ひとしきり笑った後。 
なんだか少しだけ、肩の力が軽くなったように感じた。気のせいかもしれないけれど。
それでもこの場所に来て、緊張感から開放されたのは初めてで。
(なんか、安心するなぁ)
拗ねた様な表情の佐々山を見て、笑う。
「んだよ」
「やだな、佐々山さん。ちょっとからかっただけじゃないですか」
「そーゆー顔出来んなら最初からもっと子どもらしくしてろ」
最近のガキはひねくれた奴しかいないのかと言う独り言じみた呟きに、その笑顔は張り付いたままになってしまったが。
きっと“最近のガキ”にはこの間廃棄区画に居た少女、標本事件の関係者、桐野瞳子が含まれている。
(・・・いなくなっちゃうんだよなー。この人も)
ぼんやりと、思った。
以前小説を読んだ時。
確か佐々山の事はキャラとして好きで、藤間幸三郎に殺された場面を読んだ後はだいぶ気分が沈んでしまったのを思い出す。
出来る事ならば生きて欲しいとも思った。
せめて一思いに、生きたまま解剖なんてされなければ。けれどそれは佐々山の生き様から成り行き上仕方のない事だとも考えて。
(結局、この状況で私が身を挺してこの人を助ける事はしない)
「なまえ。何考えてる?」
黙り込んだ自分に向ける佐々山の声に思考を浮上させた。
「・・・少しだけ。なんでこんな事になったのかなって考えてたんです」
ここに来て初めて、彼にちゃんと向き合った気がする。
悲しくなった気がするが、気のせいだ。
「って言うか・・・佐々山さん煙草吸いますよね」
「?それがどうかしたか?」
唐突に変わった話に戸惑った様子の佐々山。
「灰皿用意します。ついでに私にも下さいな」
出来るだけしおらしく可愛らしく、を心がけたその申し出に佐々山の表情が固まった。
「・・・未成年だろ」
「私年齢不詳ですよ?」
「推定年齢19歳」
「・・・1歳くらい」
「色相が濁るだろ」
「保護された時からクリアカラーだし大丈夫ですよ」
「・・・前科あんのか」
あきれた様な声を出す佐々山に苦笑した。
「細かい事はいいじゃないですか。ちょっとだけ、人生の先輩に相談したいだけなんです。煙草吸ったら私の口軽くなりますよ、きっと」
無性に煙草が吸いたくなった。
あの白い男に渡して以来、1本も吸ってないのに。
溜息を吐きながら「狡噛には黙ってろよ」そう、自分の煙草を差し出してくる彼は・・・
(私とは違う世界の人なのに、な)
自分とは違う世界の住民。予定された死。イレギュラーなのは自分だけ。
むしょうに、人恋しくなった。
「・・・なんて言うか・・・こんなに自分の回りの環境が変わって、どうしたら良いのかも分からないでいるのに」
ゆっくりと、煙草に火をつける。
「シビュラの判定では私は健全な精神だ・・・そうなってるのが悲しいんだと思います」
今朝の色相を思い出して、言った。
「私はシビュラにとって、この世界にとってどうなんでしょう?害のない・・・ただの操り人形で良い存在なんでしょうか」
「・・・クリアカラーの人間が言ってる言葉だとは思えねーな」
マドレーヌの入っていた紙容器に紅茶を注ぎそこに灰を落とす。そんな自分に苦笑している彼は、何を考えているのだろう。
「俺もな、なんで執行官を続けてるのか分かんなくなって・・・狡噛に八つ当たりしてた」
(・・・自分語りの所悪いけどね。知ってるよ、佐々山さん)
「でも、刑事を続けてる。佐々山さんの世界は、狡噛さんの力でも、支えられてるんですね」
「そうだな。結局俺もガキみてーに誰かに振り向いて貰いたかったのかもな」
今現在、佐々山が浮かべている笑顔は、とても晴れやかで。それ程に狡噛を信頼しているのだろう。
分かっている。
自分では子どもではないと思っていても、佐々山たち大人のように誰かにぶつかって和解して、それで自分の痛みを誰かに共有してもらい支えて貰おうともしない。
そんな自分は子どもでしかない。
この世界で関わりを持つ事に恐れている、只のガキだ。
そこまで考える事が出来るのに、誰かと積極的に関わりを持つ事は・・・
(死亡フラグなんだよ。おにーさん。悪いけど私、やっぱり自分の身が一番かわいーわ)
曖昧に笑うと、佐々山も困ったように肩をすくめた。
「ま、なまえも色々と思うことがあるんだろうが・・・そうだな、気分転換に趣味でも見つけたらどうだ?」
「趣味、ですか?」
尋ねると佐々山は頷き返してくる。
「生きがいとまでは行かなくていい。けれど違う世界に眼を向けて見るのも、違う視点から自分の状況を考える事が出来るだろ。
そうだな、音楽やら読書やら・・・規制が掛かってるのも多いが。それこそ写真とか、」
腕のデバイスを操作する佐々山。
どうやら何かを検索しているらしい。
(どっちかって言うと音楽読書の方がいいんだけど)
そう思いつつも画面を眺めればいくつかの写真が表示される。
様々な写真の中。
モノクロの写真に目を引かれ、その写真を指差した。
「渋いな、お前」
「どーも」
小言を言いつつも佐々山がその画像にアクセスすると、関連画像と写真家の詳細が表示される。
「モノクロばっかりです・・・ね・・・」
モノクロばかりの写真を眺め、その写真家の紹介文に目が行った時。
(観察できる対象にしてはじめて、世界は理解できるものになる・・・?)
書かれた文章に目が釘付けになった。
内容をよく見ようとした時、入室許可の確認音声が流れて慌てて煙草の火を消す。
「っとと・・・どうぞー」
入室許可を出した扉から現れた狡噛は、肩を寄せて振り返る自分たちの様子に「いつの間に仲良くなったんだ」と訝しげに眉根を寄せた。
「もうこんな時間か」
時計を確認した佐々山が1歩遅れて煙草を消す。
「悪いななまえ。続きはまた今度だ」
「あ・・・はい」
(あれ、また今度て・・・あと何回会えるんだろう)
ふと、漠然とした不安感が湧いた。
「次はマカロン、持ってきて下さいね」
「おー」
「狡噛さんも、また今度」
「・・・ああ」
(テライケメンかっこよす)
にこにこと笑いながら2人を見送り、そして室内は静かになる。
(・・・一人。一人なんだよなー)
さっきこっそり佐々山から盗った煙草。
それを取り出し、溜息を吐いた。
(この世界は私の意識の外。きっと、誰に頼る事も出来ない内に、私は野たれ死ぬんだー)





prevnext





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -