「ああ、やっぱり。この間のお嬢さんだね」
にこりと微笑む白い男、槙島聖護。
(ラスボスだよ。キター!だよ。まじ勘弁して下さいだよ)
不自然な笑みになっては居ないだろうかと若干気になりつつも「またお会いできて嬉しいです」なんてすらすら喋る自分の口に脱帽したい気分だった。
「あれからずいぶん経つけど中々逢えなかったね」
薄い色彩をした瞳を細めて喋りかける彼。
ともすれば優しげなまなざしだが、自分には実験動物を観察する研究者に見えて仕方ない。
「そうですね。あの時は本当に困っていて・・・すっとお礼をしたかったんです」
幸い今日は小腹が空いた時のためのマドレーヌ(佐々山差し入れ)を持ってきている。
こんな犯罪者に自分の嗜好品を渡すのも癪だが、安全の為には致し方ないだろう。
そう考えていると先に、男の方が何かを自分に差し出してきた。
「はい、これ。預かっていた物だよ」
「あ・・・」
馴染みのある自分の煙草。
ここに来た初日以来吸ってないそれに、どこかほっとする。
あの日自分のバッグを燃やしたせいで、元居た世界の名残なんて名前ぐらいのものだった。
元旦以降に同じ銘柄を探しても既に廃盤になったと知り、仕方なく佐々山と同じ銘柄に甘んじているが・・・自分の見知った物を見て、どこか安心した気持ちになる。
これを吸った時にこそ、郷愁の思いを引き起こすのだろう。
そう考えると、槙島に出会ったのも悪くない。
「ありがとうございます」
今度は本当に、心からの笑みを浮かべることが出来ているだろう。
「私からも、」
これ、どうぞ。
そう言ってマドレーヌを差し出せば彼は目を丸くして、それでもこの間とは違い素直にありがとうと受け取った。
「ああ、そう言えばまだ名前を聞いてなかったね。僕は槙島聖護。君は?」
「山田花子です」
(悪くないなんて思った傍からこれかよ。ないわー)
「そう。山田さんはこないだも今日も、ここで何をしていたのかな?」
さらりとその名前を使う槙島に心の中で嘲笑う。
「社会勉強です。ここは独特な世界なので」
「確かに。ここは安全な街中とは違っているからね。でも、君の色相は大丈夫なのかな?」
色相。
その言葉に若干憂鬱になる。
この質問の意図は何だろう。
確実なのは、槙島に興味をもたれるような返答をしてはいけないという事だ。
「そう・・・ですね。色相が濁ってしまう可能性もありますが、今の所はクリアカラーなので大丈夫だと思います。色相が少しでも濁ってしまったら、もう、ここには来ないつもりです。潜在犯にはなりたくないので」
善良な市民。シビュラシステムの傀儡。
きっと槙島が興味を抱かないのは、そんな存在だ。
「そうか・・・」
一瞬だけ。
槙島がこちらを冷めた目で見た気がした。
つまらないと言いたげな気も、した。
(っしゃ!私グッジョブ!)
思ったよりも自分の言葉に成果が有ったようで諸手を挙げて喜びたい所だが、それは帰った後の話。
今は虫も殺さない真人間だと、精一杯演じよう。
(まぁ、元居た世界では普通に“そう”だったんだけどね)
「あ、もうこんな時間ですね・・・」
ふと思い出したように携帯で時間を確認する。
「もう帰らないと。今日はありがとうございました」
「じゃあ、ね」
今度は『また逢おう』とは言われない。
(ひゃっほーい。まじテンション上がる。これぞはっぴーうれぴーですわ)
「さようなら」
小躍りしたい気持ちを抑え、それでももしかしたら興味を失った槙島が背後からカミソリで切りつけてくるかもしれない。
そう考えて足早に帰路を急ぐ。
けれども足取りは、軽やかだった。




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