ゆらり、 | ナノ




虎徹さんの眠りは深い。
それは時々彼の家に泊まるようになって幾度目かに気付いたことで布団に潜り込んで暫くの内は寝惚けて「かえでーぇ」だのなんだのとだらしない声で呟いていたりする癖に(恋しさの余りか鼻まで啜りだすのだ)ふとすれば文字通り死んだように眠っていて何故だかその姿は酷く自分を不安にさせる、前に場所さえあればどこでも寝られると豪語していただけあって名前を呼び軽く揺すったとて微動だにしないのだ。
(虎徹さん、)
二度目の名前を口に出しかけて飲み込む、明日もやれ取材だの撮影だので互いに多忙だというのに勝手な私情で彼の健康に支障をきたす訳にもいかないだろう。柔らかい布団に沈みながら閉じた視界の中でようやく訪れた眠気にゆるゆると身を任せつつも耳は心臓の音を拾い続けていた。(死に向かいながら生きる音だ、)


また今日もあの夢を見る。
(寒い夜/家のドア/笑顔/手を振る自分/銃声/倒れた二人/振り向く一人/揺れる、炎)
未だに首を伝う汗にぐずぐずになったシーツの想像以上の不快さに顔を歪めて体を起こす、(暗い、)ぜいぜいと漏れ出す不安定を抑え込もうとした所で初めて隣にいた筈の彼の呼吸が聞こえないような気がして息を飲んだ。
「虎徹、さん?」
返事はない(彼は死んだように眠るのだ)、帳の降りきった世界と硝子を介さない視界はただ黒々として白に紛れた浅黒い肌すら覆い隠す(彼は眠るのだ)、虎徹さん、虎徹さん、どこですかこてつさん、馬鹿みたいに狼狽えて手を空に泳がせる(死んだように。)

(あなたまで、ぼくを)

ひたり、と。
手に触れた緩いあたたかさに目を見開けばそこは彼の首だった、皮膚越しに規則正しく脈打つ感覚と耳を澄ませば微かに漏れる寝息、(生きている。)どろどろとした自分の感情が静かに沈んでいく。
彼が何も言わずにどこかに行ってしまう筈がないのに、だのにいつも不安に苛まれるのは彼を信じていないというよりかは行きすぎた依存に近かった、馬鹿なのは分かっている。一人であることを捨てて幸せを掴んだ代わりに弱くなった自分は何かを無くすことにひどく臆病になっていた、あの悲劇が二度も繰り返されれば今度こそ駄目になってしまうような気がして虎徹さんと呼んだ声は小さく溶ける。彼は死んだように眠るけれど、確かに僕の横で生きていた。

再び目を閉じると優しい暗闇の中で彼が大丈夫だと囁くのが聞こえてそうですよねと返す、今度こそ幸せな夢を見よう。

夜明けはもう近い。



(ゆらり、ゆらり。)



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