廃棄区画の空気は嫌いじゃない。アナログな人々が息づいている。
危険だと認識はしているが、そのスリルは安全な世界では味わう事なんて出来ない。
(・・・危ないなぁこんな事考えるとか。中二病か。いい年してだっせー)
自嘲気味に笑いながらも目的地までのショートカットだからと歩みを進めた。

今日は神田まで小説を買いに行った。
藤間学園のパソコンが書庫とリンクしていない訳じゃない。ただ電子書籍になると削除している部分がある。
最近になって、たまたま読んだ事がある小説をもう一度読み直そうとしたからこそ気付いた事。
魔王。群集心理についての本を読みたかったのに。
さすがにフィクション色が強いグラスホッパーやマリアビートルでそんなことはないと信じたいが、この純真培養された様なシビュラの世界では難しいだろう。
だからこそ、学園長を言いくるめてこんな所まで来た。
(ただ、紙の本になると値段が跳ね上がるのは頂けないよねぇ)
今日購入した本は3冊。全て短編集だ。
A・フランス。
サキ。
ダニエル・キイス。
目当ては勿論サキ。けれどあまりに陰鬱な作品に偏ると学園長の印象が最悪だろう。そう考えて見繕った結果予算ギリギリになってしまった。
(どっかパトロン転がってないかなぁ・・・いや、これでも若い女の子がパトロンとか・・・アウトか)
環境ホロが殆ど使われていない廃棄区画の中。
夜に比べれば安全な雰囲気はあるがそれでも神田の旧市街より空気はどこか暗い。
遠出する機会もあまりないのだし、と今では常連になっている煙草屋の前を通る。
閉じられたシャッターにやや逡巡しながら呼び鈴を押した。
携帯にダウンロードしたばかりの音楽を聴きながら2分程待った所で、ようやく『はぁーい』と、若い女の声が聞こえてくる。
いつもなら愛想のない中年の女性が出る筈だが。
「・・・今買えます?」
首を傾げつつも『ちょっと待ってくださーい』と、追い返されなかった事に一安心。
がさがさと音がするのを聞いていると路地裏に白い猫がいるのを見掛けた。
(うわ、かわいーなぁ。美人さんだ・・・あ、)
目が合った瞬間に逃げられた事に内心ショックを受けつつも、まぁしょうがないかと残り少ない煙草に火をつける。
(こんな区画で生活してたら・・・そりゃあ動物の危機管理能力も上がる、かな?)
動物は好きだ。特に猫。
撫でた時の手触りは低反発枕やパウダービーズに負けないくらいのリラックス効果を持っていると本気で信じている。
今度来る時には餌付け用の餌も持ってくるか?でももし人に慣れて、変な人間に捕まったらどうする?
そこまで考えて、自分の思考が温い事に気付く。
こんな区画で生活しているから犯罪係数が高い?きっとそれは違う。
確かにここはシビュラの運営している街中で生活出来ない者が多く存在しているだろう。
でも、犯罪係数が高いからと言って必ずしも犯罪を犯すとは限らない。
逆に言えばシビュラに管理された人間が突発的に犯罪を起こす事もゼロではない。
大体シビュラにも多くの穴があると自分は知っている筈じゃないか。
完璧じゃないからこそ優れているシステムだ。
そしてその穴に槙島聖護や藤間幸三郎などの怪物が巣食っている。
(限りなき慈悲・・・どんな話だったかな。思い出せないなぁ)
この区画でニヒリズムに浸るのはそれはそれで愉しいが、残念ながら自分はそこまでの思考を持っているわけでもない。
だからこそ、この世界でこうものうのうと生きていられるのだろう。
近しい筈の人間が死んだのに。
今朝も変わらなかった色相。
簡易チェッカーに表示された色を思い出し苦笑した。




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