「まや!」

ぱちん、と目が覚める。
目の前にはしょーたの顔があって、しょーたの顔は今にも泣きそうで。

「・・・なくの?」

夢だったのか、と安堵が交ざった声で問う。
しょーたはやさしく、でも困ったように笑って、言った。

「泣いているのはまやだよ」


目元に指を持っていくと、濡れていた。確かに目がやけにぬるぬるしている。
しょーたはぎゅっとわたしを抱き締めてくれて、頭を撫でてくれた。

「ひどくうなされてたよ。大丈夫?」

うん、
と言おうとして、口を紡ぐ。
さっきの夢を思い出す。
相も変わらずわたしの頭はぼんやりしていたけど、確かに覚えていることがある。
要らないと思ってたものたちの映像の、灰色の世界の夢の中で、自覚したもの。

しょーたを失いたくない。
しょーたは失いたくない。
しょーたは、特別。


わたしはしょーたの背中に回した腕に力を込める。
しょーたはそれを返してくれる。

「しょーた、聞いてくれるかなぁ」

しょーたはうん、とうなずいた。
しょーたは腕を組み直し、さらにわたしを自分の体にくっつけた。
とくとく脈打つしょーたの心臓の音を頬で感じながら、わたしは話しだした。



お父さんのこと。
お母さんのこと。
くまのぬいぐるみのこと。


くまのぬいぐるみは4歳の誕生日に買ってもらった。
そのころには陽だまりと暗やみの2つの色が家を支配していた。

お父さんもお母さんもにこにこ、わたしもくまを抱いて上機嫌で、小さなテーブルを囲んでご飯を食べた。陽だまり。
決まって次の日は家にお父さんが帰ると鬼の形相でお母さんを殴って、蹴った。わたしが悪いことをしたらお前の教育が悪いんだ、と言って皿を投げた。暗やみ。

陽だまりと暗やみはなぜか毎日交互に来ていて、暗やみの日は必ず、お母さんもお父さんも泣いて寝入った。


小学生のある日、家に帰ったら珍しくお父さんがいて、お帰り、と笑った。お母さんもおんなじで、2人はわたしをぎゅうっと抱き締めてくれた。2人とも目が赤かった。
その日の夕食はいやに豪華で、お風呂も3人で入って、テレビを見ながら大笑いして、リビングで川の字になって、寝た。

この日がたぶんお父さんと過ごした一番幸せな日。


次の日の朝は静かで、なのに目が覚めた。右側にいたはずのお父さんは起きていて、向こう側でもそもそなにかをしていた。
わたしが起きたのに気づいて、お父さんはそっとわたしを抱き締めた。お母さんはまだ寝ていた。

「まや、あいしてるよ。」

確かにそう言ってわたしの体を離すと、お父さんは小さな鞄を持った。
いつもの会社鞄じゃないからわたしは少し不思議に思ったけど、お父さんに

「いってらっしゃい」

と声をかけた。

暗やみの日のはずなのに、陽だまりの朝だったから。
嬉しかった。


その日から、お父さんに会うことは無かった。


お父さんが家を出たすぐ後に、お母さんがわたしの名前を呼んだ。声がやさしくてしっかりしてたから多分狸寝入りしていたんだろう。
近づいたらぎゅっと抱き締められて、お母さんもわたしに、

「まや、あいしてるよ」

と言ってくれた。お母さんの目は赤く腫れていた。

その日からお父さんの荷物が知らないうちにどんどん無くなっていった。わたしたちも引っ越しするとかで、わたしも荷作りを手伝った。

わたしは引っ越しの準備をしている最中にやっと気付いた。

お父さんとお母さんはもう夫婦じゃなくて。

つまりもう、お父さんはわたしのお父さんじゃなくて。


お父さんに、捨てられちゃったんだ。



そこから心が止まった。
友達もどうでもよくて、彼氏なんか余計どうでもよくて総てが要らなくなった。




しょーたは話している間、黙って聞いてくれていた。
わたしは今までに無いくらい、多分人生で一番たくさんの事をたくさん話した。
気づいたら涙が出ていて、しょーたが優しく拭ってくれた。
話し終える頃にはもう涙で顔がぐちゃぐちゃだった。

「まや。」

しょーたがぎゅぅ、と抱き締めてくれる。
なに、としょーたを見上げるとしょーたは優しく見つめ返してくれた。

「僕も、いらない?」

「いらなくない!」

わたしは間髪入れずに叫んだ。
しょーたは違う。しょーたは、。

「しょーたはたいせつなの。しょーたはいらなくない。」

「うん」

「しょーたは違うの。だれよりとくべつなの。」

「うん、」

「しょーた、しょーた、あのね」

「・・・なに?」

「しょーた、すき」

そう言うと、しょーたの腕にこもる力が一層強くなった。
涙が止まらなくてぼとぼと落ちて、しょーたの首筋を濡らしてしまった。

あふれだす好きの感情。
ずいぶん久方ぶりに感じるあたたかい感情。
ぼんやり薄暗かった視界がクリアになっていく。
いつも触れてるはずのしょーたの体の熱がリアルに感じられる。

「まや」

「ん、なに」

「すき」

そう言ってにこにこと笑うしょーた。
愛しくて、うれしくて、わたしはしょーたにキスをする。
しょーたも応えてくれて、2人で笑い合う。


「しょーたは、くまみたい、だね」

「え?」

「わたしにねこみたいって言ったけど、しょーたはくまみたい」

「そっか」


忘れていたお父さんの記憶。
しんでいた世界。
全部ひっくるめてわたしなのに、わたしはそれを拒絶していた。

だけど、しょーたは、全部のわたしを受け容れてくれて。
いきかえらせてくれた。

しょーたの優しさもしょーたの趣味がすきなのももしょーたに触られてきもちわるくないのも、全部全部しょーたがわたしにとって特別だったから。
それに気づかせてくれたのもしょーた。
しょーたは最初から特別だったんだ。


「しょーた、」


やさしいかお。
あんしんするわたし。

きっとしょーたとなら全部、乗り越えられる。
だれよりも大切な、大切な、しょーた。


「しょーた、あいしてるよ」














(おお、くまとねこ!)






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