遠い存在が近くなる瞬間
焦り
▼ ▲ ▼
朝、しかも登校する生徒が増えてきていた時刻。
教室の前。噂の二人。しかも男はバレー部の天童覚。
「…ねぇ、視線がすごいんだけど。」
「ごめんね。俺が有名人だから〜」
花は天童をジロッと睨んだ。
「こえー」と明後日の方向を向く天童。
今朝の二人を見た者は少なくなかった。
天童覚の次の女。
一目見ようと教室にやってくる者が多い。
「で、本題は名前に何か言ってきた女子でしょ?」
「俺のせいで、なんかごめんネ。」
「なんかムカつく。」
「何で?」
「言ったらさらに腹立つから言わないわよ。」
「え〜」と花に据わった視線を向ける天童。
そしてそのまま名前に視線をやる。
バッチリ視線が合った天童は「ねぇ名前ちゃん。俺の勘なんだけどさ。」と身を少し屈ませる。
「焦ったでしょ。」
「…。」
天童の言葉に、目を少し見開いた名前。
そしてそのままフイッと視線を逸らした。
「…私もそれは思ってた。」
「ちょっと、花ちゃん。それ言っちゃったら俺の勘じゃなくなる!」
目を瞑って眉間に皺を寄せるなり机に項垂れた天童。
「…だって、“まだ付き合ってないんですよね”って言われて…返す言葉なくなっちゃったから…悔しさと同時に、悲しくなった。」
相変わらず視線はそのまま窓の外を向けて、名前が呟く。
天童は体勢をそのままに、頬が緩んでいくのを感じていた。
「…それで、勢い余って…?」
「それもあるかもしれないけど…何より、好きだし…あのままじゃ、嫌だったっていうほうが強い。」
名前の言葉に、ニヤニヤしている天童。
花はそれを知ってか知らずか横目で見ながら
「コイツ今絶対ニヤニヤしてる。」
「…ふっ…いいよ。本当のことだし。」
「…名前のこと大切にしなかったらどこから天罰が下るかわかってるわよね。」
天童は身を起こし花を見ると「花ちゃんデショ。」とダルそうに答える。
「でもさでもさ?名前ちゃんに手、出してもいいじゃん?」
その言葉に、花は「この男は…」と睨んだ。
「でも…」
「?」
名前に視線を向けた二人。
「天童に近づけた気がして嬉しい…」
名前の口から放たれた言葉に、天童は盛大なため息をついた。
「名前ちゃーん…俺名前ちゃんの彼氏になったんダヨ?ね?意味わかる?」
「?」
何が言いたいの?という顔をする花と名前。
天童はふっと笑った。
「名前ちゃんを好きになった俺は…本当の俺だからネ。」
「…どういうこと?」
「ん〜?それは名前ちゃんにしか教えない。」
「…。」
花は、それ以上彼に何も聞かなかった。
あまりに、違った天童の雰囲気から察したのだ。
「でも、絶対幸せにしてあげる。」
「「…。」」
黙り込む二人に、天童が「惚れた?」と花に問いかけ、いつもの調子を見せた。
花に胸倉を掴まれ降参したのは言うまでもない。
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