「マー君かわいいよはぁはぁ」
久しぶりに知り合いの家に来た。
けれど目当ての彼女は自分に見向きもしない。
いつもの事ではあるけれど、どうしたものか。
「客人には、お茶ぐらい出すものだと思うけど?」
「あー、適当に飲んでって下さ・・・あぁマー君、そんな食器棚カリカリしないで!流石に耳が痛い・・・!
君が欲しいのは1カツオブシかい?ま、まさか2カツオブシ?この世の中は等価交換だよ?どこの匂いを嗅がせてくれるのかなぁ!?」
・・・この扱いの差はなんだろう?
言ってはなんだが、自分はこれでも人脈があるほうだと思う。
犯罪者も、予備軍も、それから善良な市民も。
ある程度の人間は自分に興味を持つと言うのに。
大体このセーフハウスだって自分が与えた物だ。
パトロンに対する無礼な態度にいつもの事だと理解してはいるが。
紅茶を注ぎ、彼女と“マー君”を見た。
彼女はズーフィリアだ。
異常性愛の一つではあるが、獣姦には至っていない。
色相は・・・濁っている。
犯罪係数だって90は超えていた筈だが、あと少し、という所で踏みとどまっているらしい。
荒すぎる息のまま猫の首元で深呼吸している彼女を見れば、本当に踏みとどまっているのか怪しい所だが。
人間相手じゃない分、シビュラシステムも下降修正しているのだろうか。
「あぁ、マー君が死んだらどうしよう。標本?それともカニバリズム?ん?カニバリズムって人間相手か・・・あ、標本だったら槙島さんがなんか魔法の薬持ってるらしいよ!いいよねマー君」
『にゃー』
「返事!返事した!槙島さんマー君が死んだら魔法の薬くださいね!」
「別に構わないけど・・・前から思っていたけど、その猫の名前の由来って何処から来ているのかな」
「槙島さん・・・」
やっと彼女がこちらを向いた。
呆れたような、悲しむような、顔。
正直そんな顔をされる要素はなかったと思う。
「草食男子っぽくいつもいつも本読んで・・・たまには映画を見て下さい。規制が掛かってても槙島さんなら見れるでしょう?呪怨に出てくる黒猫知らないんですか?ジャパニーズホラーですよ?」
「今度見ておくとするよ。でも今、簡単に教えてくれるとありがたいかな」
「うーん・・・シリーズによって違うんですけど、男の子と一緒に殺されるか、レンジでチンされて死にます」
「・・・・・・君にその猫を殺したい願望があるとは知らなかったよ」
「ふぁっ!?」
大げさに驚いた彼女はこちらをまじまじと見、そして、嗤った。
「確かにね・・・他の人に殺されるくらいなら、私がマー君殺しても良いんですよ」
ゆっくりと彼女は猫の首に手を回す。
だがその手には一切力が入っていない。
「でも、私不器用だから・・・きっとマー君につらい思いさせちゃうんです」
どこか悲しそうに嗤って、再度こちらを見た。
「だからね。もしも寿命以外でマー君が死ぬような事があったら、槙島さんがマー君殺して下さい。それからマー君の死肉食べてる私も、同じ様に殺して下さい」
あぁ、まただ。
このネコを殺すのを諦めたのは。
「しょうがないな」
彼女は動物しか愛せない。
その愛し方も歪んでいる。
以前彼女の知り合いで、ペットへの躾が厳しい飼い主が居たらしいが・・・彼女はその知り合いを口汚く罵るだけ罵って、そして色相を危険域まで濁らせた後、公安に通報していた。

猫を囲う彼女。
彼女を囲う自分。
マトリョーシカを連想して、笑った。

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