遠い存在が近くなる瞬間
努力は水の泡
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順調に男子バレー部はインハイ予選を勝ち進み、いよいよ残すは決勝。
天童は何も変わらずいつものようにお調子者天童覚の姿を見せていた。
「ねぇ天童。」
「ん?」
「きのう学校で奏生に会ったんだけど…」
「は?!」
試合前の朝、きのう学校であったことを話す名前。
天童はギョッとした。
それもそのはず、奏生は名前の元カレである。
「俺の今日の活躍が無くなる危機ダヨ…」
「何言われると思ってるの?」
ため息をつく名前。
嫌がる天童を無視して「で、会ったときにね…」と話を続ける。
「“天童と付き合ったんだって?”って言われたから、“そうだよ”って答えたんだけど…そこで私思ったの。」
「…何を?」
目を瞑った顔を名前に向ける天童に思わず笑ってしまった名前。
天童の腕を掴む。
「目閉じても耳開いてるよ?聞こえちゃうよ?」
「あ、そっか。」
目をぱちっと開いた天童は両手で耳を塞ぐ。
その姿を見てから名前は「天童と奏生ってどこで知り合ったのかなぁと思って。」と言う。
天童は手を耳から離し「1年の時同じクラスだったんだよね〜」と答えた。
聞こえてるじゃん…と苦笑いする名前は「仲良かったの?」とさらに問いかける。
すると視線を向け据わった視線で天童が言う。
「名前ちゃんさぁ〜試合前、しかも全国がかかってる大事な試合の前に他の男の話するってさ〜?」
「っ…」
グイッと腕を引っ張られれば人通りの少ない通路。
天童に隠れて見えないとはいえ、ここはダメでしょ、と言うべきところ。
「…誘ってる?」
「…っ…」
久しぶりに天童に触れられたからか、身が強張る。
胸はドキドキする。
目の前の彼は、いつの間にか数段ドキドキさせる技術を習得してる。
「…付き合ってからまだキスしてないもんね。」
頬に添えられた手。
指で唇をなぞった後、艶めかしく微笑む。
「…天童、カッコよくなった?」
「名前ちゃんは可愛くなったよね。前から可愛いけど。」
「俺の彼女になってから数倍可愛くなった!」と花に話しているのをこの前聞いたことを思い出し赤い顔がさらに赤くなるのがわかる。
「…ねぇ、わざとデショ。」
「ん?」
「俺を誘うための、話だったデショ。」
「…バレた?」
「仕方ないなぁ〜キスだけだよ?」
試合前だから終わってからって我慢してたのに〜と嘆きながら名前の腰に腕を回す天童。
「俺の努力水の泡じゃねぇか。」
「…努力なんかするからだよ。天童らしくない。」
「言うようになったネェ〜」と腰をそっと引き寄せて身を屈ませた天童。
唇が重なれば、我慢なんてどこへやら。
ギュッと彼の腕を掴めば、ジャージに皺が寄る。
そっと唇が離れた瞬間、天童は見逃さなかった。
「物足りないよね〜わかるよ〜俺も物足りない。」
「…言わなくていいっ」
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