藤間学園ではまず始めに知力検査を受けた。教育カリキュラムを組む為にしなければならない事らしい。
まぁ、学力テストと違って廃棄区画育ちだとしてもある程度は出来てもいいだろう。そう思って遊び感覚で挑んだ結果は、正解。
どうやら知力は平均値。廃棄区画で生まれ育った子よりは優れた値を叩き出していたらしいが、それでも職員の予想の範疇で終わりほっとする。
次は学力テストだが・・・
(まぁ、数学、国語はちょいちょい間違えたらいいよね。社会の問題とかは普通に白紙かな。社会情勢とか解んねーし)
目指すは小学生レベル。少し前までセンター試験だの何だの無駄に努力した為、手抜きが出来る状況に楽しみすらある。
学園の創立記念か何かで職員がばたついている為日程は少し伸びそうだが。
目下の問題は・・・
「なまえー、差し入れ持ってきたぞー!」
「佐々山さん!いつもありがとうございます」
(また来た・・・そろそろ飽きてくれたらいいのに)
にこやかに笑顔で訪問してきた執行官に内心げんなりとした。
藤間学園に来ることになって以来、何かと理由をつけて佐々山光留が面会に来ている。
正直、鬱陶しかった。
「今日は何を持ってきてくれたんですか?」
少女漫画よろしく、目をキラキラさせながら佐々山の手にある紙袋を見やる。
「今日はマドレーヌとラスクと・・・」
「お茶入れますね!」
「・・・聞いてるか?」
困ったように笑う佐々山を尻目に紅茶の準備を始めた。
最初は戸惑ったオートサーバーやホロアバターの管理も、慣れてしまえばとても便利なものだ。

「それ、うまいか?」
出来上がった紅茶を並べ、佐々山の差し入れを開封。
ふと思い立ち紅茶にマドレーヌをつけて食べていると佐々山が聞いてきた。
「うーん・・・何かの本で読んだ気がするんですが・・・正直あんまり。普通に個別で食べた方がおいしいですね」
ぐずぐずにふやけてしまったマドレーヌに苦笑。
確か郷愁の思いを引き起こす食べ方だとかなんだとか・・・けれど考えて見ればもともとこんな食べ方をしていたわけではない為、付随するべき思い出もない。
(槙島はこれで思い出すこともあったのかなー)
ぼんやりと考えながらふと閃いて「今度はマカロンがいいです」と厚かましくおねだり。
「お姫様のご要望とあれば是非」
笑顔で返す佐々山に嬉しい嬉しいと笑顔を向けて
(そんなに通いづめるほど暇でもなさそうなのに・・・腹では何考えてるかわっかんねーなー・・・どういうつもりなんだろ)
少しだけ、戸惑う。
「あの、佐々山さん?」
「ん?」
「えーと、最近よく来てくれますけど・・・まだ私に聞きたいこととか、あるんですか?」
「聞きたいこと、ねぇ・・・」
狡噛は勘が鋭いし、怪しい人間相手の敵対心というか警戒がある。
けれど標本事件の時であれば、まだ・・・なんと言うか、頭が固い部分もあるからきっと大丈夫だろうと楽観的にもなれる。
けど、佐々山光留は違う。
仮にも標本事件の主人公的存在。主人公というのは運にも勘にも恵まれているというのが、自論だった。
まして自分はイレギュラー。主人公がイレギュラーに対してどんな扱いをするのか・・・それは自分の考えでは及ばない領域だ。
「なんつーかさ、心配なんだよ」
「心配・・・ですか」
「ああ。なまえちゃんはさ、なんつーか・・・俺らとか自分以外の相手に線引きしてるだろ?」
「え?うーん・・・そう、ですか?」
(当たり前だっつーの)
「別にコミュニケーションが取れないわけじゃない。当たり障りない言葉で会話して、それでも自分の本心は言わない」
(さっきマカロン食べたいって言ったのは本心なんだけど・・・)
「そういうのってさ・・・普通は大人がするもんなの、自分が嫌いな人間に対して線引きする、とかな?社会に適応する上で大切なことだ」
「・・・はい」
なんだかめんどくさい話になってきた、と、質問した自分に自己嫌悪し始めるが覆水盆に返らず。
一先ず適当に相槌を打って終わらせるか、と佐々山を見つめる。
「廃棄区画で育って、社会のことを何も分からない子がそんなこと出来るか?」
「・・・それは、どういう意味でしょうか?」
「なまえはさ、なんか隠してんじゃないか?例えば・・・本当は記憶がある、とかな」
「・・・・・・」
(やばい。上手な切り替えし、思いつかない)
じっとり、背中に汗を掻き始める。
嫌な兆候だ。
必死で考えを巡らせて口を開く。
「えぇと・・・佐々山さんは、私を疑ってるんですか?あの、狡噛さんみたいに、私が議員さんを殺した犯人、とか?」
その言葉に、今まで笑顔を浮かべてはいたものの真剣な口調だった佐々山は「まさか!」と盛大に笑い出した。
「違う違う。いやーごめんな!ただ、なんか不安なこととかあったら俺で良ければ相談に乗るよってだけ!」
「え・・・」
「こんな可愛い子があんな殺しやってちゃ俺、ショックで立ち直れねーわ!」
(・・・なんじゃそれ)
いつの間にか入っていた肩の力を抜いて「それって口説いてるんですか」と冗談めかして言えば慌てたように佐々山は表情を引き締める。
「口説いてるって言えば・・・お受けしてくれますか?お姫様?」
「・・・ふっ」
つい、友達に対するように鼻で笑ってしまった。
それに気付いて猫をかぶっていたのにと慌てて佐々山を見ればポカンと鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。
そんな反応をされるとは夢にも思わなかったような顔。
「ぶはっ・・・」
堪らずに、大声で笑い出してしまった。
ひーひーと腹を抱えて笑うさまに、はっと気付いた佐々山が「ちょっ、なまえちゃん笑いすぎ・・・」と情けない声を出す。
「・・・いっいや、すみっません・・・っ
えっと、こんなかっこいい佐々山さんのお誘いなら謹んでお受けしたいです」
「・・・そんなとってつけたように言われても」
眉根が下がっているその様子に、また悪戯心が沸く。
「嘘じゃありませんよ?」
ゆっくり席を立ち佐々山の耳元で一言。
「一晩だけでも、お付き合いしたいくらいです」
「っ大人をからかうんじゃねぇ!!」
盛大に怒鳴る姿に、いつまで経っても笑いが止まらなかった。
思えば久しぶりに笑った。
その笑顔を引き出したのがもうすぐ消えてしまう存在だと言う事実に、笑いが止まらなかった。




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