廃棄区画なのに緑が広がっている。
蜜蜂。植物。暖められた部屋。
その光景にしばし、呆気に取られた。
(・・・いかんいかん)
気を取り直して「すみませーん」と奥に居るであろう老人に呼びかける。
平常心を自分に言い聞かせ、けれども念のため鋏は手に持ったままだ。
「何か用か」
ゆっくりと顔を出したのは丸々と肥えた老人。
笑ってはいるが、正直、何を考えているか分からないような笑顔をしている。
(うわー出たよ。めんどくさそうなジジィだなぁ本当)
「こんばんは。センバさんのお宅でよろしいですか?」
考えとは裏腹ににっこりと笑いかけると、廃棄区画暮らしに似合わず健康そうな体型をした老人は意外そうに目を丸くした。
「お嬢さんがこんな辺鄙な場所に、何の用だね」
「ええと、ちょっと藤間さんに用事がありまして」
そう言うとびしり、老人の纏う空気が変わった気がした。
「どこにいるか知りませんか?」
「・・・藤間。以前ここに居た男の事か」
やがてゆっくりと、老人は喋りだす。
勿体付けたような喋り方に苛立ちを覚えつつも「はい」と頷いた。
「この話は二度目になるが・・・寝た子を起こすな。お嬢さんはこんなことわざを知っているかね」
(うざ。めんど)
明らかに自分にそれを教える事を渋っている。
けれどもそれは最初から予想していた事だ。
「扇島には秘密が眠っている。それをわざわざ掘り起こすな、と?」
「分かっているなら話は・・・」
「すみませんが、」
センバの話を途中で途切る。
この方法はあまり取りたくなかった。
が、致し方ない。
「槙島さんと喋った結果、私はここに来るべきだと判断したんです」
「・・・」
センバは、こちらを値踏みするような視線を寄越した。
ぞくり、嫌な感覚はしつつも今更引き返せない。
「槙島くんの、知り合いかね?」
(知り合いってゆー程の間柄じゃないけどね)
「ええまぁ」
間髪入れずに答えると「証拠は?」と続けるセンバ。
(・・・最悪)
気付かれないように、後ろ手に隠し持った鋏を握り締めた。
「証拠・・・と言えるか分かりませんが。私は槙島さんにこう問われました。オルテガは常に自分に課題を課していく人のことを思考的貴族と言った。さて、自分はどうだ?と」
本当に今更だが、正直この賭けに勝てる気がしない。
それでもここで沈黙すれば、最悪桐野瞳子と同じ結末を辿ってしまう。
それだけは避けたい。
だから続ける。
「私は藤間幸三郎の所で見たい世界があるんです。だから教えてくれませんか」
ぺこり、頭を下げる。
人生を有意義にする一番の武器は礼儀だ。ジャック・クリスピンも言っている。
うなじに刺さるような視線。
それに悪寒を感じながらも同じ体勢を続けていると、やがて老人は、妙に納得したように笑った。
「そうか。そこまで言うのなら、教えよう」
「本当ですか・・・?」
「ああ」
笑みを浮かべたまま、老人は続ける。
「槙島くん本人に聞いた後でね」




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