「身元が分からない・・・?」
「ああ、戸籍にもシビュラシステムにも・・・該当データがない」
「胡散臭いな・・・」
狡噛と・・・恐らくは征陸だろう初老の男とのやり取りを盗み聞きながらこっそり鼻を鳴らす。
(ざまーみろ・・・私ばっかり混乱してちゃ不公平だもんねー)
「お嬢ちゃん、名前は?」
「・・・」
これはなんと答えるべきだ?自分の名前を言って、特定されるのを恐れるか・・・それとも、名前など言わずに自分ですら存在の所在が分からなくなることを危惧するべきか・・・
(・・・それは本末転倒になる、のかな)
自分がどんな立ち位置で居るのがベストか、考えを巡らせながらも「・・・なまえ、」呟くように告げた。
「苗字は?」
「・・・ありません」
自分の答えに二人が訝しげな顔をするのが伺える。
けれど、これでいい。
苗字なんて人生のうちに変わることの方が多い。現に親の離婚や再婚で2度変わった苗字に愛着なんてない。
けれど名前は別だ。改名なんて面倒な手続きさえ取らなければ名前は一生のもの。
そして、今の自分には、その名前しか自分の存在を証明するものがない。
「廃棄区画生まれ廃棄区画育ち・・・って事か?」
「さぁ・・・覚えていないのでなんとも、」
その言葉に、更に狡噛の表情が険しくなる。
参ったな、と征陸が頭を掻きながら苦笑する様が見えた。
「あー・・・じゃあ質問を変えるか」
嬢ちゃんはこの女の子知ってるかい?
ふと征陸が見せるホログラムに表示された少女の顔に。どことなく見覚えがあるような、
(あぁ・・・)
ちらり、廃区画で迷う直前に出会った泣きボクロの姿が浮かんだ。
「えっと、多分知らない子だと・・・思います」
「そうか・・・じゃあ今世間で話題になってる議員の殺人事件は?何か知っていることは無いか?」
(あーこれ、めっちゃ怪しまれてるパターンだ)
「何も・・・分かりません・・・」
出来るだけ殊勝そうな顔を取り繕いつつも、深く深く、頭を垂れる。
「そうか・・・いや何、こんな場所だからな。何かと物騒だし、あんたの色相にも悪影響だろう」
話題を変えるように朗らかに喋りかける征陸。
(ロマンスグレーってこんなの言うんだろうなー・・・普通こんなじーちゃんいねーよなー、かっけー)
「出来ればあんたの身柄を保護したいんだが・・・協力してもらえるかい?」
(ハイヨロコンデー)
辟易とした心の声は胸にしまい、小さく頷いた。





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