一瞬、空気が凍った。
(あはははは・・・ふざけんな)
言い終えた後、多分本当に槙島聖護に連絡するつもりなのだろう。
部屋の奥に行こうとする老人。
苛立ちを隠せずにその背中に呼びかけた。
「センバさん・・・これ、見えます?」
「・・・何をしているのかね」
センバ宅に広がる緑。
瑞々しく実った苺に向けてヘアスプレーを向ける自分に、老人は訝しげな視線を向ける。
(うーん。わっかんねぇかなー。ばかだなー)
「これ、ライター付けたらどうなります?」
「・・・隠居老人の密かな楽しみを奪うつもりかね」
硬く変質する声。
ややあって、老人は大きく溜息を吐いた。
「大体、藤間という男の所に行ってどうなる」
ゆっくりとこちらに近づきながら、喋り続ける。
少しだけ、諦めたような声。
今がチャンスなのだろうか?
「うーん。センバさん、さっき私が言った事聞こえてました?」
「見たい世界がある、と?」
(畳み掛けるべきなのかな?)
「ええ。藤間さんにお姫様になって欲しいと言われたんですが・・・一度断ってしまって。
でも、考え直してみたらあんな優良物件いないじゃないですか。やっぱり改めてお返事すべきかなぁって」
言い訳がましくなってはいないだろうか。
若干不安になりつつも続けた。
「・・・さっき槙島くんの知り合いだと言ったのは?」
「藤間さんが、そう言ったら教えてくれる、かも?とか言ってきたんで。でも余計に話こじれちゃいましたね。すみません」
「そうか・・・それなら話は別だ」
朗らかに笑う老人。
それまで話を続けるのに夢中だったが、その老人の表情に違和感を覚えた。
(やな、感じ?)
じわりと嫌な汗が背中を伝う。
「教えてくれるんですか?」
再度尋ねるとゆっくり頷く老人。
その手に目を向けて・・・本気で心臓が止まりかけた。
「その前に、良い薬があるんだ。扇島特製のっ――」
(クソジジィ。死ね)
センバが手に持つ注射器を振りかぶる。
その針先が自分の体に近づく先に、老人にヘアスプレーを吹きかけた。
勿論――ライターの火をその前に灯して。
「!?――っあ゛ぁあ!!」
可燃性のヘアズプレーは、ライターの火を何十倍にもして老人に直撃した。
(あっっつい!)
残念ながらライターを握る自分の手も燃えるようで、咄嗟にライターを放り投げてしまったが・・・それでも老人に比べたらマシだろう。
(・・・あ、やっちゃった。てへぺろ)
服に引火したせいで上半身の火を消すのに必死なセンバを見て、どうしたらいいのか分からない。
人間、本当に困った時には笑みが零れると言うが・・・正しく、自分の口元も苦笑が浮かんでいる。
(これ・・・正当防衛、だよね?)
センバ、ヘアスプレー、ライター、どうやら火傷してしまったらしい真っ赤な自分の手。
「・・・っ」
それを交互に見比べて、ようやくその場を慌てて駆け出した。




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