捧げ物 | ナノ

恋歌様へ/3500hitキリリク




「キレーなトコだなあ!」


底抜けに明るい声が駅内に響く。歳甲斐もなくはしゃぐ上司に、列車から彼の真横へと降り立った少年、志音は重々しい溜息を吐いた。


「止めて下さいよ、そういうの恥ずかしいですから」
「仕方無いだろ!こんなに綺麗で……うん、空気も美味いっ」


そう言いながら大きく深呼吸をした青年、シィンは屈託ない笑みを浮かべた。
こんなにも浮かれているのは久々の遠出だからだけではない。
振り返れば、ようやくリンカやオミが車内から降りてきたところだった。二人共列車の長旅に少々草臥れているようである。


これがシィンの浮かれている一つの理由である。仲間達と久々の休暇で日帰り旅行をすることになったのだ。
長い間街を留守にしている訳にもいかない。しかし、仕事仕事では息も詰まってしまうだろう、そう考えたクロス、紅恂の計らいであった。
それから、もう一つ。
シィンはズボンのポケットから丁寧に折りたたまれた紙を取り出した。


『シィンさん。皆さん。御久し振りです。お元気にしていますか?
この度、稲妻さんが警務団で昇任してそのお祝いにパーティーを開くことになりました。
そこで良ければ皆さんにも来て貰いたいなあと思います。稲妻さんも、僕も皆さんに会いたいです。
考えて貰えたら嬉しいです。お返事楽しみにしています。  煉獄』


小さな字が詰まった手紙にシィンは再び目を通す。
友の一人である煉獄からの、誘いの手紙だった。何度も書き直された痕のあるその手紙をシィンは大切そうにポケットへ仕舞った。
この手紙が着いた後、シィンは直ぐ様了承の返事を出し、クロスや紅恂に必死に頼み込んで漸くOKして貰えたのだった。


「それで…シィンさんは煉獄さんの家、知ってるんですか?」
「いや?第一この街に来るのも初めてだし、大体ヘルと稲妻がこの街に住んでるのも初耳だし。何でも列車が到着した位には迎えに来てくれるらしいけど」


呆気らかんと話すシィンに志音は口端を引き攣らせた。


「……連絡、方法とかは?電話とか何か…」
「いんや。大体ヘルんちの電話番号なんて知らないし?」
「じゃ、じゃあ稲妻さんは…」
「さあなぁ…。警務団がどうのこうのって言ってたから、そこに行けば如何にかなる!…と思う」


志音はホームを見渡すが今のところ、ひょろと高い背の煉獄も、非常に目立つ稲妻の青髪も確認出来ない。
シィンはシィンでこれからいつ来るかも判らない友を待つ気のようだ。リンカとオミは近くのベンチでゆっくりと休憩している。
右も左も判らない街で志音が途方に暮れ出したその時だった。


「困ってるの?」


突然女の声がそう訊ねた。志音と一緒にシィンの視線も声の方へと向かう。
きっちり切り揃えられた長髪が印象的な女性が柔らかい笑みを浮かべている。深海のように深い青色の目が笑みの形に薄く細められた。


「私、困ってる人ほっとけない性分なのよ。ここに来るのは初めて?」
「そうなんだ!友達が迎えに来るはずなんだけど、まだ来てないみたいでさ。…あ、俺シィン。あんたは?」
「私?…私は遥緋。その友達はどこの人なの?」


遥緋、と名乗った女性は腰ポケットから簡易地図を広げる。地図にはびっしりとメモが取られていた。
それを見た志音の目が細められる。それは徐々に鋭いものへ変わっていった。
当のシィンはそんな志音の表情には気付かず、遥緋と話を進めていく。


「メルディ、って街に住んでるんだ」
「そうなの。私の仲……友達もメルディに住んでいるからこれから行くところなの。でもメルディへは結構かかるわよ」
「え、メルディってこの街じゃないんですか?」


志音の質問に遥緋は苦笑で肯定した。がくりと音がしそうな程志音の肩が下がる。


「ええ。ここから少し歩いたところにあるわ。メルディへはこの街からしか行けないの。お友達もそれで時間がかかっているのかも知れないわね」


指でメルディへと続く街道をなぞられる。地図に記された所要時間も五分や十分で辿り着けるとは書いていない。


「良かったら一緒に行かない?どうせ私も行くんだから道案内するわ。メルディまでは一本道だし、途中でお友達と会えるかも知れないわよ」
「え、良いのか!」


相変わらずの屈託のない笑みで笑うシィンに、志音は本日何度目かの溜め息を吐き…そして遥緋を薄く睨みつけた。





木々の葉の間から陽の光が零れる街道を五人は足取り軽く歩んでいく。
シィンと案内役の遥緋が先を歩き、その次をリンカとオミが、最後尾を志音が付いて歩く。
そんな中余りにも素っ頓狂な声を上げた遥緋を志音は驚いた顔して見やった。


「シィン君達って警察官なんだ…!?」
「そう!トランス隊って言って…、俺これでもリーダーなんだ」
「そ、そうなの…」


ぎこちない笑みと共に反応を鈍らせた遥緋に気付かぬまま、シィンはそのまま嬉々として仕事やら仲間の話を続ける。
今までその後姿を冷めた目で見ていた志音は、遥緋の顔を見ると、その表情を一変させて大層愉快そうに顔を笑みで歪めさせた。


「動揺を隠しきれないなんてそれでも貴女”ドロボー”なんですか、遥緋さん?」


志音の声に遥緋が表情を変えずに振り返る。シィンは困惑した顔で志音の顔を見やった。オミは状況把握がいまいち出来ていないようだが、その横でリンカは髪から覗く片目で遥緋を訝しむ様に見上げていた。


「…どういう事なんだ?」
「気付きませんでした?見せてもらった地図。メモらしきものが所狭しと並んでいたでしょう」
「メモ…?確かにやけに沢山書いてあったけど…」
「それです。…遥緋さん、見せて頂けますね」


了承を得るような物言いでは無い。確実に、有無を言わさず見せろと語気が訴えている。
遥緋は開き直りでもしたかのように腰ポケットから地図を取り出した。それを引っ手繰る様に奪うと、志音は皆の前でばさっと広げて見せた。
地図には志音の言うとおり文字がびっしりと書き込まれている。
その一つを細い指がつ、となぞった。


「ここのとこのこれは…隠語、ですね。それにこれは外国の言葉。読める人は少ないでしょうから堂々と書いていても問題はない。…それにこれ」


とある一部分を指差し、木漏れ日にそこを翳す。うっすらと文字が浮かび上がったのを見て、志音は満足げに笑みを零した。


「特殊なインクで書かれていますね。…警護している警務団員の人数と、警備体制。それに侵入経路と脱出経路について、だ」
「そんな…!」
「…目敏いわね、少年君」


薄く笑った遥緋はふうと溜め息を吐いた。長い髪が風も無しに僅かに舞いあがる。


「そのとおりだわ。でもドロボーなんて品性の欠片もない呼び方は止めてくれる?」
「盗賊?怪盗?どれも結局他人の物を盗むって言うのに」
「少なくとも私達は私利私欲の為にやってるわけじゃない、そこは加味して欲しいわね」
「!?ッ、!!!」


遥緋の言葉が終ると同時に、志音の頬を裂くように吹き抜けたのは痛い程の冷気。
その冷気は彼女の元からやってくる。笑みを湛えたままの瞳が申し訳なさそうに伏せられた。


「気が付かなければ良かったのに。気が付かなかった振りでもして、このままメルディまで行ってたらこんな面倒な事にはならなかったわ」
「遥、緋…!」


極寒の地如くの寒さがシィン達を容赦なく包んだ。鋭い氷の欠片が冷気と共に叩きつけられる。


「"守る"…!」


リンカの小さな声がそう囁くのと同時に不思議な壁がシィン達の周りに構成された。
しかし欠片は守れても冷気までは防ぐが出来ない。体温の急激に下がり始めた身体が震え始める。





「…御免なさいね」


唐突に、遥緋はそう謝罪した。
それに伴い、少しずつではあるが冷気の勢いが落ち始める。再び陽の温かさを感じ始める前はそう時間はかからなかった。


「別に貴方達を攻撃してる訳じゃないの、信用出来ないだろうけど。私の"凍える風"ってある一定の範囲は敵味方関係なく食らうのよね」


そう言いながら今度は左右に伸ばした両の手にそっと力を込めるような仕草をした。途端遥緋の手に影のような波動が集まっていく。


「私が本当に消し飛ばしたかったのは"こっち"ね」


波動が手から放出されるのと同時に木々の間から人の悲鳴が上がった。
シィン達が視線を巡らせれば木々の影から姿を現した人が地に倒れ伏していくところであった。数はざっと十数人はいるであろうか。


「こいつらは…」
「さあ。でも警務団じゃないし…、きっと前に侵入した家の家主が雇ったメルディの頭痛の種じゃないかしら」
「頭痛の…種…?」
「こっちの話」


にこやかに笑って話を濁すと、遥緋は再び両の手に力を込め始める。彼女の視線の先には木々の影に身を隠す人々の姿。波動が届かなかった者達の様で先程遥緋が倒した数に相当する人数だ。
彼等を見据えて余裕を装う遥緋だが、流れる冷汗に震える肩をシィンは見逃さなかった。
技を発動できない事はないだろうが威力は格段に落ちているだろう。悪の波動を発動させようとしているのが空気を伝わって認識出来るが、その感覚すら弱々しく感じた。


「遥緋……何が何だかはよく判らないけど助太刀する」
「…警官がドロボーの手助けなんかしても良いの?」
「困ってる人を放っておけないんだよ!皆いくぞ!」


掛け声に反応してリンカ、オミが襲いかかってくる人々に立ち向かう。志音も渋々動き出した。
シィンは遥緋を庇う様に背へやると、高らかに叫ぶ。


「"電撃波"!!」


凄まじい音と共に閃光が走る。食らった者は片膝を付いたり、呻き声を上げたりしているが決定打とはなっていないようだ。


「思ったより凄い頑丈…!?」
「……二人でやりましょう」
「大丈夫なのか?」
「お姉さんをなめないで」


く、と遥緋が手に力を込めた。それを確認するとシィンも自分達を囲む人々へ意識を集中させる。
一瞬、空気の流れが止まった。


「"悪の波動"!」
「"サイコキネシス"!!」


炸裂したのは同時だった。相手の悲鳴が掻き消される程の大きな爆音が轟く。咽たくなるような煙が辺りを覆った。


「ぐほっ、…苦い!」
「た、確かにね…」
「巻き添え食らいましたよ。シィンさん達…」


皆で咳き込みながら煙から顔を出した。互いの顔を見渡せば煤塗れにでもなったかのように顔中黒ずんでいる。


「…っぷ」
「リンカ!笑う、な、って…!〜〜〜ははっ!!」
「いやシィンさん本当に酷い顔ですよ」
「うんうん!変なのー」
「そう言う二人もだけどね」
「貴女もです」


堪え切れずに笑い合った。志音も苦笑に近い笑みを浮かべている。




「楽しそうだなぁ、あんたら」


そんな空気を打ち壊したのは、一人の男の声だ。見上げれば木々の枝にのんびりと腰かけている。


「寿々畝!」


遥緋は相変わらず緩んだ顔のままで、男をそう呼んだ。呼ばれた男…寿々畝は枝から華麗に着地すると着ている上着を指さす。


「この意味判るよな?昔のよしみで教えてやるけど、もう直ぐここに警務団が来る。ここにに居たらあんたら不審者扱いだぜ?」
「そうだった。あんた今はそこの団員なのよね、ご忠告どうも」


寿々畝が何処かへと去っていくと、遥緋はシィン達を見やった。


「という訳で、私逃げるわね。ここを真っ直ぐ行けばメルディだから迷わないわ」
「遥緋…」
「ありがとね、優しい警官さん」


シィンに笑いかけ、そのまま近付くと……小さなリップ音と共にシィンの額へと口付けた。


「!!!」
「じゃあね!」


高速移動、と聞こえたかと思うと。
一陣の風と共に盗賊の姿は既にそこには無かった。


「あ、シィンさん!」


遠くで友の声が聞こえるのをシィンはぼんやりと聞いていた。





「へぇ…シィンさん大変だったんですね」
「色々あり過ぎて…ホント草臥れた」


煉獄宅。あの後何とか彼の家へと辿り着いたシィン達は、疲れ交じりの溜め息を吐いた。
稲妻の昇進祝いの席を外れ二人で話し込んでいる。煉獄は優しく笑ってシィンの空になっていたカップに飲み物を注いだ。


「寿々畝さんは…以前は遥緋さんの盗賊団に居た方ですね。ある事件の後に警務団にスカウトされたんですよ」
「へぇ、だから知り合いだったんだ」


シィンは注ぎ足された飲み物を一気に飲み干すと、今度は安堵の溜め息を吐く。
再び注がれ始めた液体を眺めながら、シィンは前髪に隠れた額をほぼ無意識にそっとなぞった。


(こう…落ち着かないけど、でもちょっと嫌じゃない感じ?)
(……同郷の者として…本当にすみません、シィンさん)
(何謝ってんだ、煉獄?)
(いえ……色々と)



Fin.



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遅くなって大変申し訳ありません!
恋歌さんからの3500hitキリリク、トランス隊と我が盗賊組とのチュウ小説です。
設定としては時間軸を恋ちゃんの連載物に合わせたのでCBの数年後となっています。それ故に2を軽くネタバレしてしまっています;;そこはすみません。(あのドSさんが警務団に入ってたりとか)
ってか長い。あと話がやけにぐだぐだしてて…本当にすみません。もっと省いて書ければ良かったのにorz
そして…でことは言え遥緋にチューさせてしまってすいませぇええん!!;;
文才の無さを改めて感じましたが(泣)でも楽しんで書けました!シィン君達を書けて良かったです!^^
本当に大好きなんですもん!!その内勝手にチュウとかするかもしれませんが、その時は温かい目で見守ってやって下さい^^
では、キリ番踏んで下さって有難う御座いました。


100929 しげ






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