「お待たせしましたぁ」
ガラガラと開いたシャッターから見えたのは随分とくたびれたTシャツを着た女。
20代前半くらいだろうか。傷み過ぎた金髪が良く似合ってはいるが、寝癖のついた髪の毛からも今起きたばかりなのだろう。絡まっている毛先を勿体無いと思う。
いつもの中年女の娘か何かだろうか。
(ま、どうでもいいけど)
「すみません、こんな時間に。これと同じ煙草、カートンでありますか?出来れば2、3欲しいんですけど」
SPNELを見せると「待ってて」と店内に引っ込む。
ややあって現れた女は目的の物をしっかり3つ、その腕に持っていた。
「ありがとうございます」
笑顔を向けて、電子マネーで料金の支払い。
用事も終わったし早々に帰ろうとすれば「お姉さん、」とそいつに話し掛けられた。
「はい?」
「音楽に興味あんの?」
イヤホンを見て言っているのだという事に気付いて「まぁ、人並みに」と笑い掛ける。
「ふぅん・・・ライブとか、興味ない?」
「ライブ、ですか?興味はありますね。でも中々機会がなくって」
「じゃあ非公認の音楽は?」
「非公認ですか?」
シビュラの顔色を伺いながらやる音楽、という言葉があるくらいだ。
非公認の音楽は今、イヤホン越しに聞こえているものとはまた違う世界観を楽しめるのかもしれない。
そんな期待がないといったら嘘になる。
「ライブと同じですね。興味はあっても、機会がない」
正直に答えると、少しだけ女の顔が綻んだ。
「そっか。いやさ、今度高円寺でライブすんだけど人数集まんなくて。お姉さん来てくれない?」
(営業か。めんどくさ・・・くもないよなぁ。うん、おもしろそうかも)
「あ、私。志撫子 藹(しぶし あい)って言うんだけど」
(わ・・・自己紹介。笑う)
「ええと、よろしくお願いします。佐々山です」
「え、名前は?」
(めんどくさあ)
逡巡して、「なまえです」。
「なまえちゃんかーよろしくねー」
「こちらこそ」
にこにこ笑いかければ無害そうな笑顔で笑い返される。
連絡先を聞かれるのも面倒なので、大体の場所だけ口頭で聞くと「あ、もう行かなきゃ」なんて茶番と一緒にその場を去った。

なんで、逃げるようにあの場を離れたのだろう。
藤間学園までの帰路でぼんやり考える。
色相が濁りそうだったから?
廃棄区画だから?
危なそうだから?
もしかしたら、自分は思っているよりもこの世界に毒されているのかもしれない。
安全な世界を望むのはきっと誰だって同じ。
自分が危険を回避する事と、この世界の善良な住民たちがストレスを、色相が濁りそうな事を回避する事は、似ているのかもしれない。
(でも・・・それでもやっぱり違うんだろうな。この世界の人たちとは)
今日、本屋の近くで白い影を見かけた気がする。
気のせいかもしれない。グラスホッパーのような幻覚、残滓かも。
それでももう2度とあの場所に近付きたくないと感じた。
目の前の恐怖を、正しく認識したい。
この世界の不条理さと危なさを知っている自分は、やはり異質。
だからこそ簡単に死にたくはない。
ズルをしているのに簡単に殺されるのは癪だから。
(犬死になんてごめんだ。人生愉しまなくちゃ。それが例えこの世界で害虫扱いされてる人間でも行為でも)
ゆっくりと買ったばかりの煙草に目を落とす。
潜在犯の方が、よほど人間らしいと考えながら。




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