでしょ?焦凍、雄英入るまでほとんど友人がいなかったみたいなの。今は名前ちゃんと仲良くしていて嬉しいらしいけど、なにか迷惑かけてないか心配で」
「いえ。むしろこっちがいつもお世話になっているというか。仲良くさせてもらって楽しいですし、ありがとうございます」
「そう?それなら良かったわ。焦凍から名前ちゃんを泣かせてしまったと相談受けたときは、焦凍もどうしたらいいか分からなかったみたいで。焦凍のこと許してくれてありがとう」

轟くんのお母さんから体育祭のあと私のことを相談されたと聞いた。どうやら女子を泣かせてしまったのが初めてだった轟くんはひどく狼狽えていたそうだ。
なんだかそんな話をあとから聞くと、あのときの轟くんは実は緊張していたのかな、とか私になんて謝ろうか悩んでいたのかな、とか思うと轟くんからの謝罪を受け入れて良かったと心から思える。

「こう言ったらなんですけど、轟くんは不器用な人なんだと思います。最初は怖かったけど、今は轟くんが優しい人だって分かって嬉しく思います」
「ありがとう、名前ちゃん。そう言ってくれると嬉しいわ」
「これからもよろしくお願いします」

そのあと轟くんのお母さんとはいろんな話をした。推しのたくみくんのことを調べたわ、なんて言われたときは心臓が飛び出そうだった。なんだか人様のお母様に私の推しを間接的にプレゼンしていた気分になって、嬉しいような悲しいような複雑な気持ちになった。
この間ファンからのプレゼントを燃やされたときは大丈夫だった?なんて質問もあり、轟くん私との出来事はなんでも話してるんだなってことが分かった。

今日、轟くんのお母さんと話してみてとても楽しい時間を過ごせた。なにより私と轟くんとの関わりが轟くんにとって負担になっていないようで安心した。
また話聞かせてね、と言われたときは「はい」と即答してしまい轟くんにも「お母さんと会わせて良かった」と喜ばれたみたい。

しかし私は忘れていたのだ。轟くんの親はお母さんだけではないことを。もう一人の相手に近いうちに悩まされることになるなんてこのときの私は思いもしなかったのだ。


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