風に揺られてひとりでに動くブランコ。それを見つめながらぼんやりと先ほどの記憶を反芻する。ため息混じりに言い捨てられた「どうでもいい」。低い声と傾けられた首、面倒くさそうな眼差し。同じ場面ばかりが思い出されれば、苦しくて頭が麻痺していく気さえした。

ぬるりと生温い風が頬を滑り、半袖の僕の体をやわらかく包む。湿った土と座っているベンチからは初夏の夜の匂いがした。きい、きい、と音を立てて繰り返し繰り返し反復するブランコと同じように、鬱陶しそうな表情の彼女が頭に浮かぶ。
僕はどうすれば良かったのだろうか。彼女が寝静まるのを確認してから、こうやって家を抜け出してひとりでぼんやりする。もう何度目だろうか。こんなことを繰り返したって意味がないのは、分かっているのに。

腕時計を見やるとこの公園に来てから2時間は経っていた。帰ろう、ベンチから腰を上げる。未だ揺れるブランコを一瞥して、僕は公園を出た。



アパートの前に着くと人影が見えた。珍しい。こんな時間に誰か起きているだなんて。
不審者かも知れない、と少し警戒をしてすぐに、違うことに気づき驚いた。
近付いて見えた、白いカーディガンと肩に掛かる黒い髪。白い頬に大きな瞳、赤い唇。
僕の彼女だ。


「・・・おかえり。」


彼女は僕の頬に手を伸ばした。ぴた、と冷たい手のひらが頬にくっついて、くすぐったい。彼女はじっと僕を見つめる。僕も彼女をじっと見つめる。


「・・・どこ、行ってたの。」
「さくら公園。」


彼女は無表情で僕を見つめる。大きな黒い瞳に吸い込まれそうで目を逸らしたかったけれど、なぜか逸らせなかった。
すぅ、と一呼吸置いてから彼女は言った。


「どうやって?」


わからない。
答えられない。何も持ってきていないのだから、移動手段なんて徒歩以外ないのに。なのに。どくん、と心臓が激しく動き出した。頭に血が盛んに運ばれてめまいがする。街灯に群がる蛾の羽音が遠くに感じた。
僕は僕がどうやってあの公園に行ったのか覚えていないんだ。


「夢遊病なのね」


つう、と彼女の大きな瞳から涙がこぼれた。


「1週間前、あなたが夜中突然出ていったのをたまたま見て、気になってたの。」


彼女の声は震えていた。でも、聴き入ってしまうくらい凛とした口調だった。


「・・・ごめんね」


ふにゃり、と顔が歪んだ。同時に涙がたくさん溢れた。嗚咽と一緒に震える肩は小さくて、僕はその小さな体を抱き締めた。ぎゅっと彼女も応えてくれて、僕は腕に力を込めた。


「わたしのせいだね・・・、・・・ごめんなさい、」


正気と自己と思いやりの感情が僕の体に声と体温から伝わってくる。痩せて折れそうな体や涙を孕んだ声は、あまりにも細くて頼りなげだったけれど、確かに僕が願って止まなかった彼女のそれだった。


「ごめんね」
「わたしこそ、ごめんね」


感情の防波堤が音を立てて崩れ、涙が溢れだす。それらは全部壊れてしまったけれど、全く構わなかった。いまここにいる彼女は何よりも確かで、それが何よりも嬉しくて。
僕はただただ、彼女体を強く抱き締めた。




















***

メンヘラ彼女、夢遊病彼氏。




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